第85話 籠絡される武士
私なら攻撃されても耐えられるけど、ガレルは無理だ。
その自覚があるのか、ガレルは全身が震えていて、見てられないくらい怖がってる。
それでも、争いを止めるために必死に前に出たガレルの覚悟が伝わったのか、アマツは刀を納めた。
「力無くとも拙者の刃先に身を晒したその度胸、感服致した。して、騙されているとは?」
「……“紅蓮の鮮血”は確かに無法者というイメージを持たれがちだが、正式に国から依頼された仕事をこなしているに過ぎない。死んで当然の悪党でもなければ、このように白昼堂々暗殺を仕掛けて許される相手でもない。周りを見れば分かるはずだ」
「…………」
周囲には逃げ遅れた人や、逆に乱闘騒ぎと勘違いして野次馬根性を働かせた人達が遠巻きにしているけど、恐怖の目はアマツ一人に向けられている。
逆に私やガレルには、同情や称賛の眼差しがたくさん向けられていて、少なくともこの騒動の責任を私達に感じている人はいなさそうだ。
そんな周りの空気感を見て、アマツも納得したんだろう。溜息と共に、戦意を失ってその場に座り込み……抜き放った短刀を、自分のお腹にあてがった。えぇ!?
「まさか、こうも易々と騙され、罪なき者へ刃を向けてしまうとは……義に反した武士に生きる価値などなし、腹を切る」
「まってまって! そんなことしちゃダメ」
「ええい、止めてくれるな、少女よ! これは拙者が付けるべきケジメなのだ!」
「ダメ!! ケジメって言うなら、ちゃんと生きて、何があったのか私達に教えてくれなきゃ!」
急に自殺しようとするアマツを止めて、こんこんとお説教する。
いきなり襲ってきて、間違ってたって分かった途端いきなり死なれちゃったら、私達は襲われただけ損だ。
せめて、誰が何の目的でアマツを差し向けて来たのか、そのヒントくらいは欲しい。
「なるほど……確かに、其方の言い分にも一理ある。腹を切るのは、その後でも遅くはないな」
「切っちゃダメ。それが罰だよ」
「な、なんと!? 生き恥を晒せと申すか!?」
「うん。それに、生き恥なら私もたくさん晒してるよ」
私は元々、悪い商人の奴隷だった。
何をしているのかも分からず、言われるがままに悪いことに加担して、ペット以下の扱いで使い潰される毎日。
今のアマツより、ずっと大きな恥だったと思う。
「そんな私でも、生きていたいって思うから。たくさんの恥をかいても、それ以上にたくさんの幸せを見付けて、家族みたいな仲間と一緒に生きていたいの。だから、アマツも一緒に生きよ」
ね? と語りかけると、アマツは私を見つめたまま黙り込んでしまう。
どうしたんだろうと思っていると……アマツは、その場でブワッと泣き出した。ええ!?
「其方は、あまりにも眩しい! その心根、まるで太陽のようだ! どうか、我が忠義を捧げる新たな主となって頂きたい!」
「え、ええ!?」
泣き出したことにも驚きだったのに、その上さらに変なことを言い始めた。
どうしよう、と困り果てていると、隣にいたガレルがそっと息を吐く。
「ミルク、こいつの身柄はひとまず僕に預けて貰えないだろうか? 処罰の内容を決めるにも、情報を引き出すにも、傭兵団より貴族の方が向いているだろう」
「ほんと? それじゃあ、お願いしようかな」
アマツのことは、ひとまずガレルの家で面倒を見てもらうということで話を纏め、ようやく騒動がひと段落つく。
そこへ、クロが戻ってきた。
「ミルク! ひとまず無事……そうだな。この状況は……」
「あ、クロ! えっとね……」
アマツとの間であったやり取りを、簡単に説明する。
それを聞いて、クロは呆れたような、感心したような、何とも複雑な顔をした。
「お前は相変わらずだな……まあ、俺もそれにやられたお陰で今生きてられんだ、文句はねえが」
「???」
何が相変わらずなのか分からなくて、私はこてんと首を傾げる。
けれどクロはそれ以上の説明はせず、「それより」と話題を変えた。
「トラブルとはいえ、完全に正体が割れちまってるみてえだが……そっちの話はついたのか?」
「「あっ」」
元々、リリアに化けてガレルと会っていたのに、戦闘のために変化を解いて普通に素顔を晒しちゃってる。
ガレルも、まるで今初めてそれを思い出したみたいな反応してるし、ドタバタしてて忘れてたのかな?
「ええとね、これはその……」
なんて言い訳しようかと、私は視線を彷徨わせる。
けれど、そんな私を見てなぜか冷静になったらしいガレルは、くすりと笑って私の口を指先でちょんと塞いだ。
「見なかったことにするよ。だから、これからもまた会えたら嬉しいな、ミルク」
「えっ、あ、うん」
よく分からないけど、ガレルが納得してくれたならいいのかな?
隣で、クロが「こいつまた……ネイルが騒ぎ出しそうだ……」とか言ってるけど、やっぱりダメ?
「まあいい、そんなことより、早く拠点に向かうぞ。まだ終わってねえ」
「え? 終わってないって?」
「ここに来るまで、町中の他の場所からも交戦の気配がしやがった。襲撃者は、こいつらだけじゃねえぞ」
「ええ!?」
アマツも刀を下げて、クロも無事合流出来て、これで終わりだと思ったのに……どうもそういうわけには行かないみたい。
思ったより大変な事態に、私達は慌てて拠点へ向かって走り出すのだった。
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