第77話 丸くなった猛獣

「ウオォォォーーッ!!」


 猛獣の如き雄叫びをあげ、グルージオが暴れ回る。


 彼が戦闘しているのは、王国の人里からやや離れた自然の洞窟、そこを利用して作られたとある犯罪組織のアジトだった。


 人身売買や薬物などで資金を蓄え、国を跨いで様々なテロ活動を行うことで近隣諸国全てから討伐対象とされる一方、他国で暴れられる分には利益になるからと、秘密裏に支援する国が存在する──そんな噂のある組織だ。


 今回、その組織がアルバート王国入りしたという情報を受けた王家は事態を重く受け止め、政治的なしがらみから腰の重い騎士団に代わって“紅蓮の鮮血”へ討伐依頼を出したのである。


「くそっ、何なんだよこの化け物!! う、うわぁぁ!?」


「もうやめろ、許してくれぇ!!」


 散々人々を苦しめてきた犯罪者達が、泣き喚き許しを乞うて逃げ惑う。

 それでも容赦なく、グルージオの拳は逃げ遅れた者から順に悪人を叩き伏せていった。


「ひいっ……!?」


「ウゥゥ……」


 とうとう壁際まで追い込まれた男の前に、グルージオが立ち塞がる。


 グルージオの悪名は、裏社会ではあまりにも有名だ。


 その危険すぎる暴走癖から、たとえ無惨に全滅させられても問題のない極悪な犯罪組織との戦いでしか投入されることはなく、グルージオが暴れた組織の構成員は一人残らず皆殺しにされるという、血に飢えた猛獣。


 どうしてこうなったのかと、追い詰められた男は自問する。


 間違いなく、自分達が行ってきた悪事のせいだと分かっている。だが、それ以外の生き方を知らず、他の道などなかった彼に、選択肢などなかった。


 こんな死に方は理不尽だと、涙すら流す。


「頼む……これからは心を入れ替えて真っ当に生きるって誓うから……命だけは……!!」


 無駄だと分かっていても、必死に命乞いをする。


 ゆっくりと迫るグルージオの腕に死の気配を感じながら、絶望に沈んでいると……ポン、と。


 男の頭に、グルージオの手が優しく乗せられた。


「……ちゃんと、真っ当に生きろ……応援、しているぞ……」


「あ、ああ……」


 自分が殺されることなく、むしろ励まされているという現実に、男の理解が追い付かない。


 よく見れば、グルージオが暴れ回ったその惨状は、破壊痕こそ凄まじいが……誰一人、死んではいなかったのだ。


(お、思っていたよりも、まともなやつなのか……?)


 死の恐怖から解放され、情緒がぐちゃぐちゃになりながらもホッと息を吐く。


 そんな男に、「だが……」とグルージオは続けた。


「罪は……ちゃんと償え。全ては、それからだ……」


「へ……? ぎゃふん!?」


 指先で軽くデコピンされた男は、ボールのように吹き飛んで壁に叩き付けられ、白目を剥いて気絶する。


 ちゃんと生きていることを確認したグルージオは、残党の気配がないことを確かめた後、大きく溜め息を溢す。


「全ては、罪を償ってから……あまり、俺が言えたセリフでもないが、な……」


「なーに辛気臭い顔してんだい、グルージオ」


「……アマンダ」


 背後から話し掛けられ、グルージオはゆっくりと頭だけで振り返る。


 そんな彼の背中を、アマンダはバシバシと叩いた。


「もう少し喜んだらどうだい? 初めてだろう、最初から最後まで一度も暴走せずに戦闘を終わらせられたのは」


「……そうだな。それについては、感謝している……お前のお陰だ、アマンダ……」


「礼なんていいさ、これもアタイの研究の一環だからね」


 殊勝な態度のグルージオに、アマンダは豪快に笑う。


 そう、今回の戦闘では、グルージオは一度も暴走状態に入らなかった。


 それを為したのは、アマンダの作り上げた新しい魔法薬。

 瘴気の持つ“同種の魔力を取り込み同化する”特性を利用して、グルージオが常に持つ余分な魔力を薬の成分が吸収。そしてスライムの持つ“異なる魔力同士の反発を利用し分裂する”特性を利用して、薬の成分ごと魔力を体外へ排出するという薬だ。


 余分な魔力さえなければ、グルージオの体も暴走状態に入ることなく、理性で以て肉体を制御し、戦うことが出来る。

 ここ数ヶ月の研究の集大成とも言える結果に、アマンダは満足していた。


「それに、アンタが一番に礼を言うべきはミルクだろう? アンタの暴走は体のこともそうだが、何より精神的な影響も大きかった。それを安定させたのは、他でもないミルクだ」


「分かっているさ、当然な……」


 ミルクは、サーシエの地で大暴走したグルージオの精神世界に同調し、彼の心に巣食っていた罪の意識を取り除いた。


 それによってグルージオも、ようやく自分自身の力や内面と、本当の意味で向き合うことが出来たのだ。


 いや、そもそも……瘴気やスライムの研究とて、ミルクがいなければここまでスムーズに進むことはなかったのだ。薬の開発すら、ミルクの功績は大きいと言っても過言ではない。


 それを、他ならぬグルージオ自身もよく分かっていた。


「俺はもう、自分の力や罪から目を逸らし、逃げたりはしない……ミルクが、こんな情けない俺にも生きろと言ってくれたんだ。あの子に顔向け出来ないような生き方など、もうしてたまるか……」


「何言ってんだい、故郷の壊滅がアンタのせいじゃなかったなら、罪もへったくれもないだろう?」


「……自責の念から逃れたい一心で、故郷のみんなを殺した本当の仇の存在にすら気付かずに、のさばらせてしまったんだ……それは、俺の罪だ」


「前々から思ってたけどね、真面目過ぎるんだよ、アンタは」


 やれやれと、アマンダは肩を竦める。


 しかし彼女も、今のグルージオはそれほど心配していなかった。


 何せ、本人は変わらず“罪”だと言っているが、それは以前のように、彼の心を縛る悪しき鎖ではなくなっている。


 確かな未来と目標を見据え、前へ進もうとする“使命”だ。


「もう少し肩の力を抜きなって。あの事件以来ミルクと全然顔を合わせていないのも、何か理由があるんだろうけどさ、あの子寂しがってたよ?」


 何を考えているんだい? とアマンダに問われ、グルージオは目を逸らす。


 それでも構わずジト目を向けるアマンダに、グルージオは観念するかのように内心を吐露した。


「そ、その……俺も、ミルクのことを撫でたり、抱き上げてやりたいんだが……こんな体だ、力加減を間違えて、傷付けたくない……だから、依頼をこなして、しっかり修行してから、と……」


 思わぬ理由に、アマンダは目を丸くする。


 確かに、グルージオの過剰な力は、これまで多くのものを壊してきた。か弱いミルクを傷付けたくないというのは、自然な感情だろう。


 ……だから、こんなに派手に暴れながらも、犯罪者を誰一人殺さないように手加減していたのかと、アマンダとしては呆れるやら感心するやら、微妙なところだ。


「それに……あまり、傍にいると、その……可愛がるのを、我慢、出来なくなりそうで、な……それで、つい……避けてしまっていた……」


「…………」


 他者の血を喰らい、歓喜の咆哮をあげる殺戮の猛獣。


 巷ではそんな風に呼ばれているグルージオの、あまりにも繊細でいじらしい一面を見て、アマンダは思う。


 コイツ、こんなヤツだったんだな……と。


(ミルクが来てから、ウチの傭兵団も随分と雰囲気が変わったもんだ、本当に)


 手の付けられない乱暴者ばかりだった傭兵団が、いつの間にやら多くの依頼を引き受け、こうしてあちこち飛び回るようになった。


 ネイルが何度言っても反省しなかったガバデ兄弟も、最近は少し落ち着きを見せるようになったし……アマンダ自身も、ミルクの前であまり恥ずかしいところを見せたくないと、最近は自分で整理整頓をするようになってきた。


 ミルクを中心に、誰もが良い方向に変わっている。


 そんな今の日常を守りたいと、ごく当たり前にそう思う。


「その日暮らしの傭兵が日常を語るようになるとはね……全く」


「……? どうした、アマンダ……?」


「何でもないよ」


 だが、世の中はそうそう自分達に“平穏”を与えてはくれないと、血生臭い世界を生きてきたアマンダはよく知っている。


 特にここ最近は、外国から裏社会の住人が大量に王国へやって来ている。

 暗殺者ギルドが壊滅した空白に根を張って一旗あげようと、野心ある者たちが集まってきているのだ。


「さーて、アタイももっと、気合い入れて行こうかね」


 新しい火種が水面下で燻る臭いを感じながら、アマンダは誰にともなくそう呟くのだった。

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