第84話 武士との戦い

 アマツって名乗った男の人は、炎の刀を構えて突っ込んでくる。


 狙いは私じゃなくて、ガレル。


「もっと、燃えちゃえ」


 精霊眼の力で見つめ、刀の炎を暴走させる。


 爆発するみたいに燃え上がった炎で、アマツの体ごと燃え始めたけど……それでも構わず、アマツは突っ込んできた。


「斬り捨て、御免!!」


「プルン!」


 すぐにプルンの体を触手に変形させ、ガレルを掴んで後ろに放り投げる。


 ちょっと乱暴なやり方になっちゃったけど……何も無い地面が斬られた瞬間、火柱が上がって吹き飛んだ。


 周りから上がる人々の悲鳴を背景に、私はアマツをキッと睨む。


「なるほど、これが噂に聞く精霊眼の力……拙者の魔法を暴発させ、妖魔を操って仲間とするとは、何とも厄介な」


「……熱くないの?」


 刀ごと全身が燃えてるのに、全然気にした様子がない。


 そんなアマツに思わず問い掛けると、彼はフッと笑って……刀のひと振りで、全身を巻く炎を吹き飛ばした。


「心頭滅却すれば火もまた涼し。常識であろう?」


「しん……え?」


 聞き慣れない言葉に首を傾げると、アマツはやれやれと肩を竦める。


「近頃の子供は教養が足りぬ。拙者が子供の頃は、寺子屋でそれはもう厳しく指導されたものよ」


「……えーっと」


 知らない言葉ばっかりで、どういう反応を返したらいいのか分からない。


 そんな私に、アマツは憐れむような目を向けてきた。


「もしや、この国には子供が学ぶ場すらないというのか? 何たる悲劇……やはり天下泰平に至るには、この世に悪が多すぎる……」


「えと……何しに来たの?」


 ガレルを殺しに来たのかと思いきや、いきなりよく分からないことをずっと喋り出したアマツに、私は困惑するばかりだ。


 思わず問い掛けた私に、アマツは「おっと」と今思い出したかのように語り出す。


「先程言ったろう、其方らを斬りに来た。子供といえど、悪逆に手を染めた無法者を放っておくのは、我が武士道に反する」


「……もっとわかりやすく言って」


「……悪人を懲らしめよと、そう頼まれてここに来た。まさかこのような子供とは思わなんだがな」


「悪人って、誰のこと?」


 私も……多分ガレルも、悪いことはしてないと思う。


「惚けるでない、話は聞いている」


 そう言って、アマツが語り出したのは……“紅蓮の鮮血”が重ねてきた悪行の数々だった。


 町を吹っ飛ばしたり、森を吹っ飛ばしたり、山を吹っ飛ばしたり、当然人も吹っ飛ばしたり……まあうん、多分みんな、実際やってるだろうなっていう、そういう内容。何も反論出来ない。


「拙者に助けを求めてきた者達の仲間も、其方らに虐殺されたと聞いている。嘘偽りだというのなら申してみよ」


「……多分、本当じゃないかなぁ……?」


 聞いた感じ、アマツはこれまで散々迷惑をかけられて返り討ちにしてきた、暗殺者の残党から頼まれてここにいる。


 その仲間なら……うん、多分みんな、殺しまくってると思う。悪い人達だし。


「やはりか。ならば斬るしかないようだな」


「う、うーん」


 間違ってはいないけど、誤解もされてる。


 どう説明しようか迷ってると、アマツが目の前まで踏み込んで来た。


「せめてもの情けだ、苦しまずに逝かせてやろう」


「わわわっ」


 横一閃、振り抜かれた刀を跳んで躱す。そうしたら、私の後ろにあった建物が、スパッと切断されてた。すごい威力。


 感心してる間にも、すぐに追撃の刃が迫ってきたけど……それは、プルンに私の体を引っ張って貰うことで、空中で回避する。


 ついでに、その場にプルンの小さな分裂体をたくさん残しておいた。


「《電撃空間ビリビリワールド》」


「ぐぅ!?」


 小さな分裂体が一斉に放電し、晴天の町中に雷を生じさせる。


 ちょっとくらい動きが鈍ってくれないかな、と思ったんだけど、やっぱりそう上手くは行かないみたい。


「この程度!!」


 刀のひと振りで電撃を弾き飛ばし、もう一度突っ込んでくる。


 目にも止まらない早さの刀は、躱すのも大変。


 でも……流石にラスターほど早くはないから、何とか回避出来なくもない。


 躱しきれないのももちろんあるけど、プルンの体で私を包んでおけば、下手な金属の鎧より丈夫に私を守ってくれる。


 大抵の怪我も即死じゃなければすぐ治せるし、ひとまず死なずに時間を稼ぐことは出来そうだ。


「もっと、びりびり!」


「くっ……!!」


 そうやって稼いだ時間の間に、電撃を浴びせてちょっとずつ弱らせる作戦。


 サーシエの戦いで、「生存力と持久力だけならもう“鮮血”でも随一だ」ってラスターやアマンダさんに褒めて貰えたから、それを活かしてがんばろう。


 ただ、この人の攻撃はちょっと周りの人にも危ないから、プルンの体で壁を作って、少しでも被害が出ないように抑える。


 そうやって、しばらく戦い続けていると……まだ全然余裕があるはずのアマツが、途中で急に足を止めた。


「……其方からは、先程からどうにも殺気が感じられんな。拙者を舐めているのかと思ったが、どうもそういう訳では無いらしい。果たしてこれはどういうことか」


「……?」


 どういうことかって言われても、特に殺さなきゃいけない理由もないし。


 そう首を傾げる私の前に、思わぬ陰が立ちはだかった。


 ずっと私達の戦いを見守っていたガレルが、震えながらも私を庇うようにアマツと対峙する。


「アマツ殿と言ったな。恐らく……いや、間違いなくあなたは騙されている。どうか、僕の話を聞いて欲しい」

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