第81話 動き出す者たち

「……国外からやって来た刺客が一人、先走って返り討ちに遭った?」


「ええ、まあ見境なく集まってきてる中で適当に声をかけて回ってるんで、最初から統制が取れるとは思っちゃいませんでしたが」


 アルバート王国、王都近郊。

 カテドラル帝国暗部の人間達が用意したとある隠れ家にて、レバンは配下からの報告に眉を顰めていた。


 その内容は、彼らの雇った刺客が一人、“鮮血”に手を出して返り討ちに遭ったというものだ。


「そうですね、一人手駒が減ったからと言って、こちらの計画に変更はありませんよ。そもそも、勝つ必要もない捨て駒ですからね」


 王都で裏社会の人間を使って騒ぎを起こすことで上層部を混乱させ、サーシエ跡地をスムーズに侵略・制圧する。それが現在、レバンの動かしている計画だった。


 足並みを揃える気もない手駒が一つ減ったところで、レバンの懐は何も痛まない。


「とはいえ、あんまり戦力差があっちゃ計画にも支障が出るんじゃ? 俺はこっちに来たばかりなんで“紅蓮の鮮血”ってのがどれくらいヤバいのか知りやせんが……今回やられたのはそれなりに腕利きですぜ、場合によっちゃ修正くらいは必要じゃ?」


「ふむ……」


 言われてみれば確かに、とレバンは考える。


 基本的には適当に暴れさせるだけとはいえ、やはり最低限のターゲットというものはあるのだ。そこを失敗されても困るのだから、場合によっては戦力の割り振りを考え直す必要もあるかもしれない。


「それで、その腕利きとやらは誰にやられたのですか?」


「それが……ちっちぇガキだって話です」


「ガキ……?」


 “紅蓮の鮮血”に子供はほとんどいない。

 いるとすれば、サーシエの王女ともう一人。


「近頃話題の、“鮮血”の獣人娘が……? しかし……」


 聞いていた情報では、ロクに戦う力もないただの小娘という話だったはずだ。

 それが、裏社会で多少なりと名の売れた男を倒したというのだ、にわかには信じがたい。


「何かの間違いでは?」


「さあ……? あくまで、裏路地で伸びてたところを回収されたそいつが、自分で言ってただけなんで」


「なら、流石に何かの間違いでしょう。“紅蓮の魔女”は幻覚の魔法も使えるといいますし、それではないですか?」


「なるほど、ガキの姿で油断させたところを返り討ちにしたってわけですね、なんて汚ねえんだ!」


 憤慨する部下を見ながら、しかしレバンは小さな違和感も覚えていた。


 “魔女”といえば、敵を見れば魔法の実験材料としか思わず、あらゆる魔法で蹂躙しつくすと噂の悪女が、果たしてそんな回りくどい真似をするだろうか? と。


(まあ、幻覚魔法の効果を試した、という可能性はありますし、そういうことでしょう)


 違和感は覚えつつも、結局はそう結論付けたレバン。

 何せ、ミルクなどまだ十歳そこそこの幼い子供だ。そんな存在が裏社会の人間を鎧袖一触など、そちらの方があり得ない。


(精霊眼などという得意な能力を持っていて、なおかつスライムを操るという話はありますが……それでも……)


 ミルクに特別な力があることは、既にそれなりに知られている。


 だが、実際に戦闘している場面を見た人間は、全くと言っていいほどいない。


 これまでミルクが交戦した相手は、クロとアウラ・デリザイア侯爵、暴走しているグルージオや、後は名もなきアンデッドに森の魔物達。


 すなわち、とっくに投獄された人間と身内以外、ミルクの戦闘能力を知る者は誰もいないのである。


 レバンがミルクの正確な能力を測れないのは、ある意味当然のことだった。


「念のため、連中に対する警戒心を、今一つ向上させましょう。その上で、捨て駒達に狙わせるターゲットは……こいつらです」


 そう言って、レバンは部下の前に魔道具によって撮影した写真を並べていく。


 そこに並ぶのは、いずれも対帝国、及びサーシエ跡地への対策を協議する重要な役割を持つ者たち──その、近親者だった。


「そいつらを襲撃、ないし誘拐することで、アルバート王国の目を国内に集中させます。頼みましたよ」


「了解です、とびっきり強ぇヤツらを運良く拾うことが出来たんで、何の問題もないでしょう。任せといてください!」


 そう言って、部下の男は写真を回収していく。


 その中には、サーシエ跡地を狙ってリリア王女に近付いた、ドノバン宰相の息子……ガレル・レクンガの姿もあった。


 幼い子供を襲撃することに、一切の躊躇を見せないまま去っていく部下。

 そんな彼を見送った後、レバンは一人物思いに耽る。


「……ミルク。精霊眼を持つ、白髪の子供、か……」


 精霊眼といえば、エルフ族に伝わる魔力に対する絶対操作の力だ。


 あらゆる魔力を自らの制御下に置き、あらゆる魔法、あらゆる魔法生命体を友とするそれは、本来であれば人にも獣人にも発現しない。


 もし例外があるとすれば、それはエルフの血を引いているということ以外ありえない。


 白い髪のエルフ、といえば、レバンの頭に浮かぶのは、かつて愛を誓ったエルフの流浪者で──


「バカバカしい」


 レバンの知る“彼女”に、精霊眼の力はない。

 それに、もしミルクが“彼女”の縁者なのだとすれば、自分ではなく他の男と子供を作ったということになってしまう。


 それはあり得ない、あってはならないとレバンは頭を振った。


「いよいよ帝国が本格的に動き出す……些事に構っている場合ではない」


 全ては王国への復讐のために。

 そう呟きながら、レバンは立ち上がる。


「お前たち王国民の栄光も、ここまでだ」

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