柳雄之助という人

大きな声で思わずこぼしそうになったココアを机に置き振り向くと、茶色い犬っ毛が今にも尻尾を振り出しそうな満面の笑みで近づいてきた。


「もしかして黒川飛鳥!」


10cm程の距離で近付かれ、思わず椅子から立ち上がった。


「ココア淹れようか」

「うん!」


さりげなく柳雄之助の顔を離し、キッチンに向かう姿を目で追っていると、急に両手で顔を挟まれる。強制的に目の前に来る顔は、日向とはタイプの違う美形。


「雄之助って呼んで!よろしく、飛鳥!」


距離の詰め方が多少強引だけど、愛嬌は抜群だし、誰とも仲良くなれる社交的な性格だというのが会って数秒の挨拶でわかる。

柳雄之助。

全国の商業施設、アミューズメントパーク事業を展開する柳グループ代表取締役、柳俊三の一人息子。甘やかされて育ち、犬みたいな性格で周りから好かれているが、大学に出席せず、クラブ通いする程のクズ。

潜入捜査として通う大学の一年生。専攻、経営学科。

新しい情報を付け足すとしたら、距離感がかなりバグってる。

私の隣にほぼゼロ距離で座ると、まじまじと顔を見てきた。悪いことはしていないけど、目を合わせない様に顔を逸らす。

男だって騙しているのは、龍弥さんに頼まれただけで悪いことはしていない。はず。いや、騙しているから悪い?


「女の子みたいだね」

「え?」


戸惑っていると日向が淹れたココアをカブのみし、「今日は帰ってこないかもしれない」と言って、席を立った。あんなに美味しいココアをがぶ飲みするなんて勿体無いという思いと、雄之助に対して「気をつけて」の一言もない日向が気になった。


「お互い干渉しないんだ」


私の心を読んで話している口調だったが、驚きはしなかった。

日向なら表情で心が読める才能があると言われても疑わないと思った。


「家族なのに?」

「実家で死ぬ程、親に干渉されているからここではゆっくり出来る環境の方がいい」


確かにその通りだ。

お金持ちになったことはないからイメージでしかないが、家柄に合う子供に育てる為に昔から干渉されているに違いない。


「飛鳥の部屋、まだ案内してなかったよね」


飲み終わったココアのグラスを片付けると、何も言わずに私が持ってきた荷物を運んでくれた。あまりにもスマートすぎて、荷物が一瞬なくなったのかと思ってしまう程。

2階に上がって、一番奥の突き当たりが私の部屋だと紹介してくれた。

部屋が多すぎて迷わないかと心配だったけど、ここなら迷わずに辿り着けそう。

頑張れば5人寝れそうな大きなベットに、中世ヨーロッパを感じさせるインテリア。まるでお姫様になった気分!


「何かあったらいつでも呼んでね」


そう言って、反対側突き当たりの部屋を指差した。同じ家なのにすごく遠く感じる。日向が部屋を出ていくのを確認し、まずベッドにダイブした。

10分寝よう。

10分だけ







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