第16話 「 絵葉書 」

 その日、久し振りに天気だと思ったら、もう肌寒いほどの颯爽とした風が辺りを吹き抜けていた。ふとポストを覗くと一枚の葉書が入っていた。

 僕は最近ここに越してきたばかりなので、どうやらそれは前の住民のものらしい。一応取り出してみるとそれは絵葉書で、何だか美しい海の絵が写っていた。あとは差出人の名前だけ。素っ気ないのか、粋なのか、とにかくそこには届かなかった夏の思いがさざ波のように音を立てていた。

「あら、きれいな絵ね」テレビのニュースを見ていた妻がそう言った。

「どうしようか、これ」僕は経緯(いきさつ)を話し、彼女に意見を聞いた。

「うーん」彼女はしばらく考えていた。そして「ボツにしましょ、ボツ」彼女は言った。

「え?」と僕。

「ボツにするのよ、ボツ。夏の思い出はね、賞味期限が短いのよ」

 彼女はキッパリと言った。ラジオのディレクターらしい彼女の毅然とした判断に、僕は黙って頷くしかなかった。

 こうして僕らの元に流れ届いた椰子の実ならぬ絵葉書は、一時の潮の香りを漂わせてゴミ箱に消えた。

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