5,祭り

 日の出と共に玄関に注連縄が張られ、串刺したサンショウウオが飾られた。

「これより家から出ることを禁ずる」

 嗄れた声で亜実の祖父が告げた。その姿は、死人を思わせる帯まで白い着物だ。白装束なのは祖父だけではない。亜実の祖母、父親、母親も同様の格好をしている。

 一同は一列になって屋敷の奥へと向かった。ひた、ひた、と足が床を擦る音だけが暗がりを這う。

 やがて、座敷牢に続く例の場所へと突き当たった。パックリと口を開けた闇からは、わずかに暖色が滲み出ている。家の電気を一切つけない一方で、地下の灯りは絶やさないようにしてあるらしい。

「これよりヒモスガリを執り行う」

 白装束の四人がくるりと亜実と直樹の方を振り返り、能面のような顔を向ける。

「唱え始めたら二人はオモテに戻って、オトナイまで慎んで過ごしなさい」

「うん。お父さんたち、おつとめ頑張ってね」

 亜実がにこやかに手を振る。四人は何も言わずに奈落へと沈んでいった。

 気配が遠ざかり、微かに聞こえる、爪で何かを引っ掻いたような甲高い音。ややあって、ブツブツと低く呟くような声が、穴からわき出してきた。

「……行こっか?」

 言いながら、亜実の手が直樹の手に滑り込む。

「お父さんたちはこれから一日中ご祈祷しなきゃいけないの。大変だよね」

 それからも亜実は、ヒモスガリはこの家の近親者がつとめなければならないこと、必ず四人で行わなければならないこと等を話した。

 聞いていないのに、聞きたくもないのに、と直樹は内心毒づく。結婚したらお前もやるのだと、釘を刺されているようにしか思えない。

 そんなことより車の鍵だ。一刻も早くここから脱出しなくてはならない。愛しかった亜実のことが、今は気持ち悪く、悲しく、そして憎くてたまらない。

 しかし、直樹の心を見透かすかのように、亜実は祭りの禁忌へと話題を移した。

「昨日も言ったし、今朝お祖父ちゃんも言ってたとおり、今日は家の外には出ないでね。お祭りが終わるまでは電気をつけるのもダメ。昔はもっと細かく決まり事があったみたいなんだけど、今はヒモスガリの四人以外は私服でオッケーだし、さっき言った他にはいつもよりちょっと静かに過ごすくらいで大丈夫」

 昨夜の直樹の「帰る」という言葉には触れない。飽くまで、お祭りの解説をしているというていだ。

「ただオトナイの時だけは玄関を開けていいことになってる。っていうか、開けなきゃ意味ない」

 急に亜実の声のトーンが落ちる。長い廊下を歩く足がぴたりと止まった。

「ごつごつ、ごとごと……」

 一転、甲高い声を張り上げる。

「カーン、カーン!」

 思わず、直樹は握られていた手を振り払った。

「モヤ オトナフ ハノネノ ナホル、カミツキコトヲ イニ キコシメセト マヲス」

 譫言のように、口ずさむように唱えると、亜実は「ビックリした?」と破顔して直樹を覗き込んだ。

「これがオトナイの作法ってやつ。私も小さい頃は怖くて泣いちゃったんだよね~。でも、邪気を払ってくれる有難いものだから」

 一緒に神様を待とうね。

 慈しむような声音が耳朶を打ち、亜実の手が再び直樹をとらえた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る