第87話 とある騎士達の戦い

 王都の各所で、同時多発的に発生した襲撃事件と、それに伴う民衆のパニック。

 それにより、町中が混乱の坩堝に落ちていた。


 本来であれば、民衆のパニックを衛兵達が鎮めつつ避難を進め、騎士団の手で犯人の捕縛を進めなければならないところなのだが……肝心の騎士団詰所が襲撃を受けたこともあって、それらの役割分担も上手く機能していない。


「くそっ……なんなんだ、こいつらは!!」


 襲撃を受けた詰所で隊長職を務めるライガルは、思わずそう叫ぶ。


 白昼堂々、真正面からの強襲だ。

 騎士団詰所にそれを仕掛けるとはいい度胸だと、すぐさま下手人を捕らえるべく部下を率いて応戦し始めたライガルだったが……戦闘開始からしばらく経ってなお、制圧出来ずにいた。


 むしろ、騎士達の方が劣勢ですらある。


「アハハハハ! アルバート王国騎士団は厄介だって聞いてたけど、全然そんなことないじゃない! もー、期待して損しちゃったよ」


「油断するな、今回はかなり金も積まれたデカイ仕事なんだからな、確実に遂行しなければならない」


「はいはい、もー、兄貴は心配性だなぁ」


 ライガルが対峙しているのは、怪しげな男女二人組。言動からして、兄妹だろうか。


 巨大な剣を背負った兄に、魔法を操る妹というそのコンビは、たった二人でライガルが率いる部隊を半壊させ……未だ、傷一つ負っていない。


 それもこれも、シンプルにこの二人が強すぎるのが原因だ。


「お、思い出した……こいつら、“バルデル兄妹”か!! 帝国の方で最近話題の、兄妹で活動してる二人組の傭兵!!」


「な、なんだって!?」


 部下の叫びに、ライガルもまたその名前を思い出す。


 金のためなら何でもすると噂の傭兵で、ある時とある村で魔物の討伐を請け負った際には、依頼料の吊り上げを渋られた腹いせに、村ごと滅ぼし金品全て奪い尽くしたという、盗賊とほぼ変わらない指名手配犯。


 そんな連中がなぜ、と嘆くライガルに、兄妹は笑う。


「アハハハ! 私達の名前、この王国でも有名だったの? 笑えるわ〜。ねえねえ兄貴、騎士団がこんなに弱いならさ〜、もしかして私達だけでこの国盗れるんじゃない?」


「っ……舐めるなよ、犯罪者風情が!!」


 この詰所にいた騎士の数は全部で三十人ほど。だが、騎士団全体でいえば王都だけでもその十倍以上もの人員がいるのだ。


 いくら強かろうと、この二人だけで国を盗るなど不可能である。


 だが……。


「冗談だからそんなにカッカしないでよー。ま……どのみちここはぶっ潰すけどね?」


「ふざけるなぁぁぁ!!」


 怒りのままに、ライガルが剣を構えて突撃する。


 これまで培ってきたもの全てを切っ先に乗せた渾身の斬撃はしかし、少女に当たるより先に、不可視の結界によって止められてしまう。


「だから無駄だってぇ〜、私の《概念防壁エイジス》は、私が指定した属性を持つ攻撃をその強弱に関わらず全部無効化するの。あんたがどれだけ剣の達人だろうが、どれだけ力を込めようが、“剣”に頼ってる限り私に攻撃は届かないってぇ」


「くそぉぉぉ!!」


 剣が効かないのであればと、ゼロ距離で拳を振り上げる……が、それも無駄だった。


 拳もまた、少女に届くよりも先に結界に止められる。


「殴れば届くと思った? ざーんねんでしたぁ〜、“剣”から“拳”に概念変更するのに、コンマ一秒もいらないんだよね。悪いけど、あんたレベルじゃ私にかすり傷一つ付けられないよーだ」


「そういうことだ。大人しく死ぬといい」


 少女に無為な攻撃を繰り返す間に、青年の方が巨大な大剣を手に襲いかかって来た。


 慌てて剣で防ごうとするライガルだったが……青年の大剣は、まるで実体を持たないかのようにライガルの剣や鎧を素通りし、肉体のみを斬り裂いてみせる。


 かはっ、と血を吐いて崩れ落ちたライガルに、部下の悲痛な叫び声が響いた。


「隊長ぉーー!!」


「悪いが、俺の剣も同じだ。指定した概念のものを透過し、対象のみを切り裂く《透過剣インビンジブルソード》……間合いに入った時点で、お前の負けだ」


 余裕綽々に自らの手の内を晒すのは、分かったところで破れるはずがないと確信しているからだろう。


 実際、ライガル達はその説明を聞いてすら、ロクな対処方を思い付かなかった。


 どんな攻撃もその強弱に関わらず無効化する防御の魔法と、どんな守りもその強度に関わらず素通りする剣、そんなものを相手に、どう戦えばいいというのか。


 絶望に暮れ、崩れ落ちるライガルの耳に……幼い女の子の声が聞こえてきた。


「あ……悪い人見つけた!」


「あうぅ……ミルク、近付いて大丈夫……?」


 血を流し倒れる戦場には似つかわしくない、明るい声。


 女の子二人が手を繋いで歩く光景は、こんな場所でなければ大層微笑ましいものだっただろうが……状況が状況だけに、酷く浮いてしまっている。


「……このガキンチョ達、誰?」


「確か、優先排除対象に入っていたはずだ。名前は……ミルク。それから……リリア・デア・サーシエ」


 兄妹の目に剣呑な光が宿る中、名前を言い当てられた二人はそれでも変わらず、まるで散歩するかのような気軽さで近付いてくる。


 正義は我にありと、信じて疑わない無邪気な顔で。


「騎士さん達、助けに来たよ!」

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