第71話 コーリオ復活実験

 アマンダさんの発案で、アンデッドを動かすエネルギー源になってる紫色の魔力──瘴気の実験をすることに。


 というわけで、拠点の裏にある訓練用の広場に、アマンダさん、コーリオ、私の三人でやって来た。


「早速だが、アンタらは瘴気ってのが何なのか、どれくらい理解してる?」


「はい!」


「ほい、ミルク」


「紫色!」


「うん、それはアンタしか観測出来ないヤツだね」


 元気よく手を挙げて答えたら、正解も不正解も分からないよ、と困り顔で返されてしまった。


 うぅ、自信あったのに。


『一般的には、アンデッドだけが持つ特殊な魔力だとされていますな。人の強い情念が魔力に宿る形で滞留し、それが擬似的な“魂”としての役割を果たすことで、アンデッドという存在を成立させると』


「素晴らしい、流石はアンデッドの王、専門分野だね」


『お褒めに預かり光栄です、ミス・アマンダ』


 コーリオの答えに、アマンダさんは満足そうに手を叩いた。


 ちょっぴり悔しくてぷくっと頬をふくらませてたら、アマンダさんが頭を撫でてくれた。えへへ。


「瘴気は強い情念を宿し、魂の代わりにもなる。これがアンデッドの本体になるわけだが……つまりだ、代わりになる体を用意したら、アンタらアンデッドもその骨の体を止めて、普通に人に紛れて生活出来るんじゃないか? ってことさ」


『ふむ……なるほど、面白い考えですな』


 アマンダさんの考えに、コーリオは興味深そうに呟く。


 今、コーリオは完全に拠点の中で生活してて、外には出られない。


 それも当然で、コーリオの体はスケルトン、ただの骨だ。人ですらない今のコーリオが誰かに見付かったら、魔物だって討伐されちゃう。


 何なら、今この拠点で生活してることすら王都の人達には内緒で、バレたら捕まるってネイルさんも頭を抱えてたくらい。


 ……また後で労いに言ってあげよう。グレゴリーさんみたいに、足踏みマッサージしたら喜んでくれるかな?


『ですが、新しい体と簡単に言っても、そうそう手に入るものではないと思うのですが』


 脇道に逸れていた思考が、コーリオの言葉で引き戻される。


 そうだ、コーリオ達が骨だけの体で動いてるのは、人の死体以上に使い勝手の良い体が他にないからのはず。


 そんな疑問に、アマンダさんは待ってましたとばかりに答えた。


「そう、そこで活用するのがミルクのプルン……つまり、スライムの分裂体さ」


「ほえ?」


 スライム……というより、私のプルンは訓練を重ねて、今やどんな形でも自由自在に変形出来る。


 それでいて、本体のプルンはまだしも、分裂体の方は自我が希薄でほぼ本能しかないから、瘴気を宿して擬似的なアンデッドにするにはちょうどいいんじゃないかって。


「スライムに宿ったアンデッド、成功すれば世界初だ。加えて、変幻自在のスライムなら、人に疑われずに町を出歩く体を構成できるかもしれない……どうだい? 試してみる価値はあるだろう?」


『ふむ……面白いですね。ミルク殿、構わないでしょうか?』


「うん、大丈夫」


 プルンも平気なのか、指示される前から分裂体を出し、ぷるんっと丸い塊を地面に転がす。


 それを見て、アマンダさんはニヤリと笑った。


「よし、じゃあやるよ、実験開始だ。ミルク、アンタは瘴気を操って、乗り移る手伝いをしてやりな」


「うん、わかった。いくよ、コーリオ」


『いつでもどうぞ』


 そう言って、コーリオの体から紫色に輝く瘴気が噴出し、骨の体が倒れる。


 溢れた瘴気を私が精霊眼の力で捉えて、プルンの分身体へと慎重に誘導してあげた。


「よい……しょっと」


 分裂体に、少しずつ入っていくコーリオの瘴気。

 やがて、青色だった分裂体が少しづつ紫色に染まっていき、ぷるぷるとした体が泡立ち始める。


 その間、アマンダさんはずっと魔道具で変化の様子を記録し続けていた。


「わわっ」


 やがて、コーリオの瘴気が全て分裂体に収まった瞬間、その体が爆発するみたいに大きくなる。


 すぐにアマンダさんが風の魔法で守ってくれたけど、特にそれが効力を発揮することはなく……大きくなった分裂体が、コーリオの骨の体を取り込んでいく。


 大きく膨れ上がった紫色の粘性体は、少しづつその大きさを縮め、骨の体を軸に人の形を取り──人とほとんど変わらない、肌色の肉体を構成し始めた。


「こりゃあ、驚いたね……」


 気付けば、そこに立っていたのは紫色の髪を持つ美青年。


 王冠とローブ以外何も着ていない、若き裸の王様がそこにいた。


「……これは、素晴らしいですね……まさかここまで自由の利く体になるとは。ははは、こうも見事に生前の姿を再現出来てしまうと、死ぬのがまた怖くなってしまいそうです。ミス・アマンダ、ミルク殿、感謝致します」


 その場に膝を突き、私とアマンダさんに礼をとるコーリオ。


 あまりにも一気に人間らしくなったから、私なんかはびっくりして何も言えなかったんだけど……アマンダさんは、すぐに気を取り直し、腕を掲げて……。


「《殴打風とびな》」


 いきなり魔法をぶっぱなしていた。

 なんで!?


「ごふぅ!? ミス・アマンダ!? 急に何をなさるので!?」


「まあ上手く行ったのはいいんだよ、実験成功だ、にしても……ミルクの前で汚いもん見せてんじゃないよ、時と場を考えな!!」


「いやいや、お待ちを、私にとってもここまでの変貌は予想外なわけでして、これは完全に事故でありますれば」


「事故だからって許されるわけないだろう? とりあえず去勢してやるから、そこに直りな」


「お待ちを!! ちょっとお待ちを!!」


 裸のコーリオを、アマンダさんが追いかけ回して魔法で吹っ飛ばそうとする。


 何とも言えない光景に苦笑していると、プルンがブレスレットから形を変え、その場でぐねぐねと人っぽい形を取り始めた。


「プルン、どうしたの?」


 しばらくそうやって変形を繰り返すんだけど、人っぽい形にはなれても、コーリオみたいな人そのものの形にはなれない。


 どこかしょんぼりした様子で元の丸い体に戻ったプルンを、私はそっと撫でた。


「大丈夫、すぐ出来るようになるよ」


 多分、分裂体で出来たことが、本体の自分に出来ないのが悔しいんだと思う。


 いつにも増して感情豊かなプルンを抱っこしてあげながら、私はコーリオとアマンダさんの大喧嘩(?)をのんびりと眺めていた。


 その後、騒ぎに気付いたネイルさんに二人揃って説教されたのは、言うまでもない。

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