第66話 贖罪のお説教
私達が到着した時、グルージオは男の人を殺す寸前だった。
……悪い人だし、私にとっても特に守る理由なんてない。
それでも……グルージオにはこれ以上、誰かを殺させちゃいけないと思ったんだ。
「お、お前……なんで生きて……!? 俺が殺したはず……!!」
「……? あんなので、死ぬわけないでしょ?」
同じこと、“鮮血”の誰にやっても死なないと思う。
だから、これくらい普通だ。
「っ〜〜!! くそっ、化け物め!! “鮮血”にはこんなのしかいないのか!?」
「えへへ……ありがと」
「なぜ喜ぶ!?」
なんでって、ずっと足手まといだった私が、いつの間にか同じ化け物って言われるくらいになってたんだから、嬉しいに決まってるよ。
でも、今はそんなお喋りしてる場合じゃない。
「お仕事は終わったよ。帰ろ、グルージオ」
「ウゥ……ウオォォォ!!」
私が話し掛けて少しだけ止まってくれたけど、すぐにまた動き始めた。
私の後ろにいるこの人を殺そうとして……それ以外、何も見えていないように思える。
「プルン!」
そんなグルージオの動きを封じるため、プルンを纏わりつかせる。
物理攻撃がほぼ効かないスライムにくっつかれて、グルージオの動きが少し鈍った。
「……えいっ!!」
振り下ろされる拳に、私は精霊眼で干渉、横に逸らす。
グルージオの力は魔法じゃないけど、その体のほとんどがプルンと同じ、高密度の魔力だってことは知ってる。
レイス相手にもやれたし、一度は剥離実験で“触って”るんだから、少し攻撃を逸らすくらい私だって出来る!
「ひいぃ!?」
狙いが逸れたグルージオの拳が地面を砕き、その衝撃で男の人があっさり吹っ飛んでく。
国内の暗殺者でも、かなりトップクラスの人間なんじゃないかって聞いてたけど……本当かなぁ? クロより弱そう。
「コーリオ、その人お願い」
『任されましょう』
私が呟くと、どこからともなく聞こえてきた不気味な声と共に、吹き飛んだ男の人が地面から生えたスケルトン達に捕まり、そのまま地面に引きずり込まれていく。
もし危ない人がいたらコーリオに保護(捕獲?)して貰うって、ここに来るまでに決めておいたんだ。
「いやだ、離せ!! だ、誰か、助けて、助け……アァァァァ!!?」
ものすっごい怯えた悲鳴が聞こえてきたけど、本当にこれが一番安全なの。我慢して欲しい。
ともあれ、これで後はグルージオだけだから、上手く落ち着けるだけだ
「えいっ!」
ひとまず、これまで何度もやって来た血の魔力で落ち着くかどうか試してみる。
でも、グルージオはそんなんじゃあもう止まらなかった。
「いい加減落ち着きなっ、このドアホ!!」
「グアァ!?」
そこへ、背後からアマンダさんが強襲し、ものすごい暴風でグルージオを上から押さえ付けた。
そんな状態でも強引に動こうとするグルージオを、どこからともなく現れたラスターが横から斬りつける。
「安心しろ、峰打ちだ」
「ウオォォ!!」
ラスターの姿が消えては現れ、いくつかの残像になってグルージオの体を剣で叩いてる。
グルージオの動きが限界まで鈍り、意識さえラスターが引き付けてくれた。
今が、チャンスだ。
「グルージオ……!!」
プルンの体を伸ばし、グルージオの体に巻き付けて一気に縮める。
一瞬で懐に飛び込んだ私は、グルージオの首に組み付いて、その顔を真っ直ぐ覗き込む。
「私を……視て!!」
さっき、お姫様を洗脳から助けたことの応用だ。
心に作用する魔法を再現して、私の心とグルージオの心を繋ぐ。
外からの干渉で暴走を止められないなら……心の奥から、グルージオを引っ張りあげる……!!
「《
その瞬間、私の意識は闇に沈んで行った。
「……んぅ? ここは……?」
気が付けば、私は燃える町の真ん中にただ一人、ポツンと突っ立っていた。
ここが、グルージオの心の中……なのかな?
こういうのは初めてだから、よく分からない。
「…………」
初めて来る場所。初めて見る景色。
たくさんの人が暮らしていたと思われる建物は、そのほとんどが崩れ落ちて、そこかしこに物言わぬ死体が転がってる。数え切れないくらい、本当にたくさん。
“何か”の理由で、滅びた町。
サーシエとはまた違う、強い悲しみが炎となって渦巻くその場所を、私は何となく……導かれるように歩き出す。
しばらく進むと、その先で暴れるグルージオを見付けた。
「ウオォォ、ウオォォォ!!」
叫びながら、次から次へと残った建物を破壊していくグルージオ。
その姿は猛獣みたいで、確かに恐ろしいけど……それ以上に、深い悲しみに包まれていた。
だからこそ、分かる。
グルージオは、理性を失ってただ暴れてるんじゃないってことが。
意識がなくなって、体が勝手に動く中でも、ずっと……この燃える町の中で、生存者を探して駆けずり回ってるんだ。
「グルージオーー!!」
力の限り叫ぶと、グルージオがその動きを止める。
ゆっくりと振り返ったその姿は……なんでだろう、いつもよりずっと小さく見えた。
それこそ……私と同い歳くらいの、男の子に。
「ミルク……どうして、ここに……」
「グルージオを迎えに来たの。依頼も終わったから、帰るよって。ほら、行こう?」
「…………」
手を差し伸べるも、グルージオは動かない。ただじっと、この滅びた町の景色をじっと見つめていた。
「……ここは、俺の故郷だ……みんな、良い人ばかりだった。大切な人も、たくさんいた。なのに……俺が、全てを壊してしまった……」
グルージオが、自分の罪を自白するように語り出す。
まるで、誰かに裁いて欲しいって……そう願うみたいに。
「俺は、生きているべき人間じゃない。ずっとそう思いながら……俺を殺せる人間を探し続けて、気づけばここまで来てしまった」
自嘲するような笑みと共に、グルージオが私の前に来る。
その手に、鋭く尖った木材の破片を持って。
「ミルク……この世界でなら、お前は……俺を、殺せるはずだ。頼む……俺が、これ以上何の罪もない誰かを殺してしまう前に……終わらせて、くれ……」
そんな願いと共に、私は木片を手渡された。
この尖った先端をグルージオの首にでも突き刺せば、確かに殺せるのかもしれない。理屈じゃなくて、何となくそうだって分かる。
だからこそ、私はそれを大きく振りかぶって……遠くに、思い切り投げ捨てた。
「いい加減に、しなさい!! グルージオの、バカ!! そこに、正座!!」
「ミ、ミルク……?」
「正座!!」
「お、おう……」
我慢出来ずに怒鳴り散らすと、グルージオは私の態度に戸惑いながら、その場に正座する。
仁王立ちする私より、低い位置に来たグルージオの頭を、私は思い切り引っぱたく。スパーンって。
「グルージオは、死にたい死にたいってそればっかり!! そんなしょーもないことばっかり考えてるから、こんな簡単なことにも気付けないんだよ!!」
「しょうもなくは……それに……気付いてない、とは……?」
「グルージオは、誰も殺してなんかない!! そんなの、この町を見ればすぐに分かるよ!!」
「は……!?」
よっぽど予想外だったのか、グルージオが目を見開く。
そして、有り得ないとばかりに首を振った。
「どうしてそうなる!? 見ろ、この燃える町を、たくさんの死体を!! ここにいたのは俺だけだ、どう考えても……!!」
「
「……!?」
たった今気が付いたとばかりに、グルージオが愕然とする。
私はまだ、グルージオとの付き合いはそんなに長くない。けど、今回の依頼でずっと一緒に行動してたから、その強さはよく分かってるつもりだ。
そんなグルージオが、暴走状態で普通の人を殺して、人だって分かるような原形が残るわけがない。もっとぐちゃぐちゃになってなきゃおかしい。
でも、ここにある死体はみんな綺麗だ。
それこそ、パッと見では死んでるって分からないくらい、全部。
「この光景が、本当にグルージオの記憶にあった故郷の姿なら、犯人はグルージオじゃない。他の誰かだよ」
「そんな……そんなことが……いや、だが……」
ずっと自分が犯人だと思っていたことが、そうじゃないかもしれないと言われて、混乱してるみたい。
そんなグルージオの心の乱れに合わせて、世界の景色も歪んでいく。
世界が完全に崩れ去る前に、私はグルージオの顔を抱き締めた。
「他の誰がなんて言っても、私はグルージオを信じてるよ。暴走しても、理性を失っても、グルージオは関係ない人を巻き込んで殺すような人じゃない。グルージオはとっても優しい、“鮮血”の仲間だって」
「あ……ああ……」
「だからね、グルージオ。もう自分を責めないで。もっと自分に優しくして。そうしないと、私が何度でもお説教しちゃうからね!」
「めっ!」って。
そう伝えると、グルージオの眼に、これまで一度も見ることがなかった大粒の涙が浮かび、ポロポロと零れ落ちていく。
「俺は……生きても、いいのか……?」
「当たり前だよ」
「仲間と……一緒にいても……いいのか……?」
「いいの。グルージオが許してあげられないなら、私が許してあげる」
にこりと笑いかけながら、私はグルージオを撫でてあげた。
ラスター達がいつもしてくれてるみたいに、優しく。
「だから……これからはもっと、みんなで幸せになろうね、グルージオ!」
そんな私の一言で、グルージオは滝のように涙を流して号泣し──
崩れ落ちていく世界の欠片は、そんなグルージオの変化を喜ぶように、輝いて見えた。
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