第22話 「 入学試験 」
近未来。高齢者向けのあの世への入学試験、通称『往生テスト』。老人たちはある年齢に達すると、とある瀟洒な建物に集められ、その試験の準備を迫られる。その施設=予備専門校で行われるのは幼少期の「詰め込み」教育の逆、「吐き捨て」教育。そこでは老齢になるまでに蓄えられたもの一切合財を放擲し、「とらわれ」からの脱却を強要される。
施設職員でカウンセラーの青年と、周囲に心を開かない一人の老人。着実に進行していく執拗なまでの『解脱』教育。この世の未練の一切合財を取り除こうとする施策に最初こそ楽しんでいた老人たちは間もなくその無情さに抵抗し、逃避し、各々が自分だけの苦しみにもだえ始める。
ところが例の老人だけは一連の作業を黙々と、むしろ楽しそうに進めていく。そんな老人に少なからぬ興味を持つ青年。やがて老人は人知れぬ過去を青年に語り出す。
そして老人は青年へひとつの依頼をする。「先生、私に勉強を教えて頂けませんか」迷った末、【複重】禁止行為と承知で老人に勉強を教え始める青年。
やがて老人は病床に着く。
「先生、私は今、初めて『死にたくない』と思っています。先生からいろいろ教わって『この世は満更ではない』と知りましたから。私は今、初めて自分の人生に愕然としています。そうではない崇高な人生が他にはあることを知りましたから。先生…」
「はい?」
「でも、私は後悔しているわけではないのです。むしろ間に合ってよかった。私もこれで『人として』死んでいける。本当に…本当に有難う。ああ、願わくばこの世のたった一人の友人の顔を記憶に留めて旅立って行けたら」
まもなく老人は逝く。彼が試験に合格できたかどうかはもう誰にも分からない。
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