第99話 人騒がせな勘違い

 リリアのお兄ちゃんが生えてきた。


 自分でも何を言ってるのかよく分からないけど、事実そうだから仕方ない。


 しかも、コーリオは裸だったのに、このお兄ちゃん……ルルーク? は最初から水晶の鎧を着てる。


 この差はなんだろう、という率直な疑問が湧いて出るけど、今はそれどころじゃないよね。


 まずは、目の前の敵をどうにかしなきゃ。


「覚悟しろ、レバン!!」


 そうこうしているうちに、ルルークが瘴気の剣を構えて突撃する。


 目で追うのがやっとなくらい、速くて力強い剣。

 それは、真っ直ぐにレバンへと振り下ろされて……パッと。

 切り裂かれたレバンの体から、赤い血が舞った。


「やったの……?」


 あまりにも呆気ない幕切れに、リリアが半信半疑の様子で呟く。


 でも……魔力を視ていた私には、そうじゃないことがすぐに分かった。


「ダメ、離れて!」


「ぐっ!?」


 私が声をあげた直後、ルルークの体が斜めに切り裂かれた。


 ルルークが驚く一方で、レバンの体はみるみる再生していく。


 その体に、瘴気の力を纏わせて。


「……アンデッド……?」


「ふざけないでください。私をそんな下等種と一緒にするな」


 すっかり元通りになったレバンが、怒りの眼差しで私を睨む。


 そして剣を構えながら、種明かしをするように語り出した。


「アンデッドは気に入らないですが、瘴気が持つ力は非常に有用です。こうして無限の再生力も得られますし……使い道のほとんどなかった魔法にも、使い道が出来る」


「《反射リフレクター》だな。自分が受けた攻撃を、攻撃してきた相手に跳ね返す呪いの魔法だ」


「流石は世界に名だたる“鮮血”の団長、よくご存知で」


 パチパチパチと、レバンが手を叩く。


 全く心が籠っていないそれに、グレゴリーさんも鼻を鳴らす。


「だが、その魔法は直接的な“死”に至る攻撃を跳ね返すのに、自らも死ぬ事が絶対条件だ。それも、“即死”でなければ相手だけ助かる可能性も残る使い勝手の悪さ故、呪い魔法としても廃れたはず」


「その通りです。まさか自分の適性がこんな魔法だと知った時は頭を抱えましたが、今となっては悪くない。直接的な“死”は無理でも、受けたダメージは跳ね返せるこの魔法と、大抵の傷はすぐに再生する瘴気の力は相性が良い」


 ぐっと、レバンが拳を握り締めた。


 万感の思いを込め、絞り出すように声を出す。


「これでようやく……私は王国に復讐出来る。私からニンフィアを奪った王国を、この手で破壊してやる!!」


「……哀れだな、レバン」


「なに……!?」


 レバンと同じく体の再生が終わったルルークが、何事もなかったみたいに剣を構えてそう告げる。


 怒りの眼差しを向けるレバンに、ルルークは淡々と語った。


「お前が流浪のエルフに懸想していたという話は聞いている。父上が一度だけ話してくれたからな」


「そうです、私はニンフィアを愛し、彼女もその想いに応えてくれていた!! それを王国が卑劣な手段で彼女を奪い、あまつさえその命まで……!!」


「それはお前の勘違いだ、レバン。そのエルフは、自らの意思でサーシエを離れ、王国へ向かった。いつまでも付き纏うお前が怖いと言ってな」


「……は?」


 ポカンと、レバンが口を開けたまま固まってしまう。


 ……なんだろう、ちょっと雲行きが怪しくなってきた。


「俺もまだ小さかったから、あまりハッキリとは覚えていないが……彼女は誰にでも優しかったからな。それをお前が勘違いしたんだろう」


「嘘だ……そんなはずは……」


 よろよろと、レバンが腰を抜かして座り込む。


 よっぽどショックだったのか、その目からはすっかり生気が消えていた。


 ……ええと。


「げ、元気出して……? その人はダメでも、がんばればきっと好きになってくれる人はいるから……」


 流石に可哀想に思った私は、傍に寄ってそう声をかける。


 すると、レバンは据わった目で私を見て……フッと笑う。


「……ああ、そうだ、こんな目だった……ニンフィアが私を見る目は……そうとも、薄々勘づいてはいた……だが、それでも諦めきれないまま、過去の幻影に縋り付いて……無様だな、私は」


「レバン……」


 懺悔するように呟くレバンを励まそうと思って、私は手を伸ばす。


 撫でてあげようかなって、そう思った私の手は──レバンにガシッと掴まれ、引っ張り込まれた。


「最初から、こうすれば良かった」


「いぐっ……!?」


 バランスを崩した私の胸に、剣が突き立てられる。


 ギリギリ急所は外したけど、ちょっと……いや、かなり痛い。


「ふははは!! もう、国も何もかもどうでもいい、ニンフィアの忘れ形見と、私はここで死ぬ!! そうすれば、彼女との繋がりは永遠に私のものとなる!!」


 ダメだ、この人、ショックのあまり頭がこんがらがっちゃってる。ニンフィアって人と、私のことを同じだと思ってる……のかな? よく分からない。


 早く抜け出さないとって思うんだけど、腕をしっかり掴まれてて動けない。


 後ろから、リリアや他のみんなが焦ってる声を感じながら、どうしようかと頭を巡らせていると……不意に、予想外のところから声が聞こえた。


「ごしゅじんから、はなれろ!」


「えっ……」


「な、なんだ!?」


 私の腕……プルンから聞こえた声に驚いていると、目の前でブレスレット型だったプルンが爆発し、濁流みたいな勢いでレバンを押し流す。


 驚いている間にも、プルンの体が私の傷口を押さえ、すぐに止血してくれた。


 そして……渦巻く水流が一点に凝縮し、どこか私に似た姿の、青色の女の子の形を作り上げる。


「プルン……なの?」


 ポカンと見つめながら呟く私には答えず、人の姿をとったプルンが私を庇うように立ちはだかり、レバンに向けて叫ぶ。


「ごしゅじんはプルンのだ!! おまえにはあげない!!」

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