第82話 平穏を破る刃

「久しぶりですね、会いたかったです」


「こちらこそ……お久しぶりです、ガレルさん」


 今日、私はドノバン宰相の息子であるガレルと、二度目の対面を果たしていた。


 もちろん、前みたいにプルンの力でリリアに化けての対面だ。場所も前回と同じ。


 ただ、今回もクロに送り迎えして貰ったけど、実際に顔を合わせるのは私達二人だけ。


 ガレルが、それを望んだんだって。


「まずは、僕からの手紙をいつも欠かさず読んで貰えて嬉しいです、お礼を言わせてください」


「いえ、私もこういうのは初めてで……楽しかったです」


 私一人じゃ、手紙に何を書いたらいいのか全然分からなかったから、その時々でみんなに聞いて、アドバイスを貰いながら書いた。


 なぜかネイルさんが怒り出したり、アマンダさんが爆笑したり、ラスターが微笑ましそうな顔をしたり、クロが「マセてんなぁ……」とか呟いたり、私にはよく分からないこともたくさんあったけど、それを含めて新鮮で楽しかった。


 そんな感想を伝えると、ガレルもくすりと微笑む。


「僕も、あなたからの手紙は楽しく拝見させて貰いました。あなたの人望と、傭兵団の温かい雰囲気が感じられて、とても良かった」


「そう、ですか? えへへ……」


 人望? はよくわからないけど、みんなのことを褒められて嬉しい。


 そんな私を見てガレルは益々笑みを深めた。


「だからこそ……もっと、あなたのことが知りたくなりました」


「ふえ……?」


 ガレルが私の手を取って、小さなテーブル越しに顔を近付けてくる。


 ほんのり顔が赤くなってるのは、緊張からか。


「あなたさえ良ければ、これからも文通を続けて……いえ、もっとこうして、気軽に会えるような間柄になりたい」


「ガレルさん……」


 吐息が当たりそうなくらい近くから、ガレルが私に懇願する。


 緊張で汗ばんだ手。魔力は不安で忙しなく揺れ、瞳には切実な思いが浮かぶ。


 そんなガレルに、私はなんて答えるべきか迷った。


 私個人としては、ガレルと交流することに何の迷いもない。

 でも、今の私はあくまでリリアの代理で、リリアが自分の道を決めるまでの時間を用意してあげるのが目的。あまり仲良くし過ぎるのはよくない。


「どうかな……?」


 答えを迫られ、どうするべきか迷う。


 考えて、考えて──私は、ガレルの肩を掴み、その場に押し倒した。


「えっ、ちょっ……!? そんな、いきなり……!?」


「危ない、伏せて……!」


「え?」


 どういうこと、とガレルが呟くのと同時、私達のいた個室の壁が吹き飛んだ。


 お店の外壁が崩れ落ち、私達以外のお客さん達も突然の事態に気づいて悲鳴が上がる中、私はそれをした犯人の姿を見た。


「情報通りだな。優先襲撃対象、ガレル・レクンガを発見。捕縛する」


 まるで人形みたいに感情が読めない表情。敵意も害意もなく、まるで散歩でもしてるみたいな落ち着いた魔力を纏ったその男は、手を軽く振って……それだけで、必殺の意志を込めたナイフが飛んでくる。


 あまりにも殺意が無さすぎたせいで、私の反応が一瞬遅れ……代わりに、間に割り込んできたクロが、手にしたナイフでそれを打ち払った。


「クロ……!!」


「ミルク、てめえは逃げろ!」


「でも……」


「今のてめえの役目は、その大貴族のボンボンを守ることだ!! とっとと安全なところまで連れてけ!!」


「っ……わかった……!」


 確かにクロの言う通り、私がクロと一緒に戦うより先に、ガレルを守ってあげなきゃ。


 この場はクロを信じて、任せるしかない。


「がんばって、クロ!」


「おう、てめえも油断すんなよ」


 短い言葉でエールを送った私は、ガレルを引っ張り起こして走り出す。


 本当なら、お店の中でパニックになってる人達も助けてあげたいけど……あの“敵”は、ガレルを襲撃対象だって言ってた。


 今はガレルを拠点まで連れていくのが、町を守るのに一番良い。


「待ってくれ、これはどういう状況なんだ!?」


「私も、わからない……!! でも、急がなきゃ、よくない!!」


 ガレルが狙われてる理由なんて、私が考えたって分かるわけない。


 だから、余計なことは考えず、私はガレルを守ることにだけ集中する。


 だから……路地に入るよりも先、普通の人がたくさんいるその場所で、人混みに紛れて迫ってきた剣先にも、いち早く反応することが出来た。


「プルン!!」


 リリアへの変化を解いて、壁になって貰う。


 叩き付けられた剣がプルンの粘性の体を強引に切り裂こうとするけど、完全に両断するよりも先に勢いを失う。


 そのまま、プルンが剣を食べようとして……剣そのものが炎を纏って燃え始めたことで、大慌てで吐き出した。


「プルン、大丈夫!?」


 物理攻撃には強くても、魔法攻撃にはあまり耐性がないプルンは、炎を受けて少し痛そうだ。


 一方で、普通の人がいようとお構いなしに攻撃してきた犯人は、変わらず燃える剣を構えて、私達に対峙する。


「ふむ、面妖な使い魔を連れている……弱者を嬲るのは趣味ではなかったのだが、これなら少しは楽しめそうだ」


 さっきの男もそうだったけど、この人もこの辺りでな見ない変わった服を着てる。


 持っている剣も、ラスターが使ってるものとは違う、細長く洗練された片刃の剣……“刀”だ。


「拙者の名はアマツ。そなたらを斬る者の名だ。冥土の土産に覚えておくが良い」


 こうして、私は王都のど真ん中で、ガレルを守って戦うことになってしまった。

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