工藤海斗・櫻井春という人

10分だけと宣言して寝たものの、起きるともう3時間も経っていた。


「本当に干渉しないんだ」


干渉しないって、いいことだけじゃないな。

誰かが起こしてくれば、3時間も無駄にすることなかったのに。なんて他責することで、少しでも自分の罪悪感を減らすことは良くないとわかっていても、つい思考がそちらに傾く。

少しお腹空いたなあ。

各部屋に自分の冷蔵庫があるが、それはあくまで飲み物やちょっとしたアイスを冷やす為の小さなもので、開けても中は入っていない。

「何か買いに行くかあ」

そもそもこの家のキッチンはどこなのだろうか。毎日買っていたらお金が底をつくし、自炊の方が安価で‥‥まあキッチンがない家なんてないか。

両手を天井に突き上げて体をグーっと伸ばすと、再び睡魔に襲われた。

「あと10分寝ようかな」

いや、これで夜中お腹空いて空腹地獄になるのは嫌だ。二度寝したら気持ちいいんだろうけど、体に鞭を打って起きる。

振り返るとベッドが私を呼んでいる気が‥‥いや、起きよう。

家にはまだ慣れていないものの、歩く度に足が小刻みに震えるような緊張感は無くなった。


「不審者!」


不審者?


「春!そいつ捕まえろ!」


部屋の外に出た瞬間、勢いよく腕を掴まれたと思ったら、両手を後ろで拘束される。

なんで私囚われてるの?


「離してもらえます?」

「嫌だね。春、絶対離すな!」


ムカつく。お腹空いてるから更にムカつく。


「あーーーーーーーーーー!!!」


必殺大声叫びを披露して、二人が耳を塞いでいる間に一階に駆け降りる。


「待てよ!」


足の速さに自信なんてないけど、とりあえずこういう時は火事場の馬鹿力?が発揮されると信じている。後ろからドタドタと足音が聞こえてきても決して振り返らない。どこまで来ているのか振り返ると案外近くにいて、驚いて足がすくむのがオチだ。

そんなことを考えていると、階段を降りたところで勢いそのまま誰かとぶつかった。

反動で転びそうになった体は支えられ、床にダイブせずにその人の腕の中で止まる。


「大丈夫?」


ゆっくり体を離され、メガネの奥の優しい瞳に見つめられた。


「かっこいい」

「え?」

「あ、え、いや、なんでもない!ありがとう日向」


綺麗な目で見つめられ、心臓の音が聞こえてしまうのではないかと気にする程、ドキドキしている。こんなにイケメンに弱かったっけ?

確かに社会人になってからはケーキとジジイしか見ていなかったけど、そこまで耐性がないなんて。

まさか一目惚れ!?

「嘘!?!?」


「日向!こいつ不法侵入!」


日向のかっこよさに浸っていたのに、金髪に指をさされ現実に引き戻される。


「不法侵入なんて言うな。今日から一緒に住む凪。龍弥から聞いてるだろ」

「‥‥黒川凪です」


私のことを最初に不審者呼ばわりした金髪、工藤海斗。

工藤財閥に引き取られた養子。大学受験失敗を機にグレ始め、今では財閥息子なのにフリーター。いつかは自立してほしいと共同生活に親の勧めで入るものの、いまだにバイトもしない。ヤンキーで喧嘩ばかりしている噂もあるし、個人的に一番の容疑者候補。

そしてその隣で腕を組んで立っているのが、櫻井春。

次期国民的アイドルグループと囁かれているグループのメンバー。その中でもクールな性格と中性的な顔立ちで、1番人気を誇る。男装をしているのも9割は櫻井春の為。

一番大事な時期に櫻井春が女と住むことを許可するとは到底考えられない。すぐ追い出されないようにと、龍夜が考えてくれた案。


全身舐めるようにしてから睨み、「女みてえだな」と捨て台詞を言って去る海斗。

これだから社会を知らない奴は。平気で失礼なことができる神経を疑う。


「なんでこいつの入居オッケーしたの?」

「それは龍弥に聞いてよ」

「マジで二度と俺の視界に入ってくんな」


本当にこんな奴が時期国民的アイドルグループ候補?

表でそんなことしたら炎上レベルのことしてるよ。脅しているのか知らないが、ひたすら睨んでくるから闘志が燃える。


「お前が部屋から一歩も出なければいいんじゃない?」

「は?」

「こんなところでイキってないで、知らない女に『大好き』って言ってれば?」


今更冷静になってきたけど、多分もう遅いよね!?







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

好きだからお願い! @cocoasoda

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ