第68話 “裏”の目的
『……なるほど、暗殺者ギルドはトップの捕縛で完全崩壊、“紅蓮の鮮血”は無傷のまま……死の国の王女を連れ帰りましたか。まあ妥協点と言ったところですね』
「はっ、申し訳ありません」
アルバート王国某所にて。王国の裏社会に通じる顔役とも呼べる男──レバンは、通信魔道具に映る人物へ頭を下げた。
人物と言っても、その映像はわざと作られたノイズによってハッキリとした実像を結んでおらず、声も男のものであるか女のものであるか、いまいち判然としない。
自らの上官とも言えるその存在に、最大限の謝罪の意を示すレバンを、通信相手は構わないと制止した。
『暗殺者ギルドを完全に潰せたというだけで上出来ですよ。これで、王国の裏社会にとても大きな空白が出来た……それこそ、我々が容易に食い込めるほどに』
レバンと彼の所属組織にとって、“紅蓮の鮮血”へ痛手を与えるというのは、出来たらいいなという程度のサブミッションでしかなかった。
一番の目的は、アルバート王国内部に足掛かりを作るため、その裏社会を破壊すること。
王国全土を裏側から蝕み、いずれ表から彼らの祖国……カテドラル帝国が侵略するための前哨戦だった。
『サーシエの地が予想外の事態で使えなくなってしまってから十年、やっと計画を再開出来る。我らが皇帝陛下もお喜びになるでしょう』
「では、いよいよ侵攻を開始するのですね?」
その日を待ち望んでいたレバンは、命令が下るのを今か今かと待ちわびるかのように食い気味に尋ねる。
しかし、返ってきた答えは彼が期待するようなものではなかった。
『いえ、それはまだ早い。皇帝陛下のお体が優れませんから、まずはサーシエの地で実験をしつつ、延命治療です。ようやくあの王女の支配から解放された大量の瘴気、何を差し置いても利用しなければ』
「……そうですか」
『そう落ち込む必要はないですよ。今回はさほど長くありませんし、どちらにせよ下準備にはもう少し時間がかかるのですから。あなたにも引き続き、王国内での工作をよろしくお願いしますよ』
肩を落とすレバンに、通信相手は励ますようにそう言った。
『全ては、我が祖国のために』
「我が祖国のために」
その言葉を最後に、通信が切れる。
誰もいない部屋で一人となったレバンは、深い溜め息を溢した。
「仕方がないことだと分かっている。この作戦は元々、陛下の願いを叶えるためというのが建前ですからね」
レバンは王国の裏社会に根を張り、表でもそれなりに名が売れている。
しかし、彼の出身地は王国ではない。
アルバート王国に隣接し、長らく宿敵として争い続けてきた国──カテドラル帝国だ。
「ですが、やはり……あと一歩というところで待ちぼうけというのは、なかなかもどかしいものがありますね」
カテドラル帝国の最終目標は、アルバート王国の滅亡と併合だ。
そのために、軍の侵攻ルートとして便利なサーシエ王国を滅ぼし、王国へ送り込んだレバンのような人間に工作を働かせることで、少しづつその社会に根を降ろしてきた。
近頃生じたばかりの、王国西部における“龍笛”の騒動もまた、帝国で生産されたものが流れ込んできた結果起こった事件と言える。
しかし、レバン自身の目的は、帝国のそれと似ているようで微妙に異なっていた。
彼の目的は、復讐。
遠い昔、自らの故郷を焼いた王国を滅ぼすことが出来るのであれば、後のことはどうでも良かった。
「あと少し……あと少しの我慢で、仇を討ってやれる。待っていてくれ、ニンフィア……」
レバンが胸ポケットから取り出したのは、魔法によって撮られた一枚の写真。
そこに映っていたのは、見目麗しい一人のエルフだった。
「私達家族の恨み、存分に叩き付けてやりましょう」
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