第95話 三死業筆頭VS猛獣

「ウオォォォォーーーッ!!!!」


 雄叫びを挙げ、グルージオが拳を叩き付ける。


 その衝撃で大地が割れ、帝国兵達が吹き飛んでいく。


「ぐわぁぁぁぁ!?」


「ダメだ、コイツ止まらねえ!!」


「逃げろぉぉぉぉ!!」


 逃げ惑う兵士達を見ながら、グルージオは一度足を止め、自らの手に目を向ける。


 こんなに激しく戦闘しているのに、頭がクリアなのは初めてだ、と。


(ミルクとアマンダに、感謝しなければな……)


 心に巣食う罪悪感という呪いを、ミルクが和らげてくれた。


 体を蝕む呪いさえ、今やアマンダの薬でかなり楽になっている。


 そのアマンダの研究にしても、ミルクの存在があって初めて大きく進展したということを思えば、ミルクには助けられっぱなしだと、思わず苦笑してしまう。


「足を止めたぞ!」


「疲れが出たか!? 今だ、畳みかけろ!!」


(やれやれ……感傷に浸るのは、この戦いが終わった後だな)


 あんなに一目散に逃げていた兵士が再度攻勢を強めてきたことを確認し、グルージオもまた動き出す。


 どんな攻撃を受けてもすぐに再生し、どんな魔法防御も拳の一発で破壊される暴力の化身。


 猛獣そのもののグルージオに、一度は立て直されかけた戦線もあっさり崩壊、潰走していく。


(あまり一方的に叩きのめすのは……良い気分とは言えないな……)


 そんなことを頭で考えながらも、追撃の手は緩めない。


 今回の目的は、帝国軍をサーシエの地から追い払うことなのだ。せめて、この地から出ていくまでは追いかけ回さなければならない。


(加減、してやるか……)


 わざと理性を失った獣のように狂った叫び声をあげ、周囲の朽ちかけた建物を破壊しながら突き進む。


 少しでも、帝国兵の心が折れるように。

 もう二度と、戦場に立とうなどという気が起きないように。


 圧倒的な恐怖を、その身に刻め。


「ウオォォォォーーーッ!!!!」


 そんな考えの下、あくまで冷静に暴走したフリをし続けるグルージオ。


 そんな今の彼だからこそ、それに気付いた。


 明確な“死”の気配に慌てて足を止め、その場から飛び退く。


 直後、逃げ惑っていた帝国兵達を一瞬にして漆黒の魔法が包み込み、その命を奪い去って行った。


「なっ……!? この、魔法は……!?」


 グルージオが驚いたのは、たった一発の魔法で多数の命を奪い取ったその魔法の威力──ではない。


 魔法の効果が途切れた後、その場に残った無数の死体。

 綺麗なそれが、かつて自らの故郷で目にした光景とダブったのだ。


「ふぉっふぉっふぉ……栄えある帝国兵が、敵を前に背を向けるなど、万死に値する」


 そんな死体の山の中を、枯れ木のような老人がゆっくりと歩いてくる。


 軽く触れただけで死んでしまいそうな外見をしているが、その身に纏う濃密な魔力と、それに裏付けされた強固な魔法結界を見れば、そこらの騎士よりよほど丈夫なのは明らかだ。


「不甲斐ない兵共に代わり、このワシ……“三死業”筆頭、ガルドルフが貴様に死をくれてやろう」


「…………」


 グルージオの脳内で、過去の記憶がフラッシュバックする。


 暴走する体、打ち倒される魔物、そして、一瞬にして村を包み込んだ謎の魔法と──その先で嗤っていた、老人の顔を。


「お前は……」


「む?」


「お前は、俺の事を……ココナツ村を覚えているか?」


 故郷の名を出す間も、グルージオの中で怒りの感情が昂っていく。


 ほぼ確信に誓い問い掛けに、ガルドルフはニヤリと不気味な笑みを浮かべた。


「さて、近頃は物忘れが酷くて、とんと覚えておらんが……そうじゃな。どこぞの猛獣が滅ぼした村なら、足を運んだかもしれんなぁ。滅びた村の中で、自分がやったのだと勝手に思い込んで泣き叫ぶ様は、年甲斐もなく嗤ったもんじゃ」


「ッ……貴様が……貴様が、俺の故郷をッ!!!!」


 怒りを爆発させ、グルージオが突っ込んでいく。


 それに対し、ガルドルフはしてやったりと口角をつりあげた。


(馬鹿め、自らこちらの間合いに飛び込んでくるとは、やはり獣の相手は楽でいいのぉ)


 ガルドルフの魔法は、自身を中心とした一定範囲内に、ひと息吸い込んだだけで卒倒するほどの猛毒の空間を作り出す、というものだ。


 常に身に纏っている魔法結界は、敵の攻撃を防ぐだけでなく、自分の魔法で自分が死なないよう防止する意味合いもあった。


 この魔法を使って魔物を追い立ててグルージオの村を襲わせ、混乱に乗じて自身の魔法で全滅させた人間こそ、このガルドルフだ。


 サーシエと王国の中継地だった村を消すことで、サーシエの占領をスムーズに進めるために。


(あの時は証拠を残さないために弱い毒しか使えなかったが、今回は違うぞ。死ね、過去の亡霊よ! 《毒霧領域ポイズンフィールド》!!)


 一直線に突っ込んでくるグルージオが、龍すら蝕む猛毒に包まれる。


 皮膚に触れただけでも人体をグズグズに溶かすほどの毒を受け、グルージオの体がみるみるうちに焼けていき──そのまま、ガルドルフの懐まで飛び込んできた。


「は……?」


「ウオォォォォ!!」


「ぐはぁ!?」


 結界越しに叩き込まれた拳の衝撃が、ガルドルフの全身を駆け巡る。


 ほとんどダメージはなかったが、だからといって安心出来るわけではない。


「馬鹿な……貴様、なぜワシの毒を受けて平然と立っていられる!?」


「毒? ……それがどうした。こんなもの、故郷のみんなが受けた苦しみに比べたら、どうということはない」


 そんなわけがあるかと、ガルドルフは叫びたくなった。


 だが、現にグルージオは毒を食らいながらもこうして当たり前のように活動し、攻撃すら加えて来ている。


 このままではマズイと、ガルドルフは直感した。


(一対一ではどうにもならん、ここは一度退いて、レートンとアルマイヤの力を……!)


「敵に背を向けるのは万死に値する……そう言ったのは、貴様だろう?」


「ぐはぁ!?」


 逃げようとするガルドルフの足を掴み、玩具のように振り回すグルージオ。


 地面に叩き付けられ、結界が軋む音がした。


 このままでは本当に死んでしまうと危機感を覚えたガルドルフは、必死に叫ぶ。


「ま、待て!! 故郷の仇を討ちたいのだろう? ならばワシを殺すより、利用した方が良い!! なぜなら、お前さんの村やサーシエを滅ぼすよう指示したのは、皇帝陛下だ!! 陛下の信が厚いワシの手引きがあれば、お前のその手で全ての元凶を殺せるやもしれんぞ!?」


「…………」


 ピタリと、グルージオの手が止まった。


 それを見て、しめた、とガルドルフはほくそ笑む。


(ふははは、馬鹿め!! 簡単に騙されおって!!)


 やはり猛獣は所詮猛獣、この隙に最大魔法をぶち込んでやろうと、ガルドルフは魔力を練り上げる。


 だが……グルージオがその瞳に浮かべていたのは、皇帝やガルドルフへの恨みではなく、ただただ憐れむような眼差しだった。


「悪いが……俺は、復讐のためだけにお前と戦っているわけじゃない……」


 故郷の仇を討つ。それは紛れもなく、グルージオの心に灯る強い願いだ。


 だが、グルージオにあるのはそれだけではない。


「俺は仲間の……これまで、どうしようもなく愚かだった俺を、それでも仲間と受け入れてくれた仲間の……俺を叱り、救ってくれたミルクのために戦っている……!!」


 帝国をこのまま放置すれば、王国が攻め込まれ、仲間達にも危険が及ぶ。


 クロだけでなく、ミルクやラスター、アマンダも王国出身だ。その故郷が焼かれる未来だってあるかもしれない。


 それだけは、断じて許さない。


「その場の感情で仲間を殺し、あまつさえ雇い主すら裏切ろうとする貴様を、誰が信じるか……!! お前のような奴こそ、ここで朽ち果てろ……!!」


「待っ、待て……!!」


 ガルドルフの体を大きく振りかぶり、力の限り振り下ろす。


 魔法でもなんでもない、シンプルな一撃。


 だからこそ余計に、間近に迫る死の恐怖に怯えたガルドルフの目は限界まで見開かれ、絶望に染まっていた。


「ウオォォォォーーーッ!!!!」


「がはぁぁぁぁ!!!?」


 ガルドルフの身を守っていた結界が砕け散り、周囲を漂う毒素がその体を蝕んでいく。


 アンデッドのようにその身を溶かしていきながら、ガルドルフは怨嗟の声をあげた。


「馬鹿な、このワシが……“三死業”筆頭として、三十年君臨し続けたワシが、こんな、あっさりとぉ……!!」


 物言わぬ骸骨となったそれから手を離したグルージオは、ガルドルフの魔法で殺された帝国兵達に向け、静かに黙祷を捧げた。


「まだ、戦いは終わっていない……他のみんなは、無事だろうか……」


 短い祈りを捧げたグルージオは踵を返し、走り出す。


 次なる獲物ではなく、守るべき仲間の下へ。

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