第63話 姫君救出

『さて、助けるとは言ったが、どうするつもりだ?』


「大丈夫、考えがあるの」


 コーリオの予想では、リリアは操られてるって話だったけど……こうして対面すると、確かに正気だとは思えない。


 目の焦点が合ってないし、いくらなんでも魔力……瘴気に感情がなさすぎる。


 魔力に感情が漏れないくらい完璧に制御してる人っていう意味なら、アマンダさんや侯爵様がいたけど……あの二人はあくまで、制御しきってるからこその“不自然な”揺らぎのなさがあった。


 でも、リリアは違う。

 ちゃんと揺れてる。攻撃の度に膨らんで、息継ぎのために小さくなって、何なら私よりも下手っぴだ。


 それなのに、感情だけがどこにもない。こんなのおかしい。


 だからまずは……。


「リリアに近付いて、私の力であの子を操ってる魔法を解除する。手伝って」


『任されよう』


 ブレイドラが咆哮し、低空飛行しながらリリアに突っ込んでいく。


 たくさんのアンデッド達が群がってくるけど、グルージオが押さえてくれてる吸血鬼ほど強くない。


 このまま押し切れる──と思ったら、スケルトンやグールに紛れて、実体を持たないレイスが襲いかかって来た。


「わわっ!?」


 ブレイドラの体当たりじゃ、レイスは倒せない。


 対処方法が分からなくて、慌てて回避しようと身を捻ると、その勢いでブレイドラの背中から転がり落ちた。


「プ、プルン!」


 プルンの体で自分を包んで、落下の衝撃を抑える。


 辺り一面、アンデッドだらけの地面に着地。


 ブレイドラは多分まだ私が落ちたことに気付いてないから、戻ってくるまではがんばろう。


「プルン、やるよ」


 四方八方、どこを見てもアンデッドだらけ。


 そんなアンデッド達に向かって、腕を一閃。それに合わせて、プルンの体が変形する。


 薄く、鋭く、どこまでも長く──刃物みたいに。


「《魔翔剣ましょうけん》……なんちゃって」


 ラスターみたいな、斬撃を飛ばす魔法とはちょっと違う、プルンの体を刃物に見立てて振り抜く私達の新しい攻撃。


 それによって、アンデッド達がバタバタと倒れていく。


 ただ、この攻撃じゃレイスはどうしようもない。

 向かってくるレイスをひらひらと避けながら、どうしようかと迷う。


『すまん、落ちていたのに気付くのが遅れた』


「ブレイドラ!」


 レイスの集団だけじゃなく、復活したスケルトン達までもう一度群がりつつあったタイミングで、ブレイドラが戻ってきた。


 プルンを伸ばしてもう一度乗り込むと、ブレイドラは急上昇してレイスを振り切る。


『ミルクよ、レイスは実体を持たないが故に攻撃の殆どが通じないが、その体を構成しているのはスライム同様、ほぼ魔力だ。お前の力で支配出来る故、恐れる必要はない』


「なるほど」


 スケルトンやグールは無理だったから、無意識に出来ない物だと思ってた。


 でも、確かにプルンの体は制御出来るんだし、レイスが出来ない理由はないよね。


『もう一度、今度は一気に行くぞ。振り落とされるなよ』


「うん!」


 プルンで体を固定して、ブレイドラの加速に耐える。


 アンデッド達はブレイドラが全部弾き飛ばしてくれるから、後はレイスだけ。


「えいっ……!!」


 眼の力を使ってレイスに干渉し、その体を構成する瘴気を霧散させる。


 けど、やっぱりプルンみたいに無防備ではいてくれないからか、制御を乗っ取るのが結構大変。


 しかも、その敵が一体や二体じゃなく、たくさんいるし……その奥から、リリアが次々と瘴気の閃光を放ってくる。


 ブレイドラは無理でも、私を落とせば手出しされないって気付いたのか、狙われるのは私だけだ。


「っ、くぅ……!」


 このままじゃ対処しきれない。

 攻撃の方をプルンにある程度防いで貰いながら、私はひたすらレイスの霧散に尽力する。


 もっと早く、もっと、もっと!!


『行け、ミルク。周囲の掃討は任せろ』


「うん!!」


 今度こそ、大量のアンデッド達の群れを抜けてリリアのところまでやって来た私は、すぐにプルンの体を巨大化させて、私とリリアを包む大きなドームになって貰う。


 更に、属性を水と氷に変更、熱への耐性を限界まで引き上げる!


『ギャオォォォ!!!!』


 大空で、ブレイドラの灼熱の魔力が迸る。


 プルンがギリギリ耐えられる熱量で放たれた炎球が地面を舐め、辺り一面を火の海へと変えた。


 スケルトンも、グールも、レイスさえも関係なく焼き尽くされる、紅蓮の炎。


 グルージオは大丈夫かなって心配になるけど、私でも大丈夫なのにグルージオが死んじゃうわけがないって思い直す。


 こうなったら、後はリリアとの一騎打ちだ。


「…………」


 すぐに、リリアが追加のアンデッドを召喚しようと手を上げる。けど……。


「させない……!!」


 ドーム状になったプルンの体が変形して、リリアの手足に絡み付き、拘束する。


 僅かに生じたその隙を突いて、私は一気に飛び掛った。


「えい……!!」


 リリアの体を抱き締めて、ほとんど零距離で見つめ合う。


 その瞳の奥深くに渦巻く、リリアとは違うその魔力を、私の力で引っ張り出す……!!


「これで……終わり!!」


「あっ……」


 あれだけ暴れていたリリアの瘴気が霧散して、落ち着きを取り戻す。


 そのまま、血みたいに真っ赤な服も一緒に霧散していっちゃったから、慌ててプルンの分裂体を服代わりにして包んであげた。


 その上で、大して怪我もなくしっかり呼吸してるリリアを見て、私はホッと息を吐いた。


「……終わったか、ミルク……」


「グルージオ……うん、大丈夫」


 いつの間にか、すぐ近くにグルージオが来ていた。


 私は依頼を達成した喜びのまま、すぐに振り返って……あれ? と、違和感を覚える。


「……あなたは……誰……?」


「ミルクッ……!! そいつから、離れろッ……!!」


 私の呟きとほぼ同時に、遠くから声がした。


 もう一人、全く瓜二つのグルージオがこっちに走ってくるのが見えて──その直後。


 私の体を、鋭利な刃物が貫いていた。


「え……あ……」


「まさか、掛かったのがこのチビだとは思わなかったな。猛獣の方を殺すために罠を張っていたんだが……まあ、“鮮血”の一員には違いない以上、面目は立つか」


 目の前のグルージオの体がぐにゃりと歪み、全くの別人に切り替わる。


 グルージオに化けてたんだ、と気付いた時には、もう私の体が崩れ落ちていた。


「キ……キサマァァァァ!!!!」


 今まで見てきた中で、一番大きくて強い怒りの感情を爆発させて、グルージオが突っ込んでくる。


 私を斬った男は、そんなグルージオを見てフンと鼻を鳴らす。


「まあいい、ここまで理性を飛ばした獣相手なら、あるいは殺れるかもしれん。ついてこい」


「グオォォォォ!!!!」


 知らない男とグルージオが、目にも止まらない速さで荒野を駆け抜け、ぶつかり合う。


 そんな光景を見送りながら、私は途切れそうになる意識を必死で保ちながら手を伸ばした。


「プルン……来て……」


 ドーム状の体を元に戻したプルンが、私の手に収まったのを確認して、何とか傷口に押し当てて。


 私の意識は、そこで途絶えた。

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