第58話 新たな標的
「……奴らめ、しくじりやがったか。使えん連中だ」
サーシエから離れた場所に陣を張っていたとある男
が、溜め息混じりに一人呟く。
その男の名はカイゼル。グルージオが壊滅させた暗殺者ギルド西部支部よりも上……王国の闇に巣食う暗殺者ギルドの本部、その長を務める人間だった。
「如何いたしましょう、カイゼル様」
そんなカイゼルに付き従う男が一人、伺いを立てる。
本来、カイゼルはこのような前線に立つことなど滅多にない。
裏で策謀を巡らせ、駒を操って人を陥れる方が好みであり、実際に
そんな彼が、なぜこうして前線に近いところまで出向かなければならなくなったのかといえば、それは当然西部地区の足掛かりが全て壊滅したからだ。
「ここで“鮮血”を大なり小なり叩いておくことは確定だ。そうでなければ俺達は本当に立場を失うからな」
暗殺者ギルドなどという非合法組織が今日まで存続出来たのは、この国の権力者たる貴族にとっても都合の良い存在だったからに他ならない。
日夜権力争いに明け暮れる貴族にとって、表の戦力たる騎士とは別に、政敵や反抗勢力に対して直接暴力に訴えられる裏の戦力の存在は必須とも言える。
そんな裏の戦力の供給元がカイゼル率いる暗殺者ギルドであり、貴族お抱えの暗部を配下から輩出したこととて一度や二度ではない。
厄介な存在ではあるが、潰すには惜しい。そんな危ういバランスを保ちながら富と力を蓄えてきたのがカイゼルであり、少し詳しい人間なら知らぬ者などいない暗殺者ギルドという組織の存在感を表している。
しかし、そんな彼にとって厄介な商売敵となるのが、傭兵の存在だった。
荒くれ者の集まりとはいえ、暗殺者に比べればよほど真っ当に存在を認められた集団でありながら、金さえあれば大抵のことはこなしてくれる便利屋。
特に“紅蓮の鮮血”など、本来暗殺者ギルドに回ってくるような危険で血に塗れた仕事さえ多くこなしてしまうため、彼らの台頭以降はカイゼル達暗殺者ギルドへ持ち込まれる仕事が明らかに減っていた。
特に、西部地区の拠点が“猛獣”と“魔女”の二人だけで壊滅してしまったのが痛かった。
あの件で、カイゼル配下の暗殺者達の実力を疑う者が多く現れ、このままでは今の組織形態を維持できないところまで来てしまっている。
貴族達にとっての得意先でなくなった暗殺者の集団など、潰される未来しかないのだから。
「しかし、奴らは強大な上に鼻が効きます。特に、あの獣人の小娘……“精霊眼”の力を前にしては、我々で不意を打つことは難しいでしょう」
あらゆる魔力を視認し、どんな魔法もその制御を乗っ取ってしまう精霊眼の力は、暗殺者にとって天敵に等しい。
本来視認出来ないはずの魔力を他者から見えなくする方法など、魔力が見えない人間に分かるはずがないのだから。
「一方で、小娘の戦闘力はさほどでもないとの情報があります。配下の一部を囮に、まずはそこを叩くのも手かと思われますが……」
「やめておけ。それでどうにかなる相手なら、アウラ・デリザイアがしくじることなどなかっただろう。あの小娘もまた“鮮血”の一員、侮ると死ぬぞ」
「……はっ」
部下を諌めるカイゼルが思い出すのは、アウラ・デリザイアと取引を交わした時の記憶。
無用な悦楽のために無駄なことをする人間ではあったが、決して無能な男ではなく、用心深さも兼ね備えているあの男がしくじったのだ。
彼に出し抜けないのであれば、まともな教育を受けているとは言い難い暗殺者の集まりである自分達に、ミルクをどうこうするのは厳しいだろう。カイゼルは客観的にそう評していた。
「ですが……それでは、もう打つ手が……」
単なる力押しなど論外。
比較的仕留める難易度が低そうなミルクを狙うのも難しい。
本来の目標だったグルージオも、今回に限って単独行動を選ばなかった時点でとっくに作戦は破綻している。
ギルドの状況が追い込まれてさえいなければ、とっとと撤退しているところだ。
それでもなお、“鮮血”に一矢報いる手段などあるのか──そう不安がる部下に、カイゼルは笑みを浮かべた。
「単純な話だ。俺達に無理なら、他の連中をぶつければいい」
「盗賊や裏の傭兵達ですか? 失礼ながら、奴らは我々を矢面に立たせて漁夫の利を狙う腹積もりのようですし、動くことはないかと」
「おいおい、この場にいる陣営は“鮮血”と“裏”以外にもいるだろう? 当初の想定よりよほど大物を抱えていた連中が」
「……サーシエの第一王女ですか」
配下の暗殺者達ですら知らないことだが、彼らは魔法によって契約を結び、いつでも主であるカイゼルと視界と耳を共有出来る。
それによって、サーシエ側の事情も既に把握しきっていた。
「十年眠りについていた王女だ、誰が敵か味方かも分からない状況で、正確な判断など下せるはずもない。……潰し合わせるにはちょうどいいだろう」
カイゼルは、直接戦闘力も決して低くはない。だが、その武力が“鮮血”のメンバーに通用するなどと自惚れてもいない。
たとえ前線に出ようと、やることは同じ。
駒を動かし、盤上の勝利を掴み取る。それだけだ。
「狙うのは、封印が解かれるその瞬間だ。何としても奪い取れ」
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