二の浪 アインスの街③
③
「なあ、あんた、レイダさんより強いって本当か?」
人族で黒髪赤眼の少年が話しかけてきたけれど、もう少しで基本の型を一周するのでそれから相手をしてもいいかしら? はた目にはちょっと礼を欠いているし、別にいいよね?
「おい、聞こえてるよな?」
「ちょっと、ジント、いきなり失礼でしょ。レイダさんが礼儀も大事って言ってたよ! すみません……」
んー、人族の女の子に免じて返事くらいは返そうかな。礼儀云々は実際、そこまで気にしていないし。
「少し待って。もうすぐ終わるから」
数分後、一周し終わったから子どもたちに向き合う。アストには、訓練を続けていてもらおう。今は暴発しても大丈夫なように場所を選んでいるけれど、いずれは私みたいに安全な場所では常に訓練をし続けられるようになって欲しい。
「お待たせ。あなた達、昨日ギルドにいた子たちよね」
「あ、はい。私、リノって言います。彼はジントで、そっちの二人がカエラとジュンです」
人族の子はリノか。肩まである茶髪で、ぴょこんと出たアホ毛が可愛い。目も同じ。
狐人族の髪の長い女の子がカエラで、犬人族の男の子がジュン、ね。それぞれ黄金色の髪色で、尻尾を見なければ姉弟に見えるかも。目も同じような緑色だし。二人がおずおずと頭を下げたので、視線を向けて頷いておく。ジントは何故か私の事を疑うような目で見て来るけれど、本当なんなのかしら?
「私はソフィエンティア。この子は私の使い魔のアストよ。よろしくね」
これにはジントもちゃんと返事を返してくれたから、悪い子って訳ではないんだろう。何を疑っているかは分からないけれど、まあ、話を聞くくらいは良いかな。
そういえば獣人の子たちはアストを拝まないのね。気にしてはいるんだけれど。と思ったらこの子たち、孤児院の出身だったみたい。孤児院では獣神信仰でなくて、グラシア教を信仰していたから、二人もそうなったのね。納得。
「それで、私がレイダさんより強いかだっけ? なんで?」
そうだろうとは思うけれど、直接戦った訳でも戦っているところを見たことある訳でもないから、正直分からない。本音を言えば、そんな事を聞かれても困る。
「レイダさんがそう言ってたから……」
「じゃあそうなんじゃない?」
レイダさんレイダさんって、さっきからそればっかり。ああ、ジントはレイダさんを尊敬しているから私みたいな自分と同じくらいの歳に見える女の子の方が強いのは納得いかないのね。そうだったら可愛いじゃない。
「なあ、ホントにこんなチビが強いのか……?」
聞こえているわよー。ていうかチビって、数センチしか変わらないのに。
「わ、分かんない。でも強い人の匂いだよ。ね、カエラ」
「うん、少なくとも私たちよりずっと強い」
コソコソ喋っているつもりなんだろうけれど、丸聞こえなのよね。まあ、人族の強化無しの聴力なら聞こえない方が普通かもしれないけれど。
「言っておくけれど、私、二十歳だからね?」
「えっ!?」
おー、綺麗にハモった。ちょっと驚きすぎな気はするけれど、まあいいか。四人でし始めた相談の内容もばっちり聞こえているんだけれど、それよりだ。
「アスト、乱れてる」
こっちが気になって集中できないみたい。魔力の操作が思いっきり乱れていた。いずれは話しながらでも問題なく出来るようになって欲しい魔力操作だから、子どもたちが何か話し合っている間に指摘しておく。
「あの、亜精霊様は何をなさっているんですか?」
「魔力操作の訓練」
この子達はまだ魔力の扱いは教わっていなさそう。獣人の子たちは本能で少しだけ分かるみたいだけれど、誤差の範囲ね。四人とも、感情の起伏に合わせて漏れ出ている魔力が面白いように動くんだもの。その辺りの魔力の動きを獣人の子たちは匂いとして感じ取っているのね。
さて、相談はいつまで続くのかしらね? 訓練に戻っても良いのだけれど、教われないかって話してるのよね。んー、別に大した知識ではないのだし、教えてあげるのは問題ない。ただ、私も文字の練習をしなければいけないし、タダで教えるのもきっと問題よね。レイダさんがきっちり教えていそうではあるけれど……。
なんて思っていたら、ちょうど良い所に。
「おう、集まってんな。ん、昨日の嬢ちゃん?」
「こんにちは、レイダさん」
軽く自己紹介をして、状況説明。ジントの疑問についても伝えておく。
どうやら元々子どもたちと待ち合わせをしていたみたい。朝からレイダさんに戦闘訓練をしてもらうって話。
「せっかくだ。実際に戦ってみるか?」
ジントの疑問を解決しておきたいのかしら? まあ、私としても良い機会ね。対人戦闘はしたことが無かったし。
「ええ、そうね」
「という訳だ、ガキども。しっかり見ておけよ?」
「アストもね」
元気の良い子どもたちの返事につい顔を綻ばせながら、互いに距離をとって向き合う。 レイダさんの得物は、両手持ちの剣。
「いつでもいいわ」
「おう。ジント、合図を頼む!」
杖を腰のあたりに構え、半身の姿勢で切先をレイダさんの顔へ向ける。さて、どう攻めようかしら?
「は、始め!」
合図と同時に、レイダさんが地面を蹴った。ライカンスロープよりも早い、けれど、十分目で追える。定石通りの選択ね。そこらの魔導士相手なら最適解なんだろうけれど、伊達に魔女になっていない。
詠唱はせずに氷の槍を五つ生成して、撃ちだす。完全に無詠唱なのは想定外だったのか、レイダさんの反応が遅れた。無理な体勢で最初の二本を躱し、三本目は躱しきれなくて剣で受ける。四本目、五本目は避けられたけれど、足を止める事には成功した。
さらに追い打ち。追加で氷の槍を三本撃ちだして、更にレイダさんを炎の壁で囲う。
このまま
咄嗟に横に跳ぶと、炎の壁を割った何かが私のすぐ脇を通過する。剣撃に魔力を乗せて飛ばしたのね。
「ふっ!」
今の一瞬の隙を突かれて、接近を許してしまった。鋭い呼気と共にレイダさんが剣を袈裟の方向に振り下ろす。その剣へ杖を斜めに当て、滑らせながら押し出したけれど、体勢を崩すまでは出来なかった。
そのまま切り返された剣を上に弾き上げて、勢いのままに杖を回転させ、下から顎を狙う。
簡単に避けられたけれど、想定済み。振り上げた杖を打ち下ろす。
「ぐっ!」
剣で受け止めたレイダさんをそのまま押し潰すつもりで力を込め、一気に脱力する。ついでに魔力の動きもそれっぽく偽装したから、レイダさんレベルなら引っ掛かってくれる筈。
目論見は上手くいって、対抗しようとした彼の力は私を後方へ弾き飛ばし、距離を取れた。更には行き場を失った力に振り回されたレイダさんに隙ができるおまけつき。
そこに落雷。爆音と閃光の跡には、ガラス化した地面。それが自分の足元にあるのだから、レイダさんは溜息を一つ吐いて剣を下ろした。
「あー、負けた負けた。完敗だ」
剣を鞘に収めながら近づいてる彼に、私も近づいていく。中々良い経験が出来た。
「完全無詠唱にその魔力量。思っていた倍は強かった。魔力操作が相当上手いのは分かっていたんだがな」
「私も、飛ぶ斬撃には驚いた。近接に関しては正直、魔力量でゴリ押した感じがするし」
「まあ、駆け引きに関してはまだ学ぶ余地があるかもしれんな。俺くらいになら十分通用するが、上手い奴相手には簡単にあしらわれるだろう」
やっぱり。レイダさん、強化率の関係で対応しきれていなかっただけで私の動きは概ねバレていたと思う。最初の無詠唱と最後のフェイントくらいかな、虚を付けたのは。
ちなみにだけれど、レイダさんはBランクらしいから、上を見たらまだまだキリがない。
「とは言えだ、それは人間相手の話だ。魔物が相手ならAランクでも十分やっていけるんじゃないか?」
まあ実際、どうにかなるとは思う。魔法もあるし。Sランクから上は分からないけれど。神話に出てくるようなSSランクやSSSランクになると、瞬殺される気がする。その辺に関しては考えなくていいだろうけれど。たぶん。
「凄いです! ソフィエンティアさん!」
レイダさんと感想戦をしていると、子どもたちが目をキラキラさせながら近づいてきた。今まで呆気に取られていたらしい。正直忘れていた。
とりあえず、リノの顔が近いので三歩ほど下がる。この子は杖を持っているし、魔導士希望なんだろう。
「その、疑ってすまん」
「大丈夫、気にしてない」
ジント、やっぱり素直ね。なんなら素直すぎるかもしれない。
「それで、ソフィエンティア、頼みがあるんだが」
レイダさんから頼み? 何となく予想はつくけれど、どうしようかしら? ん-、まあ、そうね。
「内容と報酬次第で」
「そうだよな。内容は、こいつらに魔力の扱い、と出来れば魔術を教えて欲しいんだ。報酬は、何か希望はあるか?」
ん-、希望、ね。
「アスト、何か欲しいものはある?」
「ん-、美味しいご飯」
「じゃあそれで。お酒もあると嬉しい」
一瞬考える素振りを見せたレイダさんだったけれど、すぐに良いお店を思いついたみたいで、任せろと言ってくれた。
「じゃあアナタのお願いも任された。期待してるわ」
「助かる! 魔力の扱いに関しては体で覚えた質だから、どう教えたものか困ってたんだ」
これを教える事自体、私にはそんなに負担じゃない。理屈と訓練の仕方をちょろっと教えるだけなら全く問題ないかな。
「試験を終えたらそんなに長くはこの街に留まらないから、基本的な部分と基礎訓練の仕方くらいになるけれど、構わない?」
「ああ、十分だ!」
まあ、いい暇つぶしにはなるかもしれない。
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