第78話 宰相の息子と文通

「ネイル落ち着け、それを破ったら不敬罪どころじゃないぞ、人としてダメだ」


「ええい、止めないでくださいラスター!! こんなものをミルクに送るなど、私は絶対に認めませんよ!!」


「正確にはミルクではなくリリア王女宛だろうに……とにかく落ち着け」


 ある日の朝、ネイルさんとラスターが喧嘩しているのを見付けてしまった。


 珍しい組み合わせに、私は慌てて割り込んでいった。


「二人とも、どうしたの……!? 私、何か悪いことした……!?」


「ミルクか、おはよう。まあ、悪いことといえば悪いこと、なのか? まあこれを読んでみてくれ」


「あ、こら、ラスター!!」


 私の名前が何度も出てたから、私のせいなのかなと思って声をかけたら、やっぱりそうだったみたい。


 少しシュンとしながら、ラスターから受け取った手紙を見てみると……差出人は、ドノバン宰相の息子、ガレルだった。


『銀杏の葉が金色に染まりはじめる頃、リリア王女におかれましては、如何お過ごしでしょうか。私は……』


「…………??」


 難しい言葉ばっかり並んでいて、何が言いたいのか全然わからない。


 困った顔でラスターを見ると、それを察して手紙の意図をかいつまんで教えてくれた。


「ガレル・レクンガは、リリア王女に化けたミルクのことをいたく気に入ったらしい。今度は自分の家に招きたいと……つまりは、デートのお誘いだな」


「デート……それで、ネイルさんは何を怒ってるの?」


 アマンダさんから教わった話だと、宰相様はリリアを婚約者として招き入れて、サーシエ跡地へ介入する理由を作りたいって話だったはず。


 それなら、こういう手紙が来るのも普通だと思うんだけど……。


「いいえ、これは単なる政治的なポーズではありません!! この手紙の送り主は相当にミルクへ入れ込んでいます!!」


「そんなことないと思うけど……」


 一回会っただけだよ?


「文面を見れば分かります。貴族としての体裁を保ちつつも、要所要所でかなり熱烈にアピールしているのが見て取れる。こんなもの、ほぼラブレターですよ!!」


 ここがこうでこっちがこうで、と私の手から取り上げた手紙を指して、どれくらいガレルが本気なのかを力説するネイルさん。


 そうなんだー、と聞きながら……私は困ってしまう。


「どうしよう、リリアが考える時間を作るために、ほどほどの付き合いをしなきゃいけなかったのに……」


 リリアは可愛いから、好きになっちゃうのは仕方ない。

 でも、そんなにグイグイ来られたら、いざリリアがどうするべきか決心しても、上手く行かなくなっちゃうかも。


「まあ、見た目をいくら変えようと、中身がミルクなのですから好かれるのは当然のこと。どうしようもありません」


「ネイル、お前はミルクが関わると途端にポンコツになるな……」


 自信満々に言い切るネイルさんに、ラスターが溜息を溢す。


 そして、私に提案をしてきた。


「そうだな、この際素直にそう言ってみるのもいいんじゃないか?」


「素直に……?」


「ああ。今はまだ心の整理がつかないから、気持ちに答えることは出来ないってな。ミルクは嘘に慣れてないし、下手に嫌われようと動くよりいいだろう」


 ラスターの言う通り、好かれすぎて結論を急がれたら困るけど、だからってリリアが嫌われちゃうようなことするのも良くないと思う。


 だったらいっそ、私がリリアの代わりに待って欲しいって伝えるのもいいよね。


「わかった、やってみる!」


「よし、じゃあまずは手紙の返事を書くところからだな、やってみるか」


「うんっ」


「私も手伝いますよ。そういった文章なら、ラスターより私の方が得意ですので」


「それはそうだろうが……変なことを書かせるなよ? もし将来ミルクに本命ができた時に困るからな」


「そのような日は来ませんので問題ありません」


「いや大ありだろう……」


 またしても喧嘩? し始めた二人に苦笑しながら、私はガレルに送る手紙を書き始める。


 出来るだけ王族らしく、丁寧な字で、ネイルさんに文章を教わりながら……。


「いや待てネイル、それは語気が強すぎだろう、お前には興味がないと言っているようにしか見えないぞ」


「これくらいでちょうどいいのです、勘違いしている悪ガキにしっかりとこちらの意思を伝えなければ」


「だから、これは表向きにはミルクではなく、リリア王女からの手紙なんだからな? そこまで拒絶しなくてもいいだろう」


「ダメです。何かの拍子に正体がバレた時、彼の気持ちがそのままミルクに移る可能性がありますので」


「もしそうなっても立場というものがあるだろう……いいから、ここはもっと柔らかく、こんな表現に……」


「ラスター、それでは逆にこちらにも気があるかのようではないですか!! 勘違いを助長してどうするのです!?」


「リリア王女がそちらの道を選ぶ可能性もあるんだから、少しはその気も見せておいた方がいいだろう。それに、貴族令嬢の手紙など、大体の場合これくらいの好意を全方位に振りまくものだと思うが?」


「どこの令嬢の話ですか!? そのような常識はありません!!」


「何? だが、俺が騎士団を出る前は、顔を合わせた令嬢全員これくらいの手紙を……」


「それはあなただからです!! やはりラスターだけに任せておかなくて正解でしたよ、全く……」


 あーでもないこーでもないと、私を挟んでラスターとネイルさんが手紙の文面を考え続けてる。


 これでいいのかなぁ、と思いながら、二人の意見を参考にサラサラと書き進めていって……最後に、私個人の願いも書き添えることにした。


「……これでよし」


 ──もしこの先何があっても、リリア・フィア・サーシエと仲良くしてください。


 婚約するとしてもしないとしても、リリアには友達が必要だと思うから、やっぱり仲良くして欲しい。


 そんな願いを込めて、私は手紙に封をするのだった。

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