第92話 クロの奮戦
「くそっ、こっちもやられたぞ!!」
「どこのどいつだ!? 姿も見せずにコソコソと……! 卑怯だぞ!!」
夜空の下、サーシエの地で燃え上がる火の手を前に、多数の兵士が右往左往しながら何とか魔法による消化を試みている。
現在燃えているそれは、彼らが本国から遠路はるばる運んできた貴重な物資。
これから戦争を起こすにも、この地を占領し続けるにも必須となる重要な資源だ。
(よし……今回も上手く行ったな。とはいえ、そろそろ限界か……)
燃える物資を物陰から確認しつつ、クロは内心で呟く。
クロはこれまで、単独でカテドラル帝国の軍を足止めするべく、その補給物資を狙って攻撃を繰り返してきた。
決して姿を見られることなく、戦闘を一度も発生させず、何度もしつこく襲撃を続けて早一週間。
何とか、帝国軍をそれ以上進撃させることなく、この地に縛り付けて来たクロだが……いい加減、それも限界に近付いていた。
(警戒が厳しい。隠密系魔法への対策も強くなってきてやがる。これ以上となると、どこかで一戦交えないとな……)
襲撃の傍らで情報収集も続けているが、やはり帝国軍の目的は、王都での襲撃事件によって国境から兵力をある程度剥がし、薄くなったところを一気に攻め込むという方針らしい。
クロが何もしなければ、彼らはすぐにでも国境を目指し、デリザイア侯爵領に突入するはずだ。
そしてその侯爵領には、クロの妹がいる。
血生臭い戦いとも、陰謀渦巻く裏の世界とも関わりなく、光の世界で平穏に暮らす妹が。
(……やるしかねえな)
クロは元々、妹のために暗殺者となり、デリザイア家の走狗となった男だ。
妹のために命を賭けることに、今更躊躇いなどない。
(狙うなら頭だ。それが一番足止め出来る)
自身が起こした騒動によって現場がある程度混乱しているうちに、帝国軍の指揮官を殺す。
方針を固めたクロは、姿を隠したまま素早く指揮所と思われるテントに移動し、中にいる人の気配を探った。
(中にいるのは……三人か。よし、これならツラを拝まなくても外から狙える)
あまりにも人数が多いようなら、直接中に乗り込んで指揮官が誰かを確認しなければならないと考えていたが、この数なら一度に殺れるとホッと一息。
気付かれないよう、極小の魔力を細く、鋭く、研ぎ澄ませていく。
(ミルクにも分からないっつって太鼓判を押された魔法だ、これでくたばれ)
魔力を直接視認出来るミルクの協力によって、人が日常的に放出する魔力量を探り、その範囲内で殺傷力を持たせた針の一撃。
それを、テント内にいる人間達の急所目掛けて解き放つ。
(《
音もなく、気配もなく、テントに穴が空いたことさえパッと見では分からない魔法が三発、確かな手応えと共に内部の人間達の脳天を貫く。
いかに小さな針であろうと、脳を損傷させれば無事ではいられない。
事実、クロの魔法を受けた三人はその場に崩れ落ち、悲鳴すら上がらなかった。
(よし!)
戦果の確認も程々に、クロは素早くその場を離脱する。
これでまた帝国軍の動きを遅らせられる──そう考えていたクロだったが。
「がっ……!?」
突如、自身の足に感じた激痛に顔を歪め、その場に倒れ込む。
一体何が起きたのかと、痛みの部分に目を向けてみれば……小さな針の穴が足を貫通し、血が流れていた。
先程放った《闇針》と同じ魔法だと、すぐに勘づく。
「どういう、ことだ……どうして俺と同じ魔法が……」
「ああ、勘違いしないでください。決して同じ魔法というわけではないので」
倒れたクロの後ろに、一人の男が立っていた。
一見するとただの優男だが、どこか得体の知れない雰囲気を纏っている。
そして何より……頭から血を流しながら、当たり前のようにそこに立っているのは、異常としか言いようがない。
「私の名はレバン。この現地部隊の指揮を任されています。あなたは……見覚えがありますね。西部暗殺ギルドを裏切り、“鮮血”に入った下っ端でしたか」
クロの方は彼を知らなかったが、相手はどうやらこちらを知っているらしいと判断する。
魔法の正体も不明だが、恐らくは魔法……あるいはダメージそのものの反射だと推測し、クロは嘆息した。
(くそ……流石に指揮官ともなると、一筋縄じゃ行かねえか)
ここ一週間、最低限の寝食のみで常に気を張りながら活動を続けていたが、いい加減に限界だとは思っていた。
それでも行けると判断して事に及んだわけだが、認識が甘かったと認めざるを得ない。
(だが……まだ終わらねえ!! こんなところで死んでちゃ、サーヤのことを守ってやれねえし……ミルクに合わせる顔もねえ!!)
「さて、せっかく生け捕りにしたのです、精々役に立って貰いましょうか……む?」
レバンが近付いてくるのに合わせ、クロは闇魔法で周囲の視界を闇夜に閉ざす。
同時に大きくを吸い、逃走のための魔法を発動した。
(《
闇に潜り、こちらからも一切の干渉が出来なくなる代わり、相手からの干渉も受け付けなくなる魔法。
煙幕代わりの魔法と併用することでレバンの目を欺き、何とかその場を離脱したクロだが……その魔法の欠点もまた、レバンには既に把握されていた。
「往生際が悪い……その魔法の特性上、あまり長距離の移動をすることは出来ない。どうせまだすぐ近くにいるのでしょう?」
(正解だよ、ドチクショウが)
外界との一切の接触を断つ異空間移動魔法は、呼吸すら出来なくなる。
疲労困憊な今のクロでは、一分と潜ることすら難しい。
レバンの声すら聞こえるような近場で、クロは吐き捨てる。
状況はすこぶる悪い。だが、それほど悲観もしていなかった。
(急げば、もうコーリオはとっくに王都に着いてるはず……そこから最短で動いてくれてれば、そろそろ……)
「む……? あれは……!!」
クロを探すべく指示を出そうとしていたレバンが、唐突に空を見上げる。
そこにいたのは、夜闇を切り裂き空を舞う一体の炎龍。災害が形となった暴力の化身。
そんな龍の背から、クロのように姿を隠すことも無く、堂々と正面から、敵地のど真ん中へと飛び降りて来る大馬鹿者の集団がいた。
「おせーよ……バカヤロウ」
次々と着地するのは、アルバート王国が誇る最大戦力。傭兵団、“紅蓮の鮮血”のフルメンバー。
その中で最も知覚に長けた幼い少女がキョロキョロとあたりを見渡し、クロの姿を見つけるや否や、大きく手を振った。
「クロ!! 助けに来たよ!!」
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