第59話 姫君強奪

「ミルクぅ〜、会いたかったよ〜!」


「むきゅっ」


 事情が事情のため、魔法に詳しいアマンダさんの協力が必要だってラスターが判断してから数日後。思っていたより随分と早く、私達が使っているサーシエ郊外のキャンプ地に到着したアマンダさんは、会って早々に私を抱き締めた。


 なんか、前にもこんなことあった気がする。


「それで? なんだか面倒なことになってるみたいだね?」


「ああ、手紙でも書いた通り……」


 改めて、ラスターからアマンダさんへ状況説明が入る。


 その間、私はずっとアマンダさんに抱っこされて、なでなでされていた。


「……というわけだ」


「へえ、自我を保ったスケルトンキングに、瘴気を放つ封印されたお姫様か……本当に厄介な案件だね、想像以上だ」


「いや、さっきも言ったが、この内容は手紙にも書いておいたはずだぞ?」


「仕方ないだろう? ネイルのヤツが、ロクに事情説明もしないでアタイをこっちに飛ばしたんだから。手紙を見るなり、『アマンダ、命令です、ミルクのところに向かいなさい。さあ早く』とか言い出すもんだから、アタイまで焦ったよ」


「……全くあいつは、ミルクのことになるとどうにも過保護だな」


 やれやれと、ラスターとアマンダさんが揃って肩を竦める。


 どうやら、アマンダさんが思ったより早かったのは、手紙を受け取ったネイルさんが異常事態だって判断して、アマンダさんをすごーく急かしたからみたい。


 馬車も使わず、魔法で文字通り飛んできたっていうから、その急ぎっぷりがよくわかる。


「アマンダさん、疲れてる? 大丈夫?」


「戦闘してきたわけじゃないんだ、魔力はそれなりに戻ってるし、問題ないよ。そもそも、まずやることは調査だしね。早速、そのお姫様のところまで案内してくれるかい?」


 そんなアマンダさんの言葉を受けて、みんなで王宮へ向かう。その途中も、なぜか私はずっとアマンダさんに抱っこされたままだった。


 嫌じゃないからいいんだけど、重くないのかな? なんて思っていると、アマンダさんはずっと黙っていたグルージオに声をかける。


「んで? グルージオは、“それ”を身に着けてるってことは、ミルクとちゃんと仲直り出来たのかい?」


「……そもそも、喧嘩したわけでは……ない。ただ……俺が一方的に避けている、だけだ……」


 グルージオが、胸元のネックレスを指先で撫でながら、気まずそうに呟く。


 私より、気心の知れたラスターとお話した方がすっきりするかなって思って、ラスターにお願いしたんだけど……あれ以来、グルージオはちょっとだけ、私への遠慮が少なくなった気がする。ほんのちょっとだけど。


「そうかい。まあ、アタイはアンタの呪いをどーにかする実験が続けられるなら、何でもいいけどね」


「…………」


 グルージオは、呪いがなくなったら死ぬつもりだって言ってた。アマンダさんは、それを知ってるんだろうか?


 ……根拠はないけど、知ってる気がする。知ってて、それを決めるのはグルージオ自身の問題だって、触れないようにしてるんじゃないかな。


 それを冷たいっていうのか、優しいっていうのかは、よく分からない。


「んー? どうしたんだい、ミルク」


「ん、なんでもない」


「ははは、そうかい」


 確かなのは、私はアマンダさんが好きで、グルージオのことも好きになりたいってこと。


 だから私は……たとえお節介でも、グルージオを助けたいし、生きて欲しい。


 そんな気持ちを新たに、(抱っこされたまま)王宮の中に入っていった。


「いやしかし、変わってるねえ。本当にアンデッドが襲って来ないよ」


 王宮の中は、サーシエの王女様を守るために、たくさんのアンデッド達が徘徊してる。


 それは全部、王様スケルトンのコーリオの支配下にあるから、コーリオから出入りの自由を許可された私達は襲われることがない。


 私はここにいるアンデッド達が初めてだからすぐに慣れたけど、アマンダさんにとっては違うんだろう。興味深そうに近付いては、警備するみたいに立っている骨だけのスケルトンをつついてる。


「アマンダさん、イタズラはダメだよ」


「イタズラじゃない、これも研究の一環だよミルク。それに、コイツも特に嫌そうな顔してないじゃないか」


「骨しかないのに、嫌そうとかわからないでしょ!」


 もっとも、精霊眼がある私には、スケルトンが本当に嫌がっていないことも視えている。


 というか、アンデッド達ってあまり感情がないの。


 瘴気それ自体にはすごく強烈な感情が籠ってるんだけど、アンデッドによっての差がほとんどなくて、みんな同じ。


 まるで、一人の人がたくさんのアンデッドに別れてるみたい……そう伝えると、アマンダさんは興味深そうに唸る。


「アンデッドは個別の怨念が瘴気になり、死体に取り憑いて動き出すのが基本なんだが……全部同じなのは、このサーシエにいる個体が、全部そのお姫様の出す瘴気から生まれてるからかね? 益々面白い」


 そんな話をしながら奥へ進むと、コーリオが待つ玉座の間に到着した。


『ようこそ。そちらのお嬢さんが、お話にあったアマンダ様ですかな?』


「おっと、アタイみたいな年増を捕まえてお嬢さんだなんて、世辞の上手いアンデッドだねえ」


『いえいえ、私から見れば十分お美しいですよ。このような骨の体でなければ、妃に迎えたかったほどに』


「はははは! 本当にお上手だ」


 まだ会って少しお話しただけなのに、アマンダさんがすごくご機嫌になってる。

 コーリオ、すごい。


「アマンダがお嬢さんか……似合わないな。そもそも、アマンダはいくつなんだ? グルージオ、知ってるか?」


「……いや……だが、少なくとも……十年、副団長をしているネイルよりも古参で……アマンダが、魔法師団をクビになった時点で、二十歳は越えていたと……」


「待て、アマンダが起こしたその事件、もう何十年も昔の話だと聞いたことがあるぞ? だとすると……」


「《殴打風ぶっとべ》」


「「うおぉ!?」」


 ラスターとグルージオが後ろでこそこそとお喋りしてたら、アマンダさんの魔法でお仕置きされていた。


 息を吐くように二人を吹き飛ばしたアマンダさんは、にっこりとした笑顔のまま、腕の中にいる私に語りかける。


「ミルク」


「う、うん」


「ああいうバカな男には引っかかっちゃダメだよ? ヤるなら、このスケルトンみたいな紳士でないとね」


「…………」


 紳士ってなんだろう、とか、引っかかるって何のことだろう、とか、ヤるならって、何をするの? とか、聞きたいことは色々とあるんだけど、アマンダさんの笑顔が怖くて、頷くことしか出来なかった。


 そんな私の気を知ってか知らずか、アマンダさんは「よし、良い子だね」と私を撫でる。


「それじゃあ、早速調べてみようか」


「……うん」


 ちょっと怖かったけど、今はそんなことよりもお姫様だ。


 お姫様が眠っている水晶のところまで向かったアマンダさんは、やっと私を降ろして、魔法を使って調べ始める。


「ふんふんふん、ほほーう、なるほどね」


「何かわかった?」


「そうだね、さっぱり分からないってことだけ分かったよ」


「……そうなの?」


 アマンダさん曰く……このお姫様を覆ってる水晶が、外からの魔法や魔力による干渉を弾いちゃうから、調べるにしても封印を解いて行かないとダメみたい。


「というわけで、慎重にゆっくりやっていこうか」


「うん」


 アマンダさんの指示通り、私はゆっくりとお姫様を覆う水晶に干渉していく。


 瘴気でガチガチに固まった水晶を少しづつほぐし、溶かすように。


『おおっ、おおお……!! ついに……!!』


 ちょっとずつ解けていく封印を見て、コーリオが歓喜の声を上げている。


 けれど、私としてはそれに反応している余裕がない。

 この瘴気の水晶が思ったよりも固くて、集中しないと全然干渉出来ないの。


「アマンダさん、どう……?」


「今の所、特に変な魔法が暴発する、なんて兆候はないね。瘴気を使った封印なら、解けると同時に訳のわからん魔法が辺り構わずドカーン、なんて展開もあるかと思ってたんだけど。ミルクから見てどうだい?」


「外に出てる瘴気は、さっきまでと変わってないよ。大丈夫……だと思う」


「なら構いやしない、最後までやっちまいな」


「うん……!!」


 アマンダさんの言葉を信じて、封印の解除に専念する。


 大きく膨らんでいた水晶が少しづつ、少しづつ小さくなっていって……やがて、中に入っていたお姫様──リリアの体が外気に触れていく。


「ぅ……ぁ……?」


「気が付いた……?」


 その体がほとんど露わになったところで、リリアがゆっくりと目を開ける。


 ぼんやりとした眼差しが私に向けられ、ゆっくりと話しかけようとして……その瞬間。


 王宮全体が、強い揺れに襲われた。


「きゃっ!? 何……!?」


 いつの間にか、王宮のあちこちに知らない魔力がたくさんある。それが暴れて、この揺れを起こしてるみたい。


 封印を解くのに必死で、全然気付かなかった……!


「そこだ」


 動揺する私の耳に、誰かの声が聞こえてくる。


 きらりと光るナイフの切っ先が、私目掛けて真っ直ぐに飛んできたのが見えて──


「ミルク!!」


 アマンダさんが私を抱き寄せ、ナイフから守ってくれた。


 すぐに大きく距離を取るアマンダさんを援護するように、ラスターとグルージオが左右に並ぶ。


「敵襲……仕留めきれなかった暗殺者達の残党か!」


「こんな……時に……」


 どう襲われてもいいように、私に直接攻撃してきた黒ずくめを警戒しつつも、周囲へ気を配るラスター達。


 けれど、私に向かって攻撃してきたその人は、そのままくるりと踵を返し……封印を解かれたばかりだったリリアを抱えて、その場を去っていく。


『なっ……!! 待て、リリア!!』


 コーリオが初めて見せる、本気で焦った声。

 けれど、コーリオが黒ずくめを攻撃するよりも早く、一際大きな爆発が王宮を襲い、私達のいる場所の天井が崩れてきた。


『リリアァーー!!』


 コーリオの叫び声を聞きながら、私達は瓦礫の下敷きになって動きを止められ……。


 こうして、サーシエの王女様は、突然の襲撃によってまんまと奪われてしまうのだった。

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