第97話 死者の剣
『さて、どうしたものでしょう?』
次々と襲い来る浄化魔法の光を躱しながら、コーリオは困り顔を浮かべていた。
ハッキリ言って、相性が悪すぎて通用する攻撃手段がほとんどないのだ。
「いつまで神の導きを拒絶するのですか? いい加減、死した体で無様に生にしがみつくのをやめなさい」
『生憎と、こちらにはまだ天に召されるわけには行かないのですよ。娘が望む限りはね』
聖職者にして三死業の称号を持つレートンが行う攻撃手段は、浄化の光を放ってコーリオを消し飛ばそうとする、ただそれだけだ。
浄化魔法といえば聞こえはいいが、それは実質太陽光の具現化、熱を持った光の照射である。
アンデッド以外の存在すら、まともに浴びれば余裕で焼け死ぬ光速の一撃は、避けることも防ぐことも非常に難しい。
特に、アンデッドの群れを主な攻撃手段とし、防御や回避、移動にもアンデッドを利用するコーリオにとっては、もはや天敵と言っていい存在だった。
『まあ、負けるつもりはありませんが』
コーリオは今、あくまでリリアのためにアンデッドとしての生を受け入れている。
これは、どれほど生前の自我を強く残していても、一度死んだがためにもっとも強い“娘のために”という情念以外が希薄になってしまったためだろう。
だが、だからと言って故郷への想いが消えてしまったわけではない。
こうしてサーシエの地で、サーシエ滅亡の原因たるカテドラル帝国の英雄と対峙して、消えかけていた心に火が灯る。
憎むべき怨敵を、打ち滅ぼせと。
『同志達よ、共にいきましょう』
何も無い髑髏の眼窩に意志の光を点けながら、コーリオが前に出る。
それを狙い、次々と放たれるレートンの浄化光。
視認した時には既に手遅れとなるそれを、掲げられた十字架の僅かな動きと先読みによって回避し、更に前へ。
『これはどうでしょう?』
「おや?」
攻撃に集中していたレートンの足下から、無数のアンデッドが這い上がって来る。
足を掴み、体を掴み、地の底へと引きずり込もうとする亡者の群れ。
並の人間なら目にした瞬間発狂してしまいそうなほどおぞましいそれを、レートンはあくまで冷静に対処する。
「《
自身を中心とした浄化光の空間を形成し、アンデッドを残らず消し飛ばす。
断末魔の声すら上げられず浄化されていったアンデッドを見ながら、レートンは嘲笑する。
「何度やっても無駄です。あなたが瘴気を元にした攻撃手段しか持ち得ない限り、私に傷一つ付けることは出来ない」
『そうですか。ではまず、その自信から砕いてみせましょう』
レートンが足下のアンデッドに集中している間に、更なる接近を果たしたコーリオが、地面に手を付く。
大地に眠る膨大な瘴気がその手に集まり、凝縮し──一気に引き抜かれる。
『《
それは、瘴気を凝縮した一振りの剣。
以前リリアを封じ込めていたものと同じ、紫の水晶体で構成された美しい刃が、宙を一閃。
レートンの浄化光空間を切り裂いて、彼の体に斬り傷を穿った。
『おや、浅かったですか。次は確実に仕留めます』
慣れた手捌きで剣を構えるコーリオの動きは、一朝一夕で磨き上げられたものではない。
国を守るべく、幼少の頃より鍛えてきたサーシエの王宮剣術、それを今こそ披露する時だと、コーリオは張り切っている。
一方、レートンはそんな話には耳を貸さず、自身の体から流れ落ちる血を茫然と見つめていた。
「なぜ……私の神聖な魔法の中を、薄汚いアンデッドの魔法が……」
『ふむ? 簡単な話です、瘴気が浄化されるのであれば、浄化しきれないだけの密度で固定した瘴気を武器とすればいい』
浄化魔法とひと口に言っても、使えばどんな瘴気も一瞬で消し飛ぶ便利な力では無い。あくまで、発動者の力量に合わせて魔力を相殺しているだけだ。
その相殺効率を限界まで高めたのが浄化魔法ではあるが、効率を度外視すれば瘴気でも浄化を突破出来るという意味でもある。
『ここにあるのは、私個人の怨念ではない。あなた方が滅ぼした、“一国”の重み……たかが一人の聖職者が祓いきれるだなどと、自惚れませんように』
「…………」
リリアを包んでいた封印の水晶は、瘴気を操るミルクの力でも溶かしきるのに相応の時間が必要だった。
戦闘における一瞬の攻防でそれを為すなど、物理的に不可能である。
だが……レートンはそれが認められないとばかりに、怒声を上げた。
「ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな!! 一国の重みだと? 邪悪な悪魔の使徒どもが、寄り集まった程度で神のご意思と対等になったつもりか!!」
『素が出ていますよ。聖職者というのは、口が悪い』
「黙れ!!」
レートンが次々と放つ浄化の光を、コーリオは怨霊剣で防いでいく。
光を切り裂く度に剣も徐々に蝕まれていくのだが、光の侵食速度よりもコーリオがかき集める瘴気の補強の方が遥かに早い。
時間が経つごとに大きく、禍々しく成長していく剣の姿に、レートンは恐怖するしかなかった。
それを否定するように、レートンは叫ぶ。
「神は絶対なのだ!! この世の邪悪を全て滅ぼし、人々に遍く光を注ぐ聖なる存在!! その恩寵を否定する貴様のような存在は、必ずや私の信仰で打ち負かしてみせよう!!」
『あなたの信仰心をとやかく言うつもりはありませんが……ただ平穏に日々を過ごしていただけのサーシエの民を殺しながら、“人々に光を注ぐ聖なる存在”とは、自己矛盾も甚だしい』
「大のために小を切り捨てる非情さも、時には必要なのだ!! 世界のため、我らが神のために犠牲となった無辜の魂は、神の御本へと召されたであろう!!」
『召されなかったから、今こうしてあなたに牙を剥いているのですがね』
時間が経てば経つほど、集まった瘴気によって力を増していくコーリオと違い、自らの魔力で浄化魔法を使うレートンの力はどんどんと弱まっていく。
もはや立場は完全に逆転し、レートンの力はコーリオに一切届かず、コーリオの放つ瘴気の斬撃によって徐々に体を切り裂かれていった。
『そもそも……あなたの言う“神”とは何ですか? サーシエを滅ぼしたその先に未来があると、あなたの“神”は本当にそう言ったのですか?』
「当然だ!! 神の代弁者たる皇帝陛下が不老不死となり、この世界を統一する!! それによって世界全てに神のご意思を届けることこそが、我ら聖職者の使命であることに疑いなどない!!」
『……なるほど』
信仰に狂ったその眼には一片の曇りもなく、心の底からそれが世界のためだと疑っていないことが伺える。
神の代弁者を気取る皇帝が世界を支配し、それを永遠のものとするための生贄。
私利私欲に塗れたそれすらも、信仰の名の下に正当化して。
『あなた方の目的も、底の浅さも知れました。もう結構です、死に絶えなさい』
コーリオが、もはや身の丈を優に越す巨大な大剣となったそれを振りかぶる。
魔法以前に、その質量だけであらゆるものを押し潰すであろう一撃が、天高くからレートンを襲った。
まるで、誤った道へ進んだ信徒へ送る、神からの罰であるかのように。
『《
絶大な破壊力を秘めた刃は、地獄へと続く扉を開くかのごとく、大地に大きな裂け目を穿ち──
こうして、死者と聖職者の戦いは終わり、帝国軍“三死業”は全滅の運びとなったのだった。
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