第86話 方針決定

「情報が錯綜していますね。まだ詳しいことは何も分かりませんが……どうやら、王都の各所で同時多発的に襲撃事件が起こっているとか」


 クロの発案で、すぐに“紅蓮の鮮血”の拠点まで戻ってきた私達は、ネイルさんに事情を話して情報共有していた。


 それによると、どうにも状況はよくないみたい。


「王宮で重要な職に就いている者を中心に、ガードが固い者は近親者が攫われるなどしているようで、衛兵も騎士団もフル出動で事件の解決に当たっています。我々にも協力の打診が来ました。珍しいことにね」


「そうなの?」


「ええ。我々の役目は大抵、騎士団でも対処出来ないような大物や裏社会の人間が相手の時ですから」


 まだ相手が誰かも分からないのに、“人助け”のために呼ばれるのは珍しいんだって。


 そうなんだ、と思いつつ、依頼があるならがんばらなきゃと拳を握る。


「ミルクの力は守りと治癒に優れていますからね、こういった事態では頼りになる。期待していますよ」


「うん、任せて」


 ふんす、と鼻を鳴らす私を、ネイルさんが撫でてくれる。


 ふにゃっ、と少しの間柔らかい表情になったネイルさんだけど、すぐに気を引き締め直してガレルと……その隣にいるアマツに向き直った。


「さて、そちらのあなたは、ガレル・レクンガを狙って放たれた刺客という話でしたね。なぜ彼を狙っていたのか、理由はご存知ですか?」


「拙者は詳しいことは聞かされていない。世のため悪を斬れと言われただけでな」


 ネイルさんの目が、チラリと私に向けられる。


 嘘を吐いてるかどうか確かめて欲しいって頼まれてるんだと察した私は、すぐに首を横に振った。


 アマツは嘘を吐いてないよ。


「ただ、拙者と共に動くよう言われていた者もそうだが、全てが雇われの身であった。まるで鉄砲玉のようだとは感じたな。それと……サーシエ、という名も耳にした」


 関係があるかは分からぬが、とアマツが言葉を締めくくる。


 アマツはどうやら、サーシエが国の名前だって知らないみたい。


 でも、私達にとってはほとんど当事者だ。特に、ガレルとネイルさんは一気に険しい顔になる。


「王都の襲撃は陽動、本命はサーシエの跡地か!?」


「なるほど、嫌らしい手です。たとえ狙いが分かっても、まずは王都をどうにかしないことには手の付けようもないという点も含めて」


「つまり、このままやられっぱなしになるしかねえってことか?」


 二人の危機感を覚える声色に、クロが問い掛ける。


 サーシエがどうこうというより、敵の思い通りに動かされてる状況が気に入らないみたい。


 そんなクロに、ネイルさんはしばし考えてから口を開いた。


「もちろん、手は打ちます。具体的には、クロ……あなたにサーシエへ向かって貰い、情報収集していただきたい」


「俺に?」


「ええ。我々が動かせる人員は、どいつもこいつも戦闘力ばかりを極めた脳筋ですが、あなたは違う。戦闘を避け、情報を集めるという点において、あなた以上の人材はいないでしょう」


「それは分からねえでもないが……土地勘がねえ場所で動くのも難しいぜ?」


「コーリオを連れていってください。彼ならば……何かあっても、冷静に動けるでしょう。リリア王女がいる限り不滅というのも都合が良い」


「ネイルさん、リリアは?」


 コーリオはサーシエの人だし、クロを手伝うなら一番適してるのはそうだと思う。


 でも、そうなると……コーリオがいない間、リリアが一人になっちゃうよ。


「彼女の傍には、ミルクがいてあげてください。こういう時は下手にじっとしているより、共に仕事をしていた方が気も紛れると思います。もちろん、本人次第なので確認は必要ですが」


「わかった、聞いてみる」


 危ないことは私達がやるけど……アマツとの戦いでも、結構派手なことになってたし。リリアの魔法が役に立つ場面もあると思う。


 ちょっと怖いから、使い時は考えなきゃいけないかもしれないけど。


「それ以外の人員の差配は、私がやっておきましょう。ミルクにはラスターを付けますので、護衛として指示を……」


「今は人が足りないんでしょ? なら、ラスターは私と別行動が良いと思う」


 私のためなんだろうけど、ネイルさんの差配? に早速ダメ出しする。


 騎士や衛兵が総出で、それでも足りないって緊急依頼が来るくらいなんだから、ラスターだって自由に動けた方が良いに決まってるよ。


 でも、ネイルさんは私のことが心配なのか、すごく渋い表情になった。


「いえ、そうは言いますが、ミルクもつい先程襲われたばかりなわけですし、やはり誰か傍にいた方が……」


「私も強くなったもん、プルンもいるし、リリアもいるんだから大丈夫!」


「リリア王女は護衛対象ですし、むしろ足出纏いになる可能性が……」


「だとしても、アマツからガレルを守って戦えたんだから、へっちゃらだよ。ね、アマツ!」


「うむ、ミルク殿の実力は非常に高かった。決定打に欠けるのは確かだが、拙者相手でも護衛など不要だったのは間違いない。心配するのはむしろ失礼と言えよう」


「ええい、部外者が訳知り顔でミルクを語らないで頂きたいですね!」


 アマツが何度も頷きながら語ると、ネイルさんはカンカンに怒り出す。


 そんなネイルさんに、クロがボソリと一言。


「ったく、そんなんだから過保護メガネとか言われんだよ……あんまり言ってっと、ミルクから嫌われんぞ」


「…………」


 一気に小さくなるネイルさんを見て、微妙な沈黙が辺りを支配する。


 それを変えるように、ネイルさんは咳払いを一つした。


「分かりました、単独行動を認めましょう。しかし、無理はしないように、分かりましたね?」


「うん!」


 ともあれ、これで私も自由に動ける。

 リリアと一緒に、王都の人達を助けるんだ!


「ふふっ……愛されているんだな、ミルクは」


「??」


 そんな私に、ガレルがそんな言葉を呟いて。


 王都の騒動を収束するための、私達の戦いが幕を開けた。

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