第91話 出撃の口実

「……というわけで、クロ殿は現地に残りました。私は取り急ぎ、その報告をと」


 王都が突然の襲撃から立ち直った頃、一人で戻って来たコーリオからそう告げられた。


 メンバー全員が揃った食堂に、重々しい沈黙が降りる。


「クロ、大丈夫かな……」


「アイツはアレで手練の暗殺者だ、サーシエで戦ってる内は大丈夫だろうさ。……国内にまで入られたら、焦って何やらかすか分からないけどね」


 私の呟きに、アマンダさんがそう返す。


 最後の一言で益々不安になる私を見て、ラスターがアマンダさんをジト目で睨んでいた。


「ともあれ、この件は私の方で王宮へ報告しておきます」


 立ち入り禁止も解かれましたしね、とネイルさんが呟く。


「ただ、コーリオの見立て通り……王国騎士団が動くには時間がかかるでしょう。避難誘導しようにも、実際に攻め込まれるまでは難しいですし……ほぼ手詰まりです」


「やれるとしても、クロの妹だけ拉致して王都に避難させるくらいだろうな」


「……俺達で、帝国軍を叩き潰すのは、駄目なのか……?」


 ラスターの消極的な呟きに、グルージオが思わずといった様子で呟く。


 それに対して答えたのは、首を横に振るネイルさんだった。


「我々傭兵団が、独断で帝国軍に喧嘩を売るのは難しい。我々は対外的に、王国の重要戦力と見なされていますからね。我々が勝手に帝国へ戦いを挑めば、それは即座に王国からの宣戦布告とみなされる……下手な手出しは、王国全土を危険に晒し、攻め入る口実を与えることになりかねません。実力の問題ではなく、政治的な問題です」


「ネイルさんよォ、何言ってんのかよく分かんねェぜ、要するに、どうすりゃオレ達は帝国の連中をぶん殴りに行けるんだ!?」


「いつも通りです。国から……せめて上位貴族からの直接依頼さえあれば、すぐに動けるでしょう」


 それが出来れば苦労はないのですが、と、苛立つガルにネイルさんは溜息を溢す。


 正直、私も今がどれくらい難しい状況なのか、よく分かってない。


 分かってないけど……このままじゃ良くないってことだけは分かる。


 でも、どうしたら……。


「……依頼があれば……動けるんですよね……?」


 そんな中で、ふと声を上げたのがリリアだった。


 意外な人物に、誰もが視線を集中し……それに萎縮するように、体が一回り小さくなる。


「リリア、どうしたの?」


 隣に座る私が声をかけると、勇気を振り絞るように顔を上げ、口を開いた。


「私が……サーシエ王国の王族として、依頼します。どうか、、助けてくれませんか……!!」


「なるほどな。帝国軍は現在、サーシエの跡地を足掛かりに侵略の準備を進めている。それこそが不当であるという口実で叩くわけか、悪くない」


 リリアからの依頼内容に反応したのは、それまでじっと考え込んでいた団長のグレゴリーさんだった。


 ギロリと、普通にしててもちょっと怖い眼差しがリリアに向けられ、小さな体がびくりと跳ね上がる。


「だが、公的にはサーシエは既に滅びた国だ。滅びた国の王女からの依頼というだけでは、俺達が動くにはまだ正当性が一歩足りない。戦争を起こすには、リリアの所持金では依頼料も足りないしな」


「う……」


 決死の意見が駄目だったと知って、リリアがしょんぼりと肩を落とす。


 せっかく光明が見えたと思ったのに、それもダメならどうしたら。


 手詰まりな空気が充満する中で、グレゴリーさんはフッと笑みを浮かべた。


「そう暗い顔をするな、ガキ共。何も手がないわけじゃない」


「何か考えがあるのかい、団長?」


「ああ。ちょっとした賭けではあったが……リリアの腹が決まってるなら話は早い」


「えっ……私……?」


 どういうこと? とリリアが首を傾げていると、拠点の扉が勢いよく開け放たれる。


 その先に現れたのは、ここ最近よく会っていた宰相の息子、ガレルだった。隣には、護衛みたいな感じでアマツもいる。


「すみません、遅くなりました」


「構わん。それより、話は聞いたな? レクンガ公爵家は、今回の事態に対してどう動く?」


 丁寧に頭を下げるガレルに対して、堂々と腕を組んだまま問い掛けるグレゴリーさん。


 どっちが貴族だっけ? って感じだけど、ガレルは特に気にした様子もなく言葉を重ねる。


「サーシエの元王族の要請とあらば、公爵家の名の下に軍を動かす口実としては十分です。その上で、正式に“紅蓮の鮮血”へ依頼するという形なら、貴方達が動くには十分な口実でしょう」


 もちろん、依頼料もしっかり払いますよ、とガレルは告げる。


 まさかここでガレルが出てくるとは思わなくて、グレゴリーさんと本人以外はみんなポカンとしてるんだけど……そんな中で、ガレルはふと私と目が合った。


「……ああ、元々言っていた婚約話なら、今回は緊急事態ということで保留とさせて頂きます、ご安心ください」


「ちょっとお待ちなさい、なぜ貴方は今ミルクの方を見て言ったのですか? そこはリリア王女に対して言うべきでは? そこのところちょっと詳しく話を……」


「うるさいぞネイル、細かいことは後にしろ!!」


 食いさがろうとしたネイルさんを、グレゴリーさんが一喝して黙らせる。


 そして、私達全員を見渡しながら言った。


「さあ、これで俺達が暴れる面目は立った!! 今回は国が相手だ、敵は選り取り見取りのおかわり自由、いくら暴れても無限に湧いてくるぞ!! 心行くまで堪能して来い!!」


 グレゴリーさんの言葉に、集まったみんなの闘志がどんどん高まっていくのが視える。


 そんなみんなの気持ちを爆発させるように、グレゴリーさんが叫んだ。


「野郎ども……楽しい蹂躙せんそうの時間だ!!!!」

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