第76話 お見合い(?)

「……おいミルク、本気でやるつもりか?」


「ミルクじゃないよ、今はリリア! 間違えちゃダメだよ、クロ」


「お、おう……」


 クロと二人で並んで座るのは、王都にあるお洒落なお店。


 よくお貴族様が秘密の話し合いに使うお店だとかで、個室が用意されてるの。


 そんなお店にクロと二人でやって来た私は、待ち合わせの相手……ドノバン宰相とその息子さんを待ってるんだ。


 リリアがちゃんと自分の考えを纏められるまで、時間を稼ぐのが私の役目。そのために、リリアの顔に変装までしてきた。


「しっかし、おめえのスライムは何でもアリか? まさか顔まで変えられるとはな……」


「クロ、変じゃない?」


「アマンダの野郎と何度も確認してたろ、問題ねえよ。ちょっとばかり表情の変化に乏しいのが難点だが」


 やり方は簡単。プルンの体を全身に纏って、リリアの形に変化させるだけ。


 細かい変化は私のイメージに左右されるから、ここ最近は毎日リリアとお風呂に入って、ずっと体を観察してた。リリアには、すっごい恥ずかしがられちゃったけど。


「後は、私が上手く答えをはぐらかして時間を稼ぐだけ……!」


「そう上手く行くもんかねえ……」


「大丈夫! この日のために、アマンダさんから演技指導? っていうのもちゃんとしてもらったから……!」


「……余計に心配になって来やがった」


 本当に大丈夫かよ、と溜め息を吐くクロに、もう少ししっかりと言い含めておきたかったけど、どうやら時間切れみたい。


 私達が待っていた個室に、男の人が入ってきたのだ。


「すまない、待たせてしまったようだね」


 貴族らしい綺麗な服を着た、細長い男の人。


 あまり強そうじゃないけど、油断ならない目付きをしてる。


 きっと、この人がドノバン宰相なんだろう。

 ってことは、その後に入ってきたのが……。


「既に知っていると思うが、私がドノバン・レクンガ、この国の宰相をやっている。そして、こちらが私の息子……ガレルだ」


 宰相の息子。私やリリアと同い歳くらいで、ビシッとした父親の宰相様とはあまり似ていない。母親似?

 ふんわりとした雰囲気と、緊張しているのがありありと伝わってくる魔力……こういう場には慣れてないのかな?


「初めまして、ガレル・レクンガといいます……! 高名な“紅蓮の鮮血”の方とお会い出来て、光栄です!」


「……そう緊張なさらないでください、自分はまだ傭兵団に入ったばかりの若輩の身、そのように畏まられる必要はございませんので」


 カチコチの息子さん……ガレルに対して、クロはびっくりするくらい物腰柔らかで丁寧な口調で切り返す。


 普段とのあまりのギャップに、私は思わずクロを二度見してしまった。


「おっと、ご紹介が遅れました、私はクロと申します。家名も持たぬ卑賤の身ゆえ、多少の無礼はあるやもしれませんが、どうか寛大な心でお許しいただければと」


「気にする必要はない。この国にとって、“紅蓮の鮮血”はなくてはならぬ貴重な戦力だ、たとえ新入りだろうと、相応の敬意を持って接するのが礼儀というもの」


「恐れ入ります」


 会話が途切れたところで、クロが一瞬だけ目配せしてきた。


 お前も自己紹介しろって意味だと気付いた私は、慌てて宰相親子に頭を下げる。


「初めまして、私はミ……リリア・フィア・サーシエです……よろしく、お願いします」


 アマンダさんには、あまり多く喋るとボロが出るから、最低限にしておけって言われてる。

 変声の魔法薬? でリリアの声に寄せてるけど、やっぱり少しは違和感あるからって。


 そのアドバイス通り、無表情のまま挨拶だけして、余計なことは言わずに引き下がった私を、クロがすかさずフォローしてくれた。


「申し訳ありません、ご存知の通り、サーシエの姫君は長い眠りから醒めたばかりで、亡国の事実を知りショックを受けているのです」


「分かっている、今回は単なる顔合わせに過ぎないからな、たとえ婚約することがなくとも、後々多く関わることに変わりは無いのだ、少しでも友好を深めることが出来れば満足だとも」


「お気遣い、痛み入ります」


 クロの魔力が、ゆらりと揺れる。


 そこに籠った感情を読み解くと、ハッキリ「このタヌキが」と書かれていた。


 ……うん、もっと先のことまで狙ってる癖にってことだよね。気を付けないと。


「…………」


 そう思っていたら、ガレルがじっと私の方を見つめてることに気が付いた。


 深く関わっちゃダメだけど、あまり冷たくするのも良くないはず。


 そう思った私は、クロの服を掴んでフォローを頼みながら、ガレルに向けてちょっとだけ微笑んだ。


 プルンの体を制御して笑顔を作るのは大変だし、変になってないといいな。


「…………!!」


 そんな私を見て、ガレルが驚いたみたいに目を見開き、同情の眼差しを向けてきた。


 ……ちょっと予想外の反応。変だったかな?


「ええと……リリア姫は、クロ殿に随分と懐いておられる、ようですね。お二人などのような出会いだったのですか?」


 そんなガレルが、意を決したかのように問い掛けて来る。


 ……リリアとクロにはあまり接点がないんだけど、アマンダさんからはこういう時、下手に嘘を吐くよりも、私自身のことを話して相手にリリアの話だって勝手に勘違いさせるのがいいって言われた。


 だから、素直に私の体験を話す。


「クロは……私が、閉じ込められていた、ところから……助け出して、くれました」


 侯爵城から逃げる時、クロが私を見逃してくれなかったら、酷い目に遭ってたと思う。


 そのエピソードを話しながら、更に言葉を重ねた。


「傭兵団の、皆さんも……ひとりぼっちで、寂しかった私を、とても良くしてくれて……とても、嬉しかった、です」


 慣れない敬語に、作った笑顔での会話だけど、少しは信憑性を感じて貰えたかな?


 内心ドキドキしながら話す私に、ガレルは優しい笑みを浮かべる。


「……君にとって、傭兵団は新しい家族なんだね」


「家族……」


 あまり考えたことはなかったけど、言われてみればそうなのかもしれない。


 今まで漠然と“大切”だと思っていたものに名前を付けて貰えて、私はなんだか嬉しくなった。


「うん……私の、家族……!」


「っ……!?」


 声に出した後、しまったと思った。つい、素の口調で喋っちゃったし、表情も細かいこと考えずに感情のまま動かしてた気がする。


 でも、ガレルはなぜか顔が真っ赤になったまま動かないし、あまり悪い感情も抱いてなさそう。セーフだったかな?


「……ミルク……」


 そんな私に、クロは小さく、私にだけ聞こえる声で呟いた。


「お前……悪女の才能はあるかもな……」


「???」


「なんでもねえ、気にするな」


 まるで照れ隠しみたいにそっと頭を撫でるクロに、首を傾げながら。


 この日の会合は、特に何事もなく(?)終わりを迎えた。

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