第11話 「 バームクーヘン男 」

「口のなか、パッサ、パッサやねん」が口癖の男。

「あんちゃん、コーラ飲ましてんか」自販機の前でそう言いながら、いつも金を払おうとはしない。かと云ってホームレスとか、乞食と云った風体でもない。

「いい加減にしてくれませんか。これでもう4度目ですよ。どうして僕が買いに来てるときにだけやってくるんですか?」

 家の者に聞いても誰もそんな人は知らないし、見たこともないらしい。遂には幽霊かとも思った。

「でも、何でいつもそんなに喉が渇いてるんだ?」


 また会った。この際思い切って聞いてみた。すると「わし、いっつもバームクーヘン食べてんねん。バームクーヘン、知ってるか?」

「ええ、まあ」

「バームクーヘンはええで。香りはいいし、腹にはたまるし、だいいち美味いしな。どや、あんちゃんも食うか?」

「いえ、僕は」

「遠慮せんかて、ええよ。分かった、今度出てくる時はあんちゃんの分も持ってきたるわ」

「いえ、本当に」

「あ、でもなあ…」

「どうかしましたか?」

「バームクーヘンにも弱点があってな。食うと口のなか、パッサパッサになんねん。これ、たまらんねん。あんちゃん、それでもええか?」

 そう言われても…。


 僕はそれから何度か自販機の前を通るが、バームクーヘン男とはそれ以来会っていない。男が言うようにバームクーヘンがそんなに美味いものなのか、時々コンビニで手に取ろうとするが、何故か男に悪い気がして止めてしまう。そして代わりに買った菓子パンを、いつも一人コーラで流し込んでいるのだ。

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