第3話 「 S・K・Y 」

 曇り空。彼の周りでは、一つまた一つと電化製品が壊れていく。特に何か悪さをしているわけではない。ただ近くに置いていたり、普通に使っているだけのことだ。それでも気がついた時には、うまくスイッチが入らなかったり、あるいは切れなかったり、ものによっては唸り声のような音を出してそのまま事切れるものまである。自分の持ち物ならまだいい。困るのが他所の家、例えば知り合いの家に遊びに行ったりした場合だ。急にその家の電化製品の調子が悪くなり、つい自分のことを疑って早々に退散することも少なくない(もちろん相手に事情を明言することはない)。相手は総じて怪訝そうな顔をする。自然と彼の足はそこから遠のき、そうこうしているうちに彼の交友関係はかなり限定されたものになってしまった。

「面白いじゃないか」

 非番の日。そう言ったのは輸入雑貨・服飾店を営む彼の旧友、Kだ。「それって、ゆる~い超能力みたいなもんかもな」

 ゆるかったら、そもそも〝超〟は要らないだろう…。彼はそう思うが、Kはただ愉快そうに笑っている。

「一番困るのはパソコンとかスマホなんだよ。高いし、仕事でも使うから」

「体調とか関係あるのか?それ」

 そう言われても彼には応えようがない。特定して物に不具合を起こさせるわけでもないし、それが一体いつ、どのようにして起きるのかも、さっぱり分からないのだから。

「気のせいかなって思うこともあるんだけど…」

 その時だった。二人が座っていたカウンターの上の電灯が、突然チカチカと明滅し始める。

「あれ、先月取り換えたばっかりなんだけどな」

 Kは見上げながら言う。「ひょっとして、これもか?」

 彼は黙ったまま、苦笑いするしかない。

 自宅に戻り、映りの怪しくなった小型テレビを眺めながら、彼はふと子どもの頃のことを思い出す。冬場になると、彼はきまって静電気に悩まされてきた。ドアノブ、取っ手、鉄製の机や本棚…。それらはまるで彼を毛嫌いでもするかのように、無情にその幼い指先を弾いた。少年の心はその度に小さく震え上がった。親にも言ってはみたが、「ウチは代々、乾燥肌だからねえ」と、むべもなくかわされてしまった。ある日、体育祭のフォークダンスの練習の時、それでなくても緊張しながら女子と手を繋いだ際、やはりそれは起きた。周りにも聞こえるくらいの音と衝撃で、相手の女の子はびっくりして、もう二度と彼と手を繋ごうとはしなかった。

 大本の原因はそれか?彼は横広い自分の手を見る。何の変哲もない。それに大人になってからはあまり静電気を気にしなくなった。慣れたせいもあるだろうが、彼には何故か、それと今回の件には直接の繋がりはないような気がする。神経質になり過ぎているのか。それともストレス?彼はとりあえずそう思うことにする。そして直接指でテレビのスイッチを切り、いつもより早く床につくことにした。


 昼休みに入ったラーメン屋で、彼は不思議なものを目撃する。テレビのバラエティでやっていた〝びっくり人間〟特集だ。普段彼はその手の番組は見ない。訳も分からず不愉快な気持ちになるからだ。しかしその時は違った。

 テレビでは中年過ぎの男が映っている。お決まりのクイズ形式で、タレントたちがその男の〝びっくり〟具合について当てっこをしている。その間男は無表情に近い顔で、画面中央に突っ立ったままだ。結局正解者は出ない。やがて司会者が合図をすると、男はなかば待ちくたびれたと云った表情でカメラに向かって手をかざした。一瞬のことだった。ラーメン屋のテレビがパツンと音を立てて暗転した。店の中には5、6人の客がいたが、急に店内が静かになったのでお互いに顔を見合わせた。店員の一人がすぐ近くにあったリモコンでスイッチを入れ直す。案の定、テレビの中でもちょっとした騒ぎが起きていた。

 翌日のワイドショーはその男の話で持ち切りだった。男はすっかり超能力者扱いだったが、その騒がれようが当たり前すぎるのか、表情はかえって不服そうにも見えた。インタビュアーが「どうやってその超能力を身に付けたんですか?」と質問した時の男の答えに、彼はいつになく気持ちがしっくりと浸る思いがした。「大事なのはまず自分の能力に気づくことなんです。あとは時間をかけてそれをコントロールする努力を怠らないこと。焦りは禁物です」

 彼はがぜんその男に会いたくなった。男に会えば、自分の呪われた運命が立ちどころに開ける気がした。「そうだ。コントロールさえできれば、それでいいんだ」

 彼は自分が今までそのことに考え至らなかったことが、逆に不思議に思えるほどだった。


 男との面会は思ったより早く実現した。しかしその場所が問題だった。死体安置室。もちろん男はすでに息をしていない。事故か他殺か、それとも自殺?捜査はまだそれさえも解明できていない。

 綺麗な亡骸だった。彼は男に訊いてみたかったことを胸の中で反芻する。あなたはどうやって、自分の力をコントロールする術を見つけたのか?その時、何処からともなく自分を覗く気配がする。彼は職業柄、その辺の勘には長けている。誰だ?相手は応えない。ただ執拗なまでにこちらの出方を窺っているようだ。そして彼は同時に異様な感触を味わっている。まるでストローか何かで、自分の記憶が吸い上げられているような感じ。血の気が引いて立っていられない。彼は思わず相手に向かって意識を集中する。まもなく、遠くで大きな雷鳴が響いた。やがて解放された心持ちがして、足元の確かさも戻ってくる。

 ヨクモココマデ、チカラヲタメコンデイタモノダ。シカシ、ショセンハカミナリトオナジ。ヨウジンサエシテイレバ、オソルルニタラン…。

 気づくと彼の意識の中に、一人の年寄りらしき姿が浮かんでいる。全体が陰になって、顔はよく見えない。チカラハミセモノデハナイ。ソノオトコハ、ヤリカタヲマチガッタ。あんたが殺したのか?チガウ。シカシ、ケッカトシテハオナジダ。ノウリョクヲジブンノモノニシヨウトシタバカリニ。分からない。自分の力だ。何に使おうと勝手ではないか?

 ……。

 そのまま老人の姿は意識から消える。それから以降、彼は自分の能力のコントロールに一層こだわるようになった。そして一方でその老人の正体を暴こうと喘ぐ。おそらく何らかの事件と関わっている可能性が高い。だが予想していた以上に、老人の素性は杳として掴めない。やがて彼は思う。そもそもあの老人はどういう能力を持った人物なのか?そして何の為にあの時自分に近づいたのかと。彼は思い出す。老人が自分の力を「カミナリトオナジ」と評したことを。それは裏を返せば、自分の力が想像以上に強大ということではないだろうか。それに…。彼は思いを更に巡らす。

 もしあの老人の言うことが本当なら、自分にしろ、あの男にしろ、いい歳をしたオッサンがこんなにも自分の秘めたる力に振り回されていいのだろうか?何か、他に出来ることはないのだろうか?もっと力を別の事に活かす道はないのだろうか?彼の胸中は、忸怩たる思いでいっぱいになる。


 彼は小雨の中を歩いている。ある人物を尾行している。女だ。女は彼の尾行に全く気がついていないのか、ダラダラと人通り多い街並みをただ歩いている。彼の目的は女を逮捕することではない。むしろ観察することだ。彼は先程から女の動きに圧倒されている。彼女はこの都会の雑踏の中を、実はひたすら直進している。誰ともぶつかりそうにもならず、逆に道を譲るでもない。彼女が道を歩く時、周囲の者は何故か自然とそこをよける。あるいは立ち止まる。そして彼女が通り過ぎた瞬間、彼らは何事もなかったかのように、再び縦横無尽に歩き出すのだ。まさに女は時空間の隙間をかすめてるように見える。彼はそんな女に付いて行くだけでも必死にならざるをえない。事実、彼は今までもう何度となく彼女を見失っている。最初は誰か協力者が陰で操っているのかとも思ったが、その形跡はなかった。そして彼はやがて発見した。女の特殊な能力を。

 彼はつくづく感心する。この世には実にいろんな人間がいるのだと。しかし多分その中には反社会的な人間や、どうにも御し難い逸れ者もいるだろう。そして自分のようにそれを取り締まるのを商売とする人間もいる。世の中は本当によくできている。そう考えて彼ははたと気がつく。人の能力も同じではないか。日常的なレベルから、ヘタをすると社会に害するものまで、そして自分のように傍迷惑なものもきっと存在する。と云うことは、あの老人はそんな多種多様な能力者たちの、謂わば監視人なのではないだろうか、と。

 まるで戦国時代の忍者じゃないか。彼は続けて思う。連中は決して表舞台には出てこない。しかし彼らの能力は鍛え上げられ、組織化されていたのは間違いない。そしてそこでも掟を顧みない者は、敵ばかりか組織からも命を狙われることになる。あの男もそうだったのではないか。しかし…。彼の中には尚も疑念が立ち込める。法律と云う枠でようやく囲い保っている、この絆を失くした現代社会で、そんな陰の集団が存在しうるだろうか?

 ダカラコソダヨ。突然彼の意識にあの声が忍び込んでくる。コノヨノナカデハ、ソレデナクトモヒトハコドクダ。ソレニクワエ、トクイナノウリョクヲモツトイウコトハ、ナオサラソレヲカソクサセル。コドクナニンゲンハ、ヤガテホウヲオカシ、ジブンノジンセイスラハカイシカネナイ。ソコデワタシタチノアツマリハウマレタノダ。

 あなたは一体誰なんです?彼は問う。キミノオモウ、カンシニンッテヤツダ。つまり、あなたは全能力者を監視し、統率しているわけですね?マサカ。ワタシニモゲンカイガアル。ノウリョクニオウジタ、タントウエリアガモウケラレテイルノサ。でも、今になってどうして僕に?ソウダナ、イッテミレバシュウショクノアッセンダ。就職?ツマリ、ワレワレノナカマノタメニ、ゼヒハタライテホシイトイウコトダ。カゲノコウムイントシテ。陰の、公務員…。彼はしばし考える。条件があります。彼は言う。イッテミタマエ、デキレバコウリョシヨウ。老人の声は初めて微笑んだ。


 彼は今、その集まりの中で働いている。意外な事に報酬まで出る(むしろこちらの方が高給なくらい)。そして何よりも、もう自分の能力の事を気にせずに付き合える仲間ができた。皆、それまでの孤独な身の上からか、お互いをそれとなく気遣う。もちろんそうじゃない者も少なからずいるが、彼はまずまず満足している。

 相棒も付けてもらった。彼女の能力は気のバリアを設定すること。少なくとも彼女といる時、彼の能力が周りに迷惑をかける心配はない。

 焦らず、コントロールの術を身につけていこうと思う。今のところ目の前には、一応の青空が広がっているのだから。

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