第60話 洗脳
「こいつが、瘴気の元凶だというサーシエの王女か……? そんな力があるようには見えないが」
「自分にも分かりかねますが、あのアンデッド達の言葉を信じるなら間違いないかと」
ミルクを狙うフリをすることでまんまと王女リリアの身柄を確保した暗殺者は、早速カイゼルの下へ運び込んだ。
鮮やかに染まった紫紺の髪。
一糸まとわぬその体には傷一つなく、十年間もの長きに渡ってこの地獄のような環境にいたとはとても思えない。
そんなリリアは、自身の姿に羞恥を覚えるでも、自身を連れ去った暗殺者に何かを言うでもなく、ただボーッと虚空を見つめている。
目覚めたばかりで、意識がハッキリしていないのかもしれない……カイゼルはそう考えた。
「まあいい、試せばすぐに分かることだからな。それよりも……今は、そこの二人だ」
カイゼルに水を向けられ、ビクリと震える二人の人物。
コーリオに捕まり、ラスターやミルクの尋問にあって、何の抵抗も出来ずに結果として仲間を売ることになった、情けない暗殺者達。
リリア誘拐のどさくさに紛れて救助……否、連行された彼らは、カイゼルの放つ威圧感を前にして、まるで蛇に睨まれた蛙の如く縮こまっていた。
「さて、お前達……一応、言い訳を聞こうか?」
「じ、自分達は、やれる範囲で全力を……」
「ただ……相手が悪く……」
「ふむ、そうだな。お前達では、あの状況でどうあっても一矢報いることすら出来なかっただろう。それに、お前達の働きがなければ、この王女の存在に気付くことが出来なかったのも事実」
「で、では……」
「そうだな。あっさりと捕らえられ、任務から脱落したことについては不問としよう」
「あ、ありがとうございます」
カイゼルの温情に、二人の暗殺者は深々と頭を下げる。
何とか生き残れたと、そう安堵した瞬間──彼らの胸を、魔力の弾丸が貫いた。
「かはっ……!?」
「な、なぜ……!?」
「なぜ? 決まっている。任務の失敗は大目に見てやるが……仲間の情報を漏らしたことは看過出来んというだけだ。どうやっても情報が抜かれるというなら、その場で自害するべきだった。お前達には暗殺者としての覚悟が足りん」
とめどなく血が溢れ、命が失われていく男達に近付き、低い声色で淡々と告げる。
「人殺しが、一丁前に自分の命だけ大切にするな。“それ”は、俺が有効に使ってやる」
「うっ……ぐぅ……」
「あぁぁ……」
やがて、二人の暗殺者達は事切れ、地面に倒れた。
つい先程まで仲間だったはずのそれを無感情に見下ろしながら、カイゼルはリリアの方に向き直る。
「うっ……あっ……あぁ……」
すると、先程までぼんやりとしていた目に確かな恐怖の色が灯り、震えていた。
「ふむ、ようやく意識がハッキリしてきたようだな」
これなら使い物になるだろうかと、カイゼルはほくそ笑む。
「パパ、どこ……? ここは、一体……?」
「ここはサーシエ、お前の国だ。既に滅びた、な」
「……え……?」
辺り一面の寂れた廃墟を見て、リリアは限界まで目を見開く。
そんな彼女に、カイゼルは容赦なく事実を突きつけた。
ほんの僅かに、脚色を加えながら。
「お前の国は既に滅び、生き残ったのはお前だけ。何らかの魔法で時間を止め、自分一人だけが生き永らえたのだ」
「そんな……嘘……」
絶望に暮れ、頭を抱えて蹲る。
カイゼル達には分からないだろうが、この場にもしミルクがいたならば、ハッキリと視えたことだろう。
リリアの感情の昂りに合わせ、その小さな体から溢れる瘴気が、際限なく増加し続けていることに。
「パパは……パパもいないの……? 私が、私のために、パパが一人で……私が、戦わなかったから……? 私の、せいで……」
「
「ぁ……」
弱り果てた幼い少女の頭を掴み上げ、カイゼルがその瞳を覗き込む。
自らの言葉に、眼差しに魔力を込め、リリアの耳と目から不気味な魔法を侵食させていく。
「
「いや……やめて……」
「
リリアの瞳から、光が失われていく。
目覚めたばかりで右も左も分からない少女に、自らの都合の良い事実を教えこみ、そして──小さな救いを用意する。
「
「て……き……」
「
カイゼルの言葉を全て刻み込まれたリリアの瘴気は、明確な指向性を帯びる。
これまでの、ただ漠然と本能のままに自分の身を守るための“従者”ではない。
自らの敵を滅ぼすための、“暴力”を産み出すために。
「国を……パパを……みんなを殺した、敵……“紅蓮の鮮血”を……殺す……」
死した二人の暗殺者に瘴気が入り込み、その肉体をアンデッドとして作り替えていく。
これまでのような、見た瞬間にアンデッドと分かるような下級の存在ではない。
生前と同じ能力と思考を持ち、不死の属性と無限に等しい魔力供給を受ける上級アンデッド、“
「みんな……みんな……死んじゃえぇぇ!!」
集まった瘴気が押し固められ、血のように真っ赤な物質となって顕現する。
血のスライムとでも言うべきそれを身に纏い、正しく死者の国の姫君と呼ぶに相応しい存在へと進化したリリアを見て、カイゼルの後ろに控える最後の暗殺者は手を叩いた。
「素晴らしい、さすがカイゼル様。見事なまでの洗脳魔法です」
「いくら力を持っていようと、所詮は子供。しかも、滅びた故郷を目の当たりにして精神が瓦解しかかっている状態で洗脳するなど、誰であっても簡単だ」
口ではそう言いながらも、カイゼルの表情は満足気だ。
ご機嫌なのを隠そうともしないまま、彼は部下に端的に告げる。
「矢面に立たせるには十分な戦力だろう。こいつと“鮮血”が潰し合っている隙に、上手く連中の首を穫れ」
「はっ」
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