第7話 田所修1-7 そして現実へ

 

―――――病院の集中治療室で眠っている自分の姿が映し出された。


 部屋には俺の両親だけでなく、じいちゃんとばあちゃんの姿もある。ピッ、ピッと規則正しい電子音が鳴り、泣きはらしたのか目元を赤くした母さんは俺の手を握ったまま眠ってしまっていて、壁際にこしかけている父さんも目の下のクマが酷い。じいちゃんとばあちゃんも、疲れきった顔をしていた。……シミュレーションの中とはいえ、異世界のクマ(仮)にブチ殺されまくった後に、クマが酷いな、なんて思うとか思わず失笑してしったけどその程度には、俺の心にゆとりが戻ってきたみたいだ。


「……あれは?」


 その光景に思わず声を零すと、ジェーンが静かに返した。


「あれは今の貴方の身体よ、田所修さん。

 貴方は異世界転生を強く希望してこの部屋を訪れたけれど、実際の貴方はまだ生きているわ。だから無理に異世界に行かなくても、まだ現世に戻る事が出来る」


 帰る事が出来る。その言葉に思わず涙がこぼれた。帰りたい。帰りたい!命の危険がない毎日、朝起きたらご飯が用意されていて、家族がいる世界。当たり前だと思っていた毎日が今ではどうしようもなく愛おしい。


「俺、帰ったら真面目に勉強するよ……デブオタって他の奴に馬鹿にされるのもいいかもな……母さんのご飯が食べたい!ハーブで味付けしたカレーもたべたい!福神漬けもドバドバいれて!」


「唐突に死亡フラグみたいなことを言い始めると心配になるけど……そうだね、君はまだ戻れるからその方がいいと思うよ」


 心からの叫びを越えにすると、ジョンが言ってバチーン、とウインクをしてほほ笑みながらツッコんできた。今見て気づいたけどあんたまつ毛長いな!まったく何このイケメン誰このイケメン。俺が女子だったら一撃で惚れてしまうズルじゃんやはりイケメンは許されないよ……!非モテの悲しみと妬みをその身に受けるがいい……!けど、そんなジョンの言葉に、改めて俺は異世界への渇望がもう心の中に無い事を感じた。もう、異世界に行きたいとは思わない。


「あぁ。……俺、憧れる事はもうやめにしたから」


「折角だしそういう格好良いセリフが似合うようなイケメンを目指してみたらいいんじゃないかな、個人的にはバスケとかスポーツをするのもおすすめだよ」


 ジョン、もしかして結構サブカルとか好きなんだろうか?と思ったけどあまり気にしないでおこう。


「ありがとう、ジェーン、ジョン。死にまくった事で自分と現実を見直すことが出来たよ。俺、いつのまにか我儘でどうしようもない奴になっちまってたけど、もう一度最底辺からやり直してみる……心配なのは俺自身が駄目な奴だから、此処の出来事も夢の事だと思ってしまうことだけどさ」


 苦笑しながら、そう言って立ち上がる。俺のはじけんばかりのわがままヒップさんに椅子が動いているが、このデカケツも運動して痩せよう、うん。ジョンの言う通り運動はした方がいいと思う、実際俺スゴイ=デブだからな。ぽっちゃりとかXLとか言葉で自分をごまかしてたけどここからは心機一転痩せますよ!!!!


 俺の言葉に少し考えるそぶりをしていたジェーンだが、立ち上がって机を回り込みんで俺の前まで歩いてくると、自分の袖についているボタンを一つ千切って渡してきた。


「そう。……それじゃ、これを持って言って田所修さん」


「これは……ボタン?」


 俺の掌には黒と白のマーブル模様のボタンがのっている。


「これぐらいなら、現世に持ち帰れるわ。だから道に迷いそうになった時、心が折れそうになった時、ここであった事を思い出して」


 なんだ、ジェーンって意外に優しいんだな、なんて少しキュンッとする。ジョンほど感情を豊かに表さないだけで、このジェーンは優しい子なんだろう。


「……ありがとう。俺、もう一度頑張ってみる。父さんや母さん、爺ちゃん、ばあちゃん、心配かけた皆に謝る。できたら、いつか亜理紗にも」


「……そうね、それがいいと思う。貴方のこれからの人生が、実り豊かになることを願っているわ」


  優しくほほ笑むジェーンはまるで天使か女神様のように思えた。……あぁ、そうか、異世界転生にするときに女神さまからスキルとかチートを授かった、とかよくある展開だもんな。そう考えたら転生して異世界に行く人間からしたら正しくジェーンは女神様だ。そんな当たり前の事になぜ俺は気づかなかったんだろう。俺バカだからな……ハハッ。


「異世界転生なんてしたいと思わなくてもいい位、君の人生が素敵になる事を祈ってるよ」


 ジェーンの言葉に続いてジョンも笑顔を浮かべている。女の子ならその微笑みだけで恋に落ちるようなズルいイケメンっぷり。なんとかで執事ですとか言ってそうな美形にそんなことされたらときめいちゃうでしょうが!そのスマイルをやめなさいって言ってるでしょー!

 そんな事を想いつつもジェーンとジョンの言葉に頷き、俺は瞳を閉じる。


――――そして目を開けるとそこは、白い天井だった。


 父さんや母さんの顔がある。俺が起きて身動ぎしたことで皆が沖て慌ただしく動き出す。そんな中で俺は握りしめた右掌の中に確かな感触を感じて開く。そこには、黒と白のマーブル模様の飾りボタンが確かに握られていた。


(夢じゃ、なかったんだ……)


 そう言いながら俺は安堵するように再び目を閉じた。やりたい事もたくさんあるし、謝らないといけない人もたくさんいるけど今は、こうして生きていることの喜びと、ここに帰ってこれたことの喜びと感謝を噛みしめようと思うのだ――――

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