第15話 「 海辺の少女 」

 水俣の海。両親のいない幼い少女。漁師である祖父と暮らしている。ある朝、いつものように海辺を歩いていると波に仏が浮かんでいる。「ぶっさんだ」少女は祖父を呼びに家に駆け出す。孫に手を引かれてやってきた祖父は仏を見て一瞬眉をひそめ、やがて手慣れた様子で仏を供養する手はずを整える。少女は黙ってそれを脇で見ている。そして祖父に促されて仏に合掌する。祖父はその横顔を見つめている。

 十数年後、少女は可憐な娘へと成長している。しかし生活そのものは以前と変わりなく、学校から帰ってくると祖父の手伝いをして後はただ海辺を一人歩く日々。

 ある日、海辺に佇んでいる一人の若者。彼は丘の上に住む大網元の倅で、やはり両親と早く生き別れた後、祖父に育てられ周りからは『若旦那』と称されている。彼は偶然出会った少女を発作的に強姦する。そして少女は身ごもってしまう。そしてそのことは周囲に様々な憶測と噂をもたらし、やがて娘の祖父は船を降りてしまう。

 少女は産むことを決意する。そして最初反対していた祖父も最後はそれに同意する。一方それを知った若旦那はなんとかして子どもを堕ろさせようと、終いには少女の命すら亡きものにしようとする。

 その所業の一切をその祖父である大網元は静観していた。彼は遠い昔少女の祖父とも因縁を持ち、そして何より孫の所業を忌んでいた。村には年に一度の祭りの季節が訪れようとしていた。

 祭りの夜。若旦那とその取り巻き一党は前もっての手筈通り少女の家を襲う。しかしそこに少女の姿はなく、一人祖父が居た。

「孫娘をどこにやった?!」

「お前は何の為に生きている?お前にその気さえあれば娘と子どもと、共に生きる道もあったろうに」

 そう言う年寄りの彗眼に押され、若旦那と一党は家をめちゃくちゃに破壊し身重の少女を探して海に向かう。

 その頃少女は海辺で旅姿の大柄の男と会っていた。

「あれ、カイさんでねえか」

「一年ぶりだな」

「もう祭りは終わったのか?」

「いや、まだだ。肝心の目玉が残ってる」

 男はそう言うと快活に笑った。

「カイさんはいつ会っても変わらない。昔のまんまだな」

「俺たちはお前らとは違うからな」

「また来年も来るか?」

「ああ、お呼びが掛かればきっと」

 そう言って男は松林のある方へゆっくりと消えていく。

 次の朝、晴れた海辺に若旦那と数人の骸が浮かんでいる。身重の少女はそれを澄んだ瞳で見つめ、そのまま歩み去る。その日、久し振りに祖父の船が漁に出る。一日遅れの一隻だけの大漁船。

「おら、子どもの名前、決めた」

「何て云うんだ?」

「『ナミ』ってのはどうだろ」

「『ナミ』?ああ、波か…」

「どうだ、じいちゃん」

「うん、ええじゃろ。『ナミ』か、良い名前だ」

 二人の乗った船は大きくうねりをかき分けながら、前へ前へと進んでいく。その下には果てしない魚たちの海が広がっている。

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