第96話 ネイルの戦い

「あら……ガルドルフがやられたのね。まあ、あの老害はとっくに全盛期を過ぎていたのに、いつまでも“三死業”筆頭の地位にしがみつく小物だったし、どうでもいいのだけど」


 膨大な魔力を持つガルドルフの敗北は、すぐに他の仲間にも伝わった。


 とりわけ、魔法使いであるが故に魔力に対して鋭敏な知覚能力を有していたアルマイヤは、それをいち早く察知し、特に残念と思うでもなく平然と貶す。


 実力だけを重視し、その内面については全て不問とする形で与えられる“三死業”に、まともな人間などいないのだ。


「あなたもそう思うでしょう? ネイル」


 アルマイヤが話を振った先では、全身ボロボロのネイルがいた。


 “鮮血”内ではほぼ唯一と言っていいほど、普段からキチッと皺一つ残らないほど綺麗な身嗜みをしている彼の服が、今は派手に土埃を被り、所々焼け焦げたような痕もある。


 しかし、そんな状態でも戦闘にはまだ何の支障もないのか、溜息交じりに口を開く。


「仲間が倒されたことに、何も感じないのですか?」


「当たり前でしょう? あんなのが仲間だなんて思ったことないもの」


「……でしょうね。私は帝国の、そういう薄情なところが性に合いませんでしたから」


「あら、傭兵は違うっていうの?」


「少なくとも……ウチの団員に、仲間がやられて喜ぶような人間などいません」


「ふぅん、変なの。商売敵同士で馴れ合っちゃって」


 傭兵に限った話でもないが、仕事というのは有限だ。


 より実入りの良い仕事や立場にありつける人間というのは常に限られており、同業者はその枠を奪い合う敵だというのが、アルマイヤの考えだった。


 それを、ネイルは鼻で笑い飛ばす。


「そんな考え方だから、あなたは二流止まりなのですよ」


「……なんですって?」


 ピクリと、アルマイヤの眉尻がつりあがる。


 これまでの戦闘で無傷のアルマイヤと違い、ネイルはずっと防戦一方、徐々に傷を増やしている状態だ。


 そんなネイルに二流と称され、とても冷静ではいられない。


「あなたは最初に言いましたね、私を倒してより高みに登ると。ですが、私が“鮮血”で買われているのは、事務処理と後方支援の能力です、純粋な魔法戦闘力ならアマンダの方が上だというのは、王国内では有名な話。だというのに、なぜ私に挑んだのですか?」


「それは……あなたの方が帝国では有名だったから……」


「違いますよね? アマンダと戦ったら負けるかもしれないと、最初から諦めていたからでしょう」


「っ……!!」


 アマンダは王国出身だが、団長のグレゴリーと共に長らく世界中で暴れ回った過去を持つ。当然、帝国内にもその武勇は届いているはず。


 アルマイヤが、知らないはずがない。


「私が相手なら、勝てると思った。勝てそうな相手を倒し、針小棒大に戦果を誇張し、分不相応に成り上がろうと足掻いているだけの小物……それがあなたです。ガルドルフより、あなたの方がよほどその地位に相応しくないでしょう」


「このっ……戯言を!! 私に傷一つ付けられない雑魚の癖に、いきがってるんじゃないわよ!!」


 怒りのままに、アルマイヤが魔法を発動する。


 光魔法、《光雨弾幕シャインバースト》──発動者が指定した空間目掛け、四方八方から光の弾丸を掃射するというシンプルな魔法だ。


 シンプルではあるが、だからこそ防ぐことが難しい。

 何せ、この魔法は発動者から離れた任意の地点から自由自在に光の弾丸を放てるため、相手が防御結界を張って閉じ籠ったとしても、その内部から攻撃を仕掛ける事が出来るのだ。


 事実上、防御不可能の魔法弾幕。

 唯一の欠点は、僅かでも自身の魔力が散布されていない空間から魔法を放つことは出来ないため、人体内部に直接魔法を発生させられないことだが……それを些細と切り捨てられるだけの性能がある。


 これまでネイルは、魔法発動の兆候に合わせて立ち位置を変え、一発一発の弾丸に合わせる形で小さな岩の盾を生成することで凌いで来たのだが、ただの一度も反撃の魔法を使っていなかった。


「死になさい!! 死んで私の糧となれ!!」


 文字通り雨のような怒涛の攻撃に対し、ネイルはひたすら体捌きでそれを躱し、魔法で防ぎ、凌ぎ続ける。


 それでも対処しきれなかった魔法が徐々にその身にダメージを刻み、追い込まれていっても……ただの一度のミスもなく、致命傷を避けて時間を稼ぐ。


 そんな状況に焦れ始めたのは、ネイルよりもむしろアルマイヤの方だった。


「このっ、いい加減倒れなさいよ!!」


 押しているのは自分のはずだ。

 これほど一方的に攻撃し、これほど一方的に痛め付けて、追い込んでいるのは自分であるはずなのに……なぜ、ネイルは倒れない?


 なぜ……欠片の焦りも見せることなく、淡々と守りに徹し続けられる?


 一切崩れる様子のないネイルが、アルマイヤは段々と不気味で空恐ろしいものに見えてきた。……その時。


 不意に、腹部に鈍い痛みが走った。


「……え?」


「だから……あなたは二流だというのですよ」


 視線を下げると、そこには無造作に自身の体を貫く、一本の投げナイフがあった。


 魔法的な知覚に頼り、ネイルを倒すことばかりに集中していた彼女は、彼が放った一切魔法に寄らないその攻撃を見落としてしまったのだ。


 そう……ネイルは、そのたった一撃を入れる隙を見出すためだけに、一方的に攻撃され続けていた。最初から、ずっと。


 延々といたぶられ続けるという激しいストレスに耐え、油断を引き出し、一撃で決着を着ける。口で言うのは簡単だが、それが出来るような人間が果たしてどれほどいるものか。


 ネイルの真に恐れるべき能力は、魔法でも、分析力でもなく、その強靭な精神力だったのだ。


 それに気付いた時には、既に手遅れ。

 全身を激しい痛みが走り、アルマイヤはその場に倒れ込んだ。


「いぎゃあぁぁぁぁ!? 何、何なのよこれ!?」


「毒ですよ。とはいっても、死ぬようなものじゃありません。ただ、魔力を封じて魔法が一時的に使えなくなる、対魔法使い用の毒……アマンダ謹製ですので、副作用はエグいようですが」


 効果のほどを自分で確かめてみなくて良かったと、ネイルは胸を撫で下ろす。


 一方で、アルマイヤの方はそれどころではなかったが。


「痛い痛い痛い!! 無理、お願い助けて!!」


「一応解毒薬もあるので、助けてあげてもいいですが……その前に、今回の帝国軍の目的について、詳しい話を聞かせて頂いても? 侵略が目的なのは分かりますが、どうにも不自然な点があるので」


「話す!! 何でも話すから、早く助けて!!」


「分かりました。それでは」


 痛みに暴れるアルマイヤを魔封じの鎖で縛り上げた上で、ネイルは解毒薬を飲ませる。


 ようやく痛みから解放されたアルマイヤは、ネイルをキッと睨み付けた。


「よくも私をこんな目に……絶対に殺してやるわ」


「はいはい、出来もしないことを言ってないで、早く話してください。それとも、もう一度毒にやられますか?」


「わ、分かったわよ……」


 ネイルに脅されるまま、アルマイヤは今回の作戦の詳細をベラベラと喋る。


 それでいいのかとネイルは内心呆れていたが、彼女は気付いていない。


「……なるほど、概ね理解しました。では、団長と話し合うために一度戻りましょうか。ほら、立ちなさい」


「えっ、ちょっと待って、私を連れていく気!? 解放してくれるって約束は!?」


「当たり前でしょう、捕虜なのですから。それと、解毒するとは言いましたが、解放するなどと言った覚えはありません」


「酷い!! 鬼!! そうやって私を連れ帰って、欲望のままに辱めるつもりなのね!?」


「人聞きが悪い……ミルクがいるのに、そんなことするはずがないでしょう」


「……誰よ、それ」


「は? ミルクを知らない?」


 信じられないとばかりに、ネイルは目を見開く。


 その反応こそが意外過ぎてポカンとしているアルマイヤに向け、ネイルはそこが戦場であることも忘れ朗々と語り始めた。


「いいですか? ミルクというのはですね……」


 ペラペラくどくどと、ミルクのことを喋り続けるネイル。


 そんな彼に、アルマイヤは一言。


「……あんた、そういう趣味だったのね……変態ロリコン……」


「本当に人聞きが悪いですね、ミルクが勘違いしたらどうするのですか。殺しますよ?」


「…………すみませんでした」


 これまでで一番強い殺気を感じたアルマイヤは、恥も外聞もかなぐり捨てて土下座する。


 一方で、内心ではこうも思った。

 そういうところが、変態ロリコンって言われるんだよ、と。


「分かればいいのです。では、行きますよ」


 本当に、女ではなく適当な荷物を運ぶような雑さで連行されているのを感じたアルマイヤは、声に出さず再び呟く。


 もうコイツ、手遅れだな、と。

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