第80話 幼女二人のお出かけ

「リリア、こっち!」


「あ、ま、待って、待ってミルク……!」


 あわあわと転びそうになるリリアを抱き留めながら、私達は部屋の外へ出る。


 今日は、リリアが“鮮血”の拠点に来てもう二ヶ月。ついに、初めてのお出かけをすることになったんだ。


 そんなリリアの姿を見て涙を流すのは、言わずと知れたリリアの父親にして、元スケルトンのコーリオ。プルンの分身体で、今も人の体を再現してる。


 ……骨とスライムだけの体で、どうやって涙を流してるんだろう? 謎だ。


「ついに、ついにリリアが、部屋の外に出られるほどに……! これもミルク殿の献身のお陰!! 感謝しますぞ!!」


「私はお喋りしてただけだから、大したことしてないよ」


「何を言いますか、ミルク殿が支えてくれたからこそ、リリアはこれほどに早く立ち直ることが出来たのです!!」


「うん……ミルクがいるなら、がんばろうって思えたの」


 えへへ、とほんのり微笑むリリアを見て、私はその頭をそっと撫でる。


 あまり大したことしてないっていう意識は変わらないけど、リリアの笑顔にちょっとでも貢献出来たなら嬉しい。


「それじゃあコーリオ、行ってきます」


「パパ、行ってきます」


「はい、道中気をつけるのですよ」


 今日のお出かけの目的は、二つ。

 “鮮血”のみんなに改めてリリアが自己紹介することと、王都の案内だ。


 二人だけでお出かけなんて危ないんじゃないかって、特にネイルさんは心配してたけど、ラスターやアマンダさんが大丈夫だって背中を押してくれたお陰で、二人だけのお出かけが実現したの。


 というわけで、まずは“鮮血”のみんなに挨拶から。


「よく来たな!! 歓迎するぞ、ちっこいの!!」


「あう、えと……」


 そんなわけで、一番最初に遭遇したのは、団長のグレゴリーさん。

 圧が強すぎて、リリアが早速私の後ろに隠れちゃった。


「大丈夫だよ、リリア。“鮮血”にいるのはみんな良い人だから」


「う、うん……えと、その……リリアです、初めまして……」


 恐る恐る、怖がりながらも顔を出したリリアが、ぺこりと頭を下げる。


 そんなリリアの頭を、グレゴリーさんが少し乱暴に撫でた。


「俺はグレゴリーだ。良い挨拶だな、リリア。これからも頑張れよ」


「あ……はい……」


 それじゃあな、とグレゴリーさんが去っていく。

 大きな背中を見送ったところで、私はリリアに向き直った。


「ね、いい人でしょ?」


「う、うん……ちょっと怖いけど……」


 そうやって、少しおっかなびっくりになりながらも、リリアの挨拶回りは進んでいく。


 ネイルさんやクロの回りくどくて伝わりづらい長話を「リリアのことを歓迎するよ、元王女で大変だろうけどがんばってねって言ってる」と通訳して、二人の顔を真っ赤にしたり。


 ガバデ兄弟のノリとテンションについていけないリリアのために、ちょっと三人に“大人しく”なって貰って挨拶したり。


 グルージオと対面して、お互いに何を言えばいいのか分からないまましばらく棒立ちになったり。


 ラスターやアマンダさんの真っ当なやり取りに、リリアが感動していたり。


 そして最後に、カリアさんからはお出かけ用のお弁当まで用意して貰った。


「二人とも、気を付けて行っといで!! 最近は物騒な連中が大勢国内に入ってきてるって話だ、警戒は怠るんじゃないよ!!」


「うん、大丈夫。プルンもいるから、リリアは私が守るよ!」


「そうかい、そりゃあ頼もしいね!! リリア、お前さんもミルクと楽しんで来な!!」


「は、はい……!」


 いってきまーす、と手を振って、リリアと二人で拠点を出る。


 手を繋いで、はぐれないように歩く間も、リリアはずっと私にべったりだった。


「みんな、どうだった?」


「えと……ミルクの言う通り、みんな良い人だった、と、思います……」


「えへへ、なら良かった」


 そんな他愛ないやり取りを交わしながら、王都の町を案内する。


 といっても、私もそこまで詳しいわけじゃないから、あまり話せることはなかったんだけど。


 ただ、リリアは物珍しい景色を見ながら、私とお喋りするだけでも楽しんでくれたみたい。魔力がずっとキラキラしてる。


「はふぅ……」


「リリア、大丈夫? 疲れちゃった?」


「え? あ、大丈夫……! 私、まだ……」


「嘘はダメだよ? ちょっと休もっか。ほら、カリアさんのお弁当食べよ」


「……うん……」


 ちょうどいい時間だったのもあって、適当なベンチに座った私達は、カリアさんがくれたお弁当を開ける。


 私達が食べやすいように、可愛らしく小さな形で切り分けられたおかずがたくさん詰まったそのお弁当に、リリアは瞳を輝かせた。


「んっ……んん……!」


 一口食べただけで、リリアが笑顔になる。


 ここに来たばかりの頃とは比べ物にならないくらい明るくなって、受け答えもしっかりしてくれるようになったその姿に、しみじみと感慨深いものを覚えた。


 ……私も、来たばっかりの頃はこんな風に見えてたのかな。


「……どうしたの?」


「ううん、なんでもない。リリア、これも食べて、美味しいよ」


「ん……あむっ……」


 あーん、と食べさせてあげると、リリアも素直に口を開けて、ぱくりと食べてくれた。


 そして、お返しとばかりにリリアもおかずを一つ差し出して来たので、私もぱくりと食べ返す。


「美味しいね」


「うん……!」


 そのまま二人で、まったりとお弁当を食べて過ごす。


 そうしていると、やがて満腹になって眠気が来たのか、食べ終わる頃にはリリアが眠りにつき、私の肩にもたれかかっていた。


「すぅ……すぅ……」


「えへへ、可愛いね、プルン」


 私がそう呟くと、プルンも同意するようにブレスレットの内側が波打った。

 目立たないその変化に、周りの目を気にするような感情があることに気付いた私は、ふと顔を上げて……道行く人が、みんな私達に注目していないことに、ようやく気付いた。


 不自然なくらいに。


「……帰ろっか」


 眠るリリアをおんぶして、ゆっくりと拠点へ向かって歩き出す。


 王都の町並みから外れて、拠点へ通じる一通りの少ない裏路地に入って……そこで。


「──お前がミルクだな? 噂に聞く“紅蓮の鮮血”の泣き所、この俺が手に入れぷぎゃっ!?」


 なんかよく分からない人が急に飛びかかって来たけど、形を変えたプルンのパンチで吹っ飛んで、あっさり動かなくなった。


 ……気配や感情の消し方がクロよりずっと雑だし、強さなんてコーリオに仕えてる吸血鬼二人にも及ばない。なんだったんだろう、この人?


「んぅ……あれ、ここは……? ミルク……今、何かあった?」


「ううん、なんでもない。もう少しで拠点に帰るとこだよ」


「???」


 不思議そうなリリアにそう答えながら、私は何事もなく拠点に帰り着くのだった。

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