神楽日向という人

インターホンを押すと、10人分くらいの高さがあるんじゃないかと思う程大きな扉が、ギーっと音を立てながら開いた。


「黒川君だよね。よろしくね」


階段を降りながら声をかけてきた背の高いメガネは確か、神楽日向。

医学部の5年生。母親は医者、父親は神楽大学病院の院長を務めている神楽家の次男。

二つ上の兄と後継問題で度々衝突するが、今のところ弟の日向が優勢らしい。


容疑者の情報を頭に叩き込めないと話にならない!と、昨日、龍弥さんと一緒に全員のプロフィールを覚えた(ちなみに名前呼びしているのは『男鹿さん』って呼ぶと、『おかあさん』に聞こえる時があるから辞めてくれと言われたからだ)。

生前、妹からきたメールの内容を頼りに情報を収集し、各個人の性格も分析したらしい。とは言っても、いざ本人を目の前にすると息を大きく吸い込んで精神を整えようとする自分がいる。

仕方ないって許してほしい。

だって目の前に立っているこの人こそが犯人かもしれない。

普通に怖い。


「怖がらせちゃった?ごめんね」

「え?」

「黒川君が来るの昨日急に知らされて、びっくりしたよ。よろしくね。

 神楽 日向と言います」

「知らされたって、龍弥さんにですか?」


笑顔で頷く姿を見て、少し格好いいと思ってしまったのは、口に出さないでおこう。言いたくなかったけど、世間一般的に、世間一般的に見てだけど、かなりの美形だと思う。


「黒川飛鳥です」

「どうぞ」


周囲を見回して下駄箱を探したけど一向に見つからず、神楽さんの足元を見ると、高級そうな黒い革靴を履いたままだった。

なるほど。ここは欧米スタイルか。

案内されるがままに連れられた(多分)リビングは、私が住んでいた7畳1Kが何個もすっぽり入ってしまうのではないかという錯覚に陥る程、広い。真ん中に設置された大きなソファは、詰めれば多分30人は座れそう。

飲み物を作ってくるからソファに座って待っていてほしいと言い残した神楽日向がキッチンに消えるのを見届けてから、部屋を隅から隅まで観察した。

部屋に飾ってある金色の額縁に入った絵にヒントが隠れていないか、写真がどこかに隠されていないか、素人でも一生懸命やれば何かしら見つけられるはず。


「ココア飲める?」

「!?‥‥はい」


急に後ろから現れた神楽さんが、生クリームの乗った冷たいココアを机の上に置いてくれた。

見た目からして「美味しいよ」と、私に語りかけてくるココアを口に運ぶ。

まず生クリームから、その後にココアを緊張して乾いた喉に流し込んだ。


「美味しい?」

「とっても美味しいです!カカオの味をぎゅっと詰め込んだようなTHEココア、これこそココア!」

「それは良かった」


やっぱりお金持ちの坊ちゃんはいいもの食べてるなあ。

でも潜入捜査するってことはこれからは美味しいものが沢山食べれる‥‥!


「ここは家に居場所を失った人たちの集まりだから、もう一つの家族みたいに接するのがルール。俺のことは日向って呼んでほしいし、敬語もなしで。最初は慣れないかもだけどね」

「居場所を失ったって、神楽さ‥日向は神楽大学病院の後継ぎ候補でしょ?」

「そんな情報まで回ってるのか」


初対面で後継者のことを口にするなんて嫌な同居人だと思われたかも。

それでも嫌な顔をすることなく、常に柔らかい雰囲気を醸し出している日向はやっぱり見た目通り大人だ。


「家にいると息が詰まる。こっちの方が勉強に集中できるし、落ち着く環境なんだ」


殺人があった家を落ち着くって言っている時点で、ちょっとサイコパスの雰囲気もあるけど、きっとそこまで深く考えていない気もする。

この人は、悪い人じゃなさそう。

顔はかっこいいし、淹れてくれるココアも美味しい。


「そこまで知っているなら、もしかして3人のことも聞いてる?」

「まあ‥‥」

「なるほど」


龍弥さんは曲者揃いと言っていたけど、日向を見ていると割と常識人の集まりなのかもしれない。


「たっだいまー!」


ただそんな幻想は、幻想に過ぎないのだと思い知らされる。









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