第69話 足踏みマッサージ
「よいしょっ、よいしょっ」
サーシエでのお仕事から一ヶ月。私は“紅蓮の鮮血”の拠点で、穏やかな生活を送っていた。
コーリオやお姫様、それとオマケみたいについてきた暗殺者ギルドのトップや、元暗殺者の吸血鬼までいて、ネイルさんが卒倒しそうなくらいびっくりしてたけど、一ヶ月もすればさすがに慣れたみたい。
今じゃあコーリオが操るスケルトン達が拠点の家事をこなしてくれるから、私の仕事がだいぶ減っちゃった。
特に、吸血鬼になった暗殺者の二人とか、すごい働き者なんだよ。一体何をされたのか、グルージオを見る度に気絶するのが難点だけど。
だからこそ──私は今、新しいお仕事を見付けて実践してる。
「あ゛〜、いいぞミルク、その調子だ。もう少し強めに頼む」
「こう?」
「あ゛あ゛〜〜そうだ、最高だぞぉ」
「えへへ、よかった」
すっかり蕩けた(?)ダミ声を響かせるのは、私達の団長、グレゴリーさん。
ものすごく強いけど、歳が歳だからいつも腰痛に悩まされてるっていうグレゴリーさんのために、私がマッサージしてあげることにしたの。
でも、私の腕の力じゃ弱すぎたみたいで……考えた末、ベッドの上でうつ伏せになったグレゴリーさんの腰を踏んづけて、足踏みマッサージ? っていうのをしてるんだ。
刺激がちょうど良くて気持ちいいんだって。
「じゃあ、もっとするね。よいしょっ、よいしょっ」
ふみ、ふみ、ふみと、リズムよく踏んづけていく。
その度に、グレゴリーさんが「あ゛あ゛〜〜」って声を漏らすから、ちょっと面白い。
そんな感じで、どんどん足踏みマッサージを続けていると……隣から、急に声がした。
「巷で“紅蓮の死神”だなんだっつってビビり散らされてるこのジジイが、傭兵団の中じゃあこんなチビに踏まれて喜んでるなんて知られたら、大抵のヤツは腰抜かしそうだな」
「わわっ、クロ!?」
突然のことにびっくりして、バランスを崩す。
何とか立て直そうとフラフラしたけど、上手く行かなくて……そのままベッドから転げ落ちそうになったところを、クロに受け止められた。
「危ねぇな、しっかりしろよ」
「だって、びっくりしたんだもん。でも、ありがと、クロ」
そのまま降ろされるかと思ったけど、クロは私を抱っこしたまま離そうとしない。
何かを期待するような、迷うような複雑な気持ちに揺れるその魔力に首を傾げていると、よっこらせとグレゴリーさんが体を起こす。
「なんだクロ、お前もミルクに踏まれたいのか?」
「バッ!? ちげーよ、クソジジイ!! つーか踏まれたいってなんだ、もう少し言葉選びやがれ!!」
「選ぶも何もそういうことだろう。カリアやアマンダならともかく、お前のような若造にマッサージが必要とも思えんしな。大事な大事なミルクが俺に独占されて羨ましくなったんだろう? ん?」
「こ、このクソジジイ……!! いつか絶対ぇぶっ殺してやる……!!」
ニヤニヤと楽しそうに話すグレゴリーさんに、クロは恥ずかしそうに顔を真っ赤にして反論した。
クロ、グレゴリーさんのことクソジジイって呼んでるし、口ではぶっ殺すって言ってるけど、心の中ではちゃんと信用してるのがちゃんと視えてる。
クロは素直じゃないんだよね。しょうがないなぁ。
「ダメだよクロ、そんなこと言っちゃ。ちゃんとグレゴリーさんのこと大好きって正直に言わなきゃ、誤解されちゃうよ?」
「はあぁぁぁぁ!? てめえミルク!! てめえはてめえで何言ってやがんだ!?」
それまでよりも更に真っ赤になった顔で、クロは私に詰め寄ってきた。
グレゴリーさんは意外とも思わなかったのか、ずっとニヤニヤしてる。
「大丈夫、私は全部わかってるから。クロが本当は優しいのも、みんなのこと好きなのにツンツンしちゃって、後で一人になった時ちょっぴり落ち込んでるのも、全部」
「ほほう、それはいいことを聞いたな、後でガキ共に教えてやらんと」
「やめろクソ共がぁぁぁぁ!!」
お仕置きだゴラァ! と、クロが私のほっぺをぐねぐねと引っ張り始める。
あうー、とされるがままになっていると、グレゴリーさんがお腹を抱えて笑い出す。
「がははは!! 仲が良くていいことだな。それで、クロは何しに来たんだ? まさか本当にミルクに踏まれたくて来たわけじゃあないだろう? ……多分」
「踏んで欲しいなら、いつでも踏むよ?」
「ちげーよ!! ジジイの言う通り、用があって来たんだ。ミルクにな」
「私?」
なんだろう、と首を傾げると、クロは少しだけ真面目な表情になって言った。
「ほら、お前が連れてきた骸骨がいるだろ、アイツが呼んでたぞ。お姫様のことで相談があるんだとよ」
「コーリオが、リリアのことで?」
リリアは、私との戦いの後、ずっと気を失ったままだったけど、拠点に連れてきて一週間くらいで目を覚ました。
ただ……やっぱり、急に知らないところに連れてこられて、知ってる人ももうみんないなくて、お父さんのコーリオもスケルトンになってて……色々と衝撃が強すぎたんだと思う。ずっと部屋に閉じこもって、なかなか出てきてくれなかった。
そんなリリアのお世話は、ずっとコーリオがしてくれてたんだけど……何かあったのかな?
「わかった、行ってみるね。ありがと、クロ」
「連れてきたのはてめぇだからな、ちゃんと世話してやれよ」
「うん! クロも、また今度踏んであげるね」
「だから、それはちげぇって言ってんだろ!?」
連れてきた子はちゃんと世話してやれよって言うから、遠回しに自分のことも言ってるのかと思ったけど、怒られちゃった。
でも、やっぱりやって欲しそうだったし、今度こっそりやってあげよう。
そんな風に思ってたら、後ろで笑い過ぎたグレゴリーさんがまた腰を痛めてるのを見て、思わず苦笑する。
アンデッド達で仕事が減ったと思ってたけど……まだまだ、私の仕事は減らなさそう。
「それじゃあ、後でね」
そう言って、私は部屋を後にするのだった。
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