第70話 お姫様との雑談

『おおっ、ミルク殿、よくぞいらしてくれた』


「コーリオ、こんにちは。リリアの様子は?」


 クロに呼び出されて私が向かった先は、拠点に用意されたリリア用のお部屋。


 その入口で待っていたスケルトンのコーリオに尋ねると、少し困ったように骨だけの頬を掻いた。


『来たばかりの頃より、大分落ち着いてくれました。今なら、年齢が近く話しやすいミルク殿には、心を開いてくれるのではないか……と期待しているのですが……』


「大丈夫、任せて」


 どんと胸を叩いて、私は部屋の中に突入する。


 クロは「俺のツラなんて見たらお姫様がビビッちまうだろうよ」と言って外で待機してるので、私一人だ。


「お邪魔しますー……」


 部屋の中は、私と同じ間取りだけど……意外と片付いてる。というより、あまり物がない。


 リリアが使う部屋だって聞いて、私が片付けたあの日のまま、ほとんど変わってない気がする。


 ただ、唯一……ベッドの上だけは、毛布とシーツでぐしゃぐしゃに丸まった白い塊がそこにあった。


「こんにちは、リリア。……ご飯、ちゃんと食べてる?」


「…………」


 白い塊の中から、小さな目が二つ、ちらりと私の方を見た。


 溢れる魔力は、相変わらず瘴気そのもの。普通と違うから少し読み取りにくいけど、怒ってはいないみたい。


 一応、今は私の服の予備を着てるはずだけど……この状態だと分からないな。


「隣、座ってもいい?」


「…………」


 返事はない。でも、拒絶されてる感じはないから、そのまま隣に座った。


 少し気まずい沈黙が流れるけど、話し掛けるにもまだ警戒されている感じがあるから、少しタイミングを待つ。


 やがて、少しリリアの気が緩んだところで、当たり障りない会話を振ってみた。


「ご飯は、もう食べた?」


「…………」


 こくん、と小さな頷きが返ってくる。


 コミュニケーションを取ろうっていう意思はあるみたい。


「美味しかった?」


「……(こくん)」


「えへへ、だよね。カリアさんのお料理、私も好きだよ。特に、今日はハンバーグが美味しかったね」


「……(こくん)」


「実はね、私もカリアさんのお手伝いで、ちょっとだけ料理してるんだよ。今日のサラダは私が作ったの。がんばって作ったんだけど……不味かったらごめんね?」


「……(ふるふる)」


 そんな感じで、相槌と首を振るジェスチャーを使う、イエスノーだけの会話をしばらく続ける。


 少しは心を許してくれたかな? とは思うけど、急に近付き過ぎて嫌われたら元も子もないし、ちょっとずつ仲良くなろう。


「それじゃあ、今日はまだ私もお仕事があるから、またね」


「…………」


 返事はないけど、出来るだけ笑顔で手を振った私は、部屋を後にした。


 ドアの外にはコーリオと……クロもまだ待っててくれて、ちょっとびっくり。


「クロ、ずっと待ってたの?」


「ああ? 当たり前だろ、不安定なお姫様がもし暴れ出した時、誰がてめえを守るんだ」


「大丈夫だよ、リリアは悪い子じゃないから」


「暴走っつーのは本人の良い悪い関係なく起こるから暴走っつーんだよ。大体てめえはいつもお人好しが過ぎる、相手は国一つを十年もアンデッドの群れで埋め尽くしてたバケモンだぞ、いくらてめえの力もバケモンだからって、本人がそんな油断してると何かあった時……ってこら、ミルク、何笑ってやがる」


「えへへ、だって……クロは相変わらず、良い人だなって思っただけ。ありがと、クロ」


 クロは言葉選びは悪いけど、いつもこうやって私のことを心配してくれてる。


 そんなクロがいるから、私は自分のことを気にせず優しく出来るんだ……なんて言ったら、怒られちゃうかな?


 そう思っていたら、クロは照れくさそうに天井を見上げ、やがて大きく溜め息を吐いた。


「本当にてめえは……傭兵向いてねえよ……素直過ぎる……」


「大丈夫、私はカリアさんみたいな、みんなのお母さんを目指すから!」


「そういう問題じゃ……まあ、戦場でドンパチやるよりはマシか」


 ガシガシと頭を掻いたクロは、最後にずっと黙ってたコーリオをちらりと見る。


 にこにこと、どこか微笑ましげな雰囲気のコーリオに、クロはげんなりと肩を落とす。


「……まあ、精々早く良くなることを祈ってるよ。じゃあな」


 まるで、さっきリリアのことを悪く言ったお詫びとばかりにそう言って、クロが歩き去っていく。


 その後ろ姿を見送って、コーリオがボソリと呟いた。


『ミルク殿が傭兵に向いた性格の持ち主でないことは確かですが、彼もまた、元暗殺者の傭兵というには随分と心優しい青年ですね。死んでいった我が息子を思い出します。……あ、私も死んでいるのでした』


「コーリオ……」


『おっと、ミルク殿が気に病む必要はありませんよ。息子もまた、国や民、そしてリリアのために勇敢に戦い抜いたのです、悔いはないでしょう』


 リリアの力で、サーシエで死んだ人達の多くはアンデッドになったけど……コーリオみたいに、自我を残して活動出来るアンデッドは他にほとんどいない。


 リリアが瘴気の扱いをもっと上手になったら別かもしれないけど、コーリオはそれを望むつもりはないみたい。


 人のアンデッド化による蘇生は、やっちゃいけないことだから。

 もし出来るのだとしても、その選択肢を取るのはリリア自身が決めたことでないといけないって。


『もしリリアが、私を天に還すのが正しい道だと考えたなら、それもまた良し。どちらにせよ、あの子にとっては辛い選択になりますから……ミルク殿、どうかその時は支えてあげてください』


「うん、わかった」


 リリアを助けて、力になること。それが今の私の依頼だから、何としても成し遂げるよ。


 そう思っていると、廊下の奥から新しい声が割り込んできた。


「おっと、コーリオ、一つ勘違いして貰っちゃ困るが、傭兵への依頼には常に“報酬”ってもんが必要だ、分かるだろう?」


「あ、アマンダさん」


 にこにこと、何か企んでるのを隠そうともしていないアマンダさんが、コーリオの肩に手を回す。


 露骨な態度に苦笑しながら、コーリオは答えた。


『我がサーシエの王宮に残されていた財宝は差し上げましたが、足りませんでしたか?』


「ありゃあお姫様の生活費だろう? 護衛費用は別だよ」


『ふむ、何をお望みで?』


「決まってるだろう?」


 その言葉を待っていたとばかりに、アマンダさんの笑みが深まる。


「アンタらが持つ瘴気の力、アタイに研究させてくれ。ミルク、アンタも手伝ってくれるかい?」

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