第7話 「 しようもない男 」
「あんた行ったの?あいつの葬式」
「いいえ」
「どうして?」
「どうしてって…」
私は思わず苦笑いする。「溝呂木さんはどうして行かなかったんですか?」
「行くわけないじゃないの、あんなヤツの葬式になんか」
溝呂木明日香の声が大きくなったので、私は思わず周りを見た。平日の午後、表通りから少し入った場所に在る喫茶店は、小さいながらも画廊を兼ねている。周囲にはちらほら他の客もいて、それぞれ静かに自分の時間を満喫している様子。外は炎天下。中は静かにジャズアレンジのクラシック曲が流れ、ほどよくその場に似合っている。
「最後まで迷ってたんですが、結局時間だけが過ぎてしまって」
「ふふふ、あんたらしいわね」
明日香の皮肉っぽいもの言いに、私は瞬間ムッとするが、すぐに気持ちを立て直す。
「ちょうどいい機会とも思ったんです。別れてから五年も経ってましたからね」
「五年か。長いような、短いような」
明日香は急に遠い目をして、店の外に目をやった。私はその横顔を、まるで初めて見たような気分になる。以前から全体的に派手な着こなしの明日香は、美人でスタイルも良く、職場では離れたところからもすぐに見分けがついた。私はどちらかと云うと地味な方なので、ひと頃はその麗しい容姿に人並みならぬ憧れを持ったほど。
「溝呂木さん、お仕事の方は?」
私は声を掛ける。
「順調よ。自分にこんな才能があったなんて、意外だけどね」
明日香は真っ直ぐにこちらを見た。変わらない大きな目、黒い瞳。
「そうですか。私は前からそんな気もしてましたけど」
「あんたはまだあそこにいるの?」
「ええ。経営者が変わったり、配置換えも随分ありましたけど、まあなんとか」
「不思議よね。あんたみたいなお嬢様が、このご時世に第一線でサラリーマンやってんだから」
「『なるようになる』。そう仰ってたのは溝呂木さんですよ」
「そうだけどさ」
応えると、明日香は急に顔を歪ませる。「元々それって、あいつの口癖だったんだよね」
「そうなんですか」
意外だった。いつもは明日香の意気に巻かれっぱなしだった彼が、彼女にそんな言葉を吐いていたとは。
「あの人、そんなことを言う人とは思いませんでしたけど」
「時々ね、恰好つけたくなるのよ、あの手合いは」
明日香はすずしげに言う。「でも、死んじゃったら仕方ないもんね。何か、勝ち逃げされたって感じ」
「確かにそうかも」
私は目の前でグレープフルーツジュースを飲む明日香を見つめながら、何かの麻酔にかかったような気分になる。午後の、偶然拾ったような空き時間。街を当てどもなく歩いていた私の目に飛び込んできたのは、通りの斜向かいからまじまじとこちらを窺う、溝呂木明日香の何とも云えない表情だった。そしてお互い掛ける言葉も見つからないまま、どちらからともなく近づいていった。
「でも本当に久し振りですね。まさかこんなところでお会いするなんて」
「そうね。あんたとも因縁だわよね」
不意に溝呂木明日香は真面目な顔になり、私を見る。その顔に私は、かすかな、そして確実な時の流れを感じる。そうか、もう随分時間が過ぎてしまったのだ。私は思う。その時、背の高い、整った顔立ちのウェイターが飲み物のお代わりを聞いてきたので、私は注文し、明日香は「もういいわ」と手で合図する。彼女は外からの日差しが気になるのか、しきりにシェードの高さを調節している。
「それにしても暑いわね。どうかしてるんじゃない、この地球は?」
その言い草が可笑しくて、私はコーヒーカップを持ったまま笑う。
彼の名は、結城晋一郎と云った。歳は私より六つ上、明日香の一つ下。私たちの会社に大阪支店からの異動でやってきたのだったが、確かにその頃から正体不明の噂はあった。
「結城です。新庄さんですよね。これからよろしく」
彼に対する私の第一印象は、それでも決して悪くはなかった。
「新庄さん、出身は?」
「え?ああ、北海道です。札幌」
「札幌かあ。いいなあ、北海道は修学旅行で行ったきりだけど」
そう言うと、結城はにこりと笑ってみせた。その笑顔はどちらかと云うとぎこちなささえ感じさせるものであり、彼が新しい職場に馴染むため、多少の無理をしているのが私には分かる気がした。当時私は入社二年目であり、彼の様子にある種の結託感を感じていたのは事実。一方でその結城を徹底的にしごいたのは、他でもない溝呂木明日香だった。たとえ部所のチーフとは云え、まるで箸の上げ下げにまで口を挟まんばかりの(今では完全にパワハラの範疇に入れられるほどの)それは、後から考えてみれば、それだけ結城の中に、職場の先輩後輩の関係を越えて彼女の気持ちを揺り動かす、何かが潜んでいたせいとも考えられる。
「結城さんの趣味って何ですか?」
私が初めて会社の飲み会で彼に声を掛けたのは、異動以来苦労続きの彼に、多少の同情があったせいに違いない。その日たまたま明日香は出張で不在だった。
「趣味ですか?言っていいのかなあ」
そう言うと結城は首をかしげた。その様子に私は、一抹の幼さと狡猾さを見たような気がした。
「誰にも言わないでくださいよ」
私は幾分面倒になりながらもそれに頷いた。
「絵画ですよ」
「絵画?」
「そう。絵を見るのが好きなんです」
「へえ」
「意外だと思ってるんでしょう?」
確かに結城と絵画を結び付けるのは微妙だった。どちらかと云うと日曜大工が似合いそうな…。
「今度近くでシャガール展があるんですよ。一緒にどうですか?」
そこで私は、それがデートの誘いであることに気づいたので、
「いえ。私なんて、きっと途中で飽きてしまいますから」
そう言ってさらりと断った。今から考えればそれが良かったのかどうか、私には分からない。その結城が休日に溝呂木明日香と街を歩いているのを見た時、私は衝撃と共に、ある種の可笑しさを感じずにはいられなかった。ほとんど吹き出しかけた。まるで二人は一昔前のカップルのように、いかにもお互いを気遣っているかのように初々しかった。その時私は、結城よりもむしろ明日香の方に興味を引かれていた。会社にいる時とはまるで別人。もともと恋愛にあまり興味のない私でも、その変わり様は鮮やかだった。
「こんなこと訊いていいのか、分かりませんけど」
私は目の前の溝呂木明日香に問う。「あの人、はじめに何て声を掛けたんですか?」
すると相手はとても怪訝そうな顔になり、「今更そんなこと訊いてどうすんの?」、冷たく言い放った。「あんたこそどうなのよ?まんまとあいつの口車に乗ってさ」
そう言われると次の言葉が出てこない。確かにそうだ。私はいつの間にあの男の手の内に収まってしまったのだろう?
「人にはそれぞれ特徴ってやつがあるけど、あいつの場合、なし崩しの天才だったわね」
「なし崩し?」
「そうよ。いつの間にか何でも自分の都合に引き寄せといて、後になったらさも話は最初からそうだったみたいに、『ボク、知りませんよ』って顔するんだから」
「ああ、そういうことですか」
私は明日香の言ったことを頭の中で思い巡らす。確かに結城は無責任極まりない男だった。仕事ではもちろん、私生活でもだらしのなさはある意味芸術的とさえ云えた。
「そう云えば、あのトウデン事件の時はひどかったわよね」
その明日香の言葉に、私も記憶が目まぐるしく逆走するのを感じる。それは結城がやってきてから半年ほどした時のこと。一本のメールから俄かにオフィス内が騒がしくなった。取引先から発注の品と量が違いすぎるとの連絡が入ったのだ。
「そりゃ違うわよね。全く別会社のと入れ違ってんだから」
明日香は憎々しげに言う。
「でも確かに、周りのチェックもあまかったんですけどね」
それまでうちの会社では、発注が届くとまず担当者が電話で先方に確認を入れ、納品の前に今度は別の者が同様の作業をするのが常例になっていたはず。ところがその一連の作業を、結城が一人で請け負ってしまっていたのだ。
「にしても、言い分がすごかったわね」
明日香は笑う。「『ボク、確認したはずですけどね』。だったらこれは何なのよ」
明日香は当時の口調を甦らせる。「『え、東京電産って、トウデンと別なんですか?』」
私は彼女の芸達者に微笑しながらも、結城のそのあっけらかんとした表情をまざまざと思い出す。あの時はフロアの関係者全員が顔色を失っていた。扱っている商品が大型金属部品なだけに、輸送の手間も相当に掛かる。おまけに相手方の操業行程に狂いが生じれば、ミスでは済まされない問題になってくる。それはようやく仕事の全体像が分かってきた程度の私でさえ、容易に想像できた。幸い先方には充分なストックがあり、二、三日の遅れなら支障がないとのことで、皆は一様に胸を撫で下ろすことができた。もちろん結城が上司からきつい注意を受けたことは言うまでもないが、それでも彼はどことなく我関せずと云った様子であり、見方によっては騒ぎを楽しんでいる風にさえ見えた。
「あの人、大阪で何やってたの?」
周囲の者から一斉に非難の火の粉が舞い上がった時、一人明日香が複雑な表情をしていたのを思い出す。
「今もさ、あいつ自分が死んじゃったってこと、分かってないかもよ」
「ええ?どうしてですか」
「だってさ、どっか世間から浮いてたでしょ、あいつ。死んでもあんまり変わんないんじゃない?本人的には」
「ふふっ」
明日香の言い様に、私は思わず声に出して笑う。
「あれ、あんたってそんな顔して笑うんだ」
「何ですか、いきなり」
「考えてみたらさ、あんたとこんな風にして話ができるなんて、嘘みたいよね」
明日香はしみじみと言う。「だからさ。本当に『はしか』みたいなものだったんだよ、あいつの事は」
「はしか、ですか?」
私は返す。
「そう。それをまるで人生の大事みたいに思ってさ。ほんっと馬鹿みたい」
「…」
私は残ったコーヒーを見つめる。
「あんた、後悔してる?」
私は一瞬聞こえない振りをしようかとも思う。
「難しいなあ…」
結局、正直に応える。「もっと良い相手はいたろうし、もっと良い恋愛もできたとは思いますけどね。でも考えてみれば、あの人のお陰で、自分の知らなかった部分に随分気づかされたような気がします」
明日香はその言葉を一つ一つ頭の中で吟味するかのように、神妙な顔つきで聞いている。
「溝呂木さんはどうですか?」
私は訊き返す。
「…ふん、お利口さんな答えだね。私はね、さっさと消し去ってしまいたいくらいよ。私の青春とまでは言わないけど、貴重な時間とカネをゆみずのように使っちゃったからね」
そう言って心なし俯く明日香は、それでも美しいと、その時私は思った。
「あーあ、本当に馬鹿しちゃったなあ」
その明日香の思いは、半分は私のものだ。
「あの人、何で死んだんでしたっけ?」
「癌でしょ。今時珍しくもない」
「結婚してたんですよね」
「そうね。それも二十歳かそこらのオネエチャンと。だから、結局病院に放り出されてたみたいよ」
「そうなんですか」
知らなかった。
「まあ、癌だもん。二十歳の小娘じゃ、どのみちどうしようもなかったろうけどね」
瞬間、胸がチクリと痛んだ。私はその時の結城がどうだったのか、しばし思いを巡らせる。
「あの人、本当にどうしようもない男でしたけど、やっぱりどこか魅かれるところがあったんですよね」
私の口から思わぬ言葉が漏れる。それはまるで、誰かが私に言わせてるかのような。
「そりゃそうでしょう。だから問題なのよ」
明日香は呆れた口調で応える。
私の中で結城の最後の姿は、マンションのゴミ置き場横で、所在なく煙草を吸っている記憶だ。あの時、私はすっかり荷物をまとめ、声も掛けずに出ていくつもりだった。理由とか、きっかけとか、そんなものはどうでもいいくらいに、その時の私は彼に疲れ切っていた。何なんだろう、この人は?こんなにも自然に、さりげなく、人をここまでダウンさせることができるなんて。私は身の危険さえ感じた。このままでは死んでしまう。身体より先に心がでろんでろんに溶けて、コンクリートの隙間から地下深くまで沈み込んで、もう二度と浮かび上がってはこれない。私はそう思った。気がついたら私は、彼の部屋の物を手当たり次第破壊し、小さなバッグに日用品だけを詰め込んで飛び出していた。結城はいつの間にか部屋を抜け出し、ゴミ置き場横で一人佇んでいたわけだ。これ見よがしに。
「どこ行くの、これから?」
結城は一応確認しておこうと云った調子で私に尋ねた。私は彼を一瞥すると、「知ったことか!」、そう叫んで駆け出した。時間は確か朝の六時頃だったと思う。もう辺りは明るくなっていて、おそらく声はマンションじゅうに響き渡ったと思う。自分でも咄嗟にあんな大きな声が出るとは思わなかった。私はその居た堪れなさから逃げるように、もう彼を振り向くことはなかった。
結城が亡くなったことは、会社の総務伝てで知った。体調を崩し、休職中と云うこともそのだいぶ前に耳にはしていた。その頃、会社自体が景気の影響で大変な時期でもあり、部所が変わっていた私は、その情報にほとんど興味を持たなかった。どうせそのうち「あれ、誰かと思った」などと、廊下の向こうからしらじらしく声を掛けてくるに違いない、そう思っていた。だから亡くなったと聞いた時、てっきり事故か事件に巻き込まれたのか、そう思ったくらいだった。
溝呂木明日香は、結城が私に乗り換えてからしばらくして退社していた。そしてすぐにネットビジネスを始め、それから小さな事務所を開いたと噂に聞いた。思い返せば、私と明日香、二人とも憑き物が落ちたかのように晴れ晴れとしていた。元に戻ったと云うより、むしろ以前より身軽な感じさえした。会社の体制が落ち着きを取り戻し、新しい部所の仕事にも慣れてくると、私は明日香のことを思い出すようになった。むしろ結城よりも、懐かしく彼女を思い出すことが多かった。
「私ね、一度妊娠したのよね」
外に目をやっていた明日香が急に口を開いたので、私は二重に驚く。「え?」
「でも、すぐにおろした。仕事もあったし、あいつもそうさせたがってたし」
「知りませんでした」
「まあ、よくある話よね」
明日香は微笑む。「でも不思議なことに私、その時産んでみたかったのよね、子ども」
私はその話に、ただ耳を傾けるしかない。
「珍しくね、あいつ付いて来たのよ、病院まで。そして事が終わったらさ、『何か美味しいものでも食べに行こう』って、普段言わないようなことまで言ったりしてね。でも」
そこで明日香は言葉を切る。「妙な感じなのよね。もう自分の中に子どもはいないのに、空っぽの空間だけがそこにちんまり居座ってるような感じで、何だか落ち着かないの。何処にいても、何をしてても。まるで自分が風船になっていくみたいで、そしていつ破裂するか分からない感じで。そんな時だったのよ。あんたと結城のことを知ったのは」
明日香は私をちらりと見た。しかしその目に以前のような尖ったものは感じられなかった。むしろ何かに対する憐れみや慈しみのような、やんわりとしたものを私は感じた。
「破裂しちゃったわね、私。まあ、いつかはそうなることになってたんだろうけど。いや、もしかすると私自身がそれを望んでいたのかも知れない」
「そう…、そんなことが」
「だからね、風の噂にあんたたちが別れたって聞いても、その頃の私はぼおっとしてて、それどころじゃなかった。まるで月の裏側の話をされてるみたいでね」
私はその頃の自分と、まだこの目で見たことのない月の裏側を想像してみる。
「今から考えても、あいつのことよく分からないのよね。変に人当たりが良かったり、こだわりがきつかったり、それでいて身の振りは雑で世間知らず。でもね、それもあくまで上っ面。本当のあいつって何だったんだろう?時々そう思うことが今でもあるのよ。癪だけど」
「分かる気がします」
私は応える。「追おうとすればするほど、目の前からするするとすり抜けてしまう。そのうち一喜一憂してる自分が馬鹿馬鹿しくなって」
「私があいつの葬式に行かなかったのはね、正直怖かったから。自分が見たくて見たくないものが、そこにでんと横たわってる気がしてね。情けない話なんだけど」
同感だ。私は結城が死んだことより、彼にまつわる事実の数々を目の当たりにするのが怖かったのだ。そしてそんな、救いようのない自分に気づくことが。
「結果、どうなんでしょうね?私たち」
私は問いかける。
「どうって?」
明日香に聞き返されて、私は戸惑いを隠せない。
「あんたさ、ちょっと疲れてんじゃない?化粧の乗りも良くないみたいだし」
「え、そうですか?」
「しっかりしなさいよ。あんたがそんな風だったら、あいつの思うツボじゃない」
明日香がいかにもワルそうな顔をするので、私は思わず噴き出す。
「本当ですね。今頃になってまで、あの人に振り回されたくはないですよね」
「そうそう、その調子」
明日香も頷く。
それからしばらく、私たちはお互いの取り留めもない話を続ける。表通りの方から歩いてくる人の数も、だいぶ増えてきたようだ。私は時計を確かめる。そろそろ時間だ。久々に楽しかった。私は心の中でしみじみと思う。
「今日は有難うございました。何だか、久し振りにお話しできて良かったです」
「まあ、退屈しのぎにはなったんじゃない」
明日香は自分も荷物を仕舞いながら応える。「でも、もうこれっきりだよ。あいつの話は」
先に立ち上がり、小ぶりのバッグを肩にかける。チリンと澄んだ鈴の音が聞こえた。見ると、ストラップ状のお守りが揺れている。
「あんたも元気でね。何かあったら電話かけてきなさいよ。暇つぶしくらい付き合うわよ」
「はい、溝呂木さんも」
明日香は私の言葉に手で返事をしながら、颯爽と店から出ていった。彼女がいなくなると、店は急に広くなった気がした。私はテーブルに置かれた明日香の飲み物代が、充分に私の分まで入っているのを見る。元々彼女は黙ってそういうことをする、懐の広い人なのだ。
「お勘定、お願いします」
私は店員に声を掛ける。すると先程のウェイターが奥からするりと姿を現し、カウンターに立つ。結城もちょうど同じくらいの背丈だった。私はレジの後ろに掛けてある、小さな額縁の絵に目を留める。私はお釣りを受け取りながらウェイターに訊く。
「その絵、何て云う名前ですか?」
「名前ですか?えーと」
ウェイターはプレートの横文字を食い入るように見つめる。
「フランス語で、『二人の女』ですね」
私は礼を言ってその場を離れる。店の外に出ると、容赦ない夏の日差しがまだ頭上から降り注いでいた。今日はあと一社、担当者と顔合わせを済ませなければならない。その後は、帰ったらまずシャワーを浴びよう。歩きながら私は先程の絵を思い出す。川べりに二人の女が並んで立っている。色使いは明るいが、絵の二人はどこか物憂げな表情にも見える。そう云えば結城は、デートにしろ、プレゼントにしろ、変に演じたがるところがあった。私はまるで、今日の一連の出来事が全て彼の計らいごとのような気がして、瞬間歯痒い思いが込み上げる。
「気っ持ち悪い」
私はわざと声に出してみて、通りがかりの高校生から、見るからに鬱陶しい眼差しで射られる。目の前の人通りが、まるで蜃気楼のように揺れている。
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