第62話 騎龍少女

『おお……! まさかこの目で炎龍を見る日が来ようとは……存外、一度死ぬのも悪くないものですな』


 突然大空に飛来した真紅の龍に、コーリオが感嘆の息を漏らす。


 その一方で、指先にはしっかりと魔力を凝縮し、空に浮かぶ炎龍へと向けられている。


『このままじっくりと炎龍の勇姿を眺めていられれば良かったのですが、生憎と今の私には戦うことしか出来ません。ご容赦を』


 紫の極光が宙を裂き、炎龍に直撃する。


 けれど、炎龍はそんな攻撃関係ないとばかりにスルーして、私の方に目を向けた。


『さて……こちらもゆっくりと旧交を温めたいところだが、あまり悠長に構えていられる状況でもなさそうだな。さて、ミルクだったな、お前は我に何を望む?』


 旧交も何も、初対面なんだけど。

 そう思ったけど、今はそんなことどうでもいい。


 私はプルンの体を伸ばして、グルージオと一緒に炎龍のところまで引っ張り上げて貰う。


 背中……首の後ろ? のところに乗った私は、炎龍にお願いした。


「助けたい子がいるの。力を貸して、炎龍さん」


『いいだろう。それと、我のことはブレイドラと呼ぶがいい。お前にはその資格がある』


「分かった。行こ、ブレイドラ」


 あっち、と指差すと、ブレイドラは翼を広げて瘴気の中心へ飛んで行こうとする。


『させませんぞ』


 さっきと同じように、死者の手を足場にしたコーリオが進行方向に立ち塞がる。

 無数の手を重ね合わせ、ブレイドラよりも大きな手のひらで、もう一度私達を叩き落とそうとしてるみたい。


 そんなコーリオと私達の間に、五つの剣閃が煌めいた。


「《魔翔剣ましょうけん・五連》!!」


 ラスターが放った魔法の斬撃が、コーリオの魔法を細切れにする。


 続けて飛び上がって来たアマンダさんが、さっきのお返しとばかりに魔法を放った。


「《爆裂嵐ぶっとべ》ぇ!!」


『むむっ……!?』


 強烈な嵐が爆弾みたいに破裂して、切り刻まれた死者の手もろともコーリオを地上に叩き落とす。


 これで、ブレイドラの前を阻むものは何もない。


「ラスター、アマンダさん、ありがと!!」


「これくらい問題ない、すぐに追いかけるから待っていろ」


「気を付けて行ってきなよ、怪我しないようにね」


「うん!」


 短い挨拶を済ませる間に、ブレイドラが一気に加速した。


 元々そんなに広くないサーシエの町を一瞬で横断して、瘴気の中心地……広い荒野みたいな場所に辿り着く。


 そこには、血みたいに真っ赤なドレスを纏う女の子と、女の子に侍る二人の男がいた。


「…………」


 女の子……サーシエのお姫様であるリリアは、私達を見ても何も語らない。


 ただ呆然と空に浮かぶ私達を見るその瞳には光すらなく、纏う瘴気からも何の感情も読み取れなかった。


「リリア! 聞こえる!?」


「…………」


 呼びかけてみるけど、反応はない。


 代わりに、スッと指先を掲げ……瘴気を凝縮した紫電の閃光が、私達目掛けて飛んできた。


「っ、止まって!」


 すぐに精霊眼の力で制御を奪い、魔法を霧散させる。


 ホッとしたのも束の間、次はリリアに侍っていた二人の男が飛び上がり、向かってきた。


 人の体では有り得ない、血みたいな魔力で固められた翼を広げて。


「俺が……押さえよう……」


「グルージオ!?」


 そう言って、グルージオが迫り来る男達……よく見れば、コーリオのところで召使いをしていた暗殺者二人へ向かって身を投げた。


 空を飛ぶ魔法が一切使えないグルージオには、あまりにも高すぎる場所。


 でも、そんなの関係ないとばかりに、グルージオはその両腕で男達を捉え、地上へ真っ逆さまに落ちていった。


「ウオォォォォ!!」


 大きな衝撃と土煙を撒き散らしながら、グルージオが地面に落ちる。


 けれど、グルージオだけは無傷のまま、両腕に衝撃で潰された男達の血をべっとりとつけて……やがて、その血から生えてくるみたいに、男達の体が再生していった。


 構わずグルージオが殴り飛ばすけど、本当に一瞬で再生していくその速度は、他のアンデッドの比じゃない。


「なに、あれ……!?」


『あれはアンデッドの最上位種、吸血鬼ヴァンパイアだな。我の敵ではないが、これほど瘴気に満ちた場では無限に再生するだろう。あの娘をどうにかしない限り、キリがないぞ』


 故に、とブレイドラがリリアに目を向ける。


『まずはアレを滅ぼさなければならないだろう』


「ダメ! 私はあの子を助けに来たの!」


 確かに、あの子を殺せば依頼は終わりだ。

 瘴気は消えるし、それに合わせてアンデッド達だっていなくなる。


 でも……それじゃあダメだと思う。


「リリアを助けて欲しいって、私はコーリオに頼まれた。“依頼”を受けたの。だから私は、絶対あの子を助ける。私は、傭兵だから!」


 傭兵は依頼のために命を懸けるものだって、ラスター達から教わった。


 それが今だって、そう叫ぶ私に、ブレイドラはどこか楽しげに吼える。


『その純粋な眼差し、やはりあの者の子孫だな……気に入ったぞ』


 翼を広げ、ブレイドラが全身に魔力を滾らせる。


 それに対して、リリアもまた瘴気を束ね、そこら中から大量のアンデッドを召喚し始めた。


『我の力、お前の願いのままに存分に使うがいい』


「うん、ありがとう、ブレイドラ!」

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