第72話 お姫様とお礼
「……それでね、クロとラスターが……」
今日も今日とて、私はリリアの部屋でお喋りしていた。
お喋りと言っても、私が一方的に話し掛けて、リリアはそれに頷いたりするくらいのやり取りしかないんだけど……もう何日もこれをしている間に、リリアの魔力というか、意識? が私の方に向いてきてる気がする。
特にここ最近は、全然目も合わせてくれないのに、私の話はすごくしっかり聞いてくれてるのが分かって、なんだか可愛い。
「……それじゃあ、またね」
そうやって一通り話をしたら、程々のところで一度帰る。これを、最低でも一日に一回、時間が出来次第繰り返してる。
段々心を許してくれてる感じがあるけど、いつかは普通にお喋り出来たらいいな……そんな風に思いながら立ち上がると、私の服の裾を小さな手が掴み取った。
まだ行かないでと、そう言っているかのような行動に、私は目を丸くする。
「えと……その……」
喋った! リリアが喋った!
ゆっくりと、言葉を詰まらせながら、何とか自分の意思を伝えようとがんばってるリリアが、すごく可愛い。
可愛いから、しばらく見ていたいなってじっと見つめていると、リリアはそんな私から目を逸らして、もじもじと震え……。
「……パパのこと、助けてくれて、ありがとう……」
ついに、消え入りそうな声でそう呟いた。
……パパ?
「……コーリオのこと?」
「……(こくん)」
リリアが頷いたので、コーリオのことで合ってたみたい。パパって呼んでるんだ。
「私は何もしてないよ。お礼なら、アマンダさんに言ってあげて。それと、プルンにも」
コーリオは、アマンダさんのアイデアでプルンの分裂体に宿ることで、生前とほぼ変わらない見た目の体を取り戻した。
私も少し手伝ったけど、やれたことはあまり多くない。
そう思って、プルンをブレスレットから普通のスライム形態にして差し出すと、リリアは毛布の中から片手を伸ばしてプルンを撫でる。
「……でも、その……パパは、ミルク殿のお陰って、言ってたから……だから……」
「ふふ……わかった、どういたしまして」
がんばってお礼を伝えようとしてくれてるリリアに、これ以上遠慮するのも悪いと思う。
だから、素直にお礼を受け取ってリリアを撫でると、恥ずかしそうに縮こまり、ただでさえ小さな体がもっと小さくなった。
「えっと、ね……私、実は……生まれてからずっと、友達、いなくて……」
そこから、ポツポツとゆっくり語ってくれたのは、リリアのサーシエ王宮での暮らしだった。
王妃様はもう亡くなっていたらしくて、唯一の姫として可愛がられる毎日。
ただ可愛がられ過ぎて、みんな中々外に出してくれず……友達は一人もいなかったんだって。
「そんな時……戦争が起こったの」
王国と帝国の軍がぶつかりあった最前線が、サーシエの国内だったんだって。
たくさんの兵士や普通の人達がその戦いに巻き込まれて、命を落とした。
「それでね、レバン……家臣の一人が、私にも戦って欲しいって……私の魔法で、敵を怖がらせてくれるだけでもいいからって……」
「魔法……瘴気の?」
「……(こくん)」
リリアの魔法は、戦争が激化する中で急に目覚めたんだって。
瘴気を操り、アンデッドを生み出す不気味な力。
それまで可愛がってくれていた人達にも距離を置かれる中で、その力で敵を蹴散らせばまたみんなから愛されるようになるって囁いた人がいたんだって。
「でも、私怖くて、何も出来なくて……パパはそんなことしなくていいって、それは使っちゃいけない力だって、ずっと私を庇ってくれてたけど……最後は、私を地下に連れて行って……」
気付いた時には、もう全部滅びた後だったと、リリアは言う。
コーリオは、最後までリリアを守りたかったんだ……。
「だからね……国が滅びたのも、パパが死んじゃったのも、私のせいだと思ったの……私が、レバンの言う通りに戦ってたら……何か、変わったのかなって……」
リリアの力は、国一つをアンデッドの巣窟に変えて、王国も帝国も、十年間近付けなくさせるくらい強力なものだった。
それを正しく使えていたら、あるいはリリアの言う通り、国を守れていたのかもしれない……けど……。
……本当に、そうなのかな?
頭を過ぎるのは、私が“紅蓮の鮮血”に保護されてすぐの記憶。
みんな、国のためにお仕事がんばってたのに、町の人達は冷たかった。ただ、怖いからっていうだけで。
リリアがその力で国を守ったとしても……また可愛がって貰えたのかどうか、ちょっと怪しい。
それに、コーリオも……リリアが急に瘴気を操れるようになったことも、サーシエが戦火に巻き込まれて滅びたことも、何かおかしいって言ってた。
……リリアの言う家臣、レバンか……なんだか、怪しいな……。
でも、私はその場にいたわけじゃない。レバンっていうのがどういう人なのかも知らない。
だから……私に出来るのは、今リリアと一緒にいることだけだ。
「ごめんなさい……私のせいで……みんな……ミルクさんにも、迷惑を……」
「そんなことないよ」
自分を責め始めたリリアを、私は毛布越しにぎゅっと抱き締めた。
ラスターが私に、何度もそうしてくれたみたいに。
「私は、何があったのかよく知らないから……リリアの後悔をなくしてあげることは出来ないけど。でも……これだけは言えるよ」
すりすりと体を寄せて、私の気持ちをちょっとでも伝える。
普通の人は私みたいに、見ただけで相手の気持ちなんてわからないし……わかったとしても、こうした方が嬉しいのは、誰よりも私がよく知ってるから。
「私は、リリアと会えて良かった。これからも、もっと一緒にいて……仲良くなれたら嬉しい」
「っ……あ、えと……あぅ……」
言葉を詰まらせ、視線を彷徨わせるリリア。
何か言いたいんだろうけど、あまり焦らせるものでもないだろうと思って、落ち着くまでずっとぎゅっとしてる。
やがて、何とか口を開いたリリアは、まるで言い訳でもするみたいに一気に捲し立てていく。
「私はその、使えもしない力を持ってて、国を終わらせた王女で、大事なパパも助けてあげられなくて……だから、えっと……あ、ありがとう……!!」
これまで、拠点に来てからずっと被ったままだった毛布から完全に顔を出し、紫の髪が露わになる。
そのまま、私の体を慣れない動きで抱き返して、叫んだ。
「パパを、助けてくれて……本当に……ありがとう……!!」
さっきと同じ言葉。だけど、もう一度、しっかり理由と一緒に話したいくらい、リリアにとっては大事なことだったんだと思う。
だから私も、いちいちそんなことは指摘しないで、さっきと同じ言葉を、もっと大切に答える。
「どういたしまして、リリア」
こうして私は、ずっと塞ぎ込んでいたリリアと、ちょっとだけ仲良くなることが出来たのだった。
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