第57話 猛獣の願い
俺とラスター、それからミルクの三人で訪れた、サーシエの王宮。
そこで、アンデッド達の真の目的と、その発生原因を目にした俺は、複雑な心境でそれを見上げた。
……力を暴走させ、国一つを飲み込み、自分だけが生き残ってしまった姫君。
どこか俺と似た境遇のその少女に、自分を重ね合わせてしまっているのかもしれない。
だが、今はそんな感傷的になっている場合ではない。
そんな姫君に仕えるアンデッドの王が、暗殺者と思われる男達を召使いとして使っていたからだ。
「なるほど、グルージオを狙って、暗殺者ギルドの残当が仕掛けてきた、と……それで? 他に仲間は?」
「いねえよ、俺たちだけだ……」
コーリオと名乗った王から許可を得たラスターは、暗殺者を縛り上げて尋問を始めた。
普段なら、こういったことはネイルの仕事だ。俺を含め、他の連中ではやり過ぎてしまうし、相手の言葉の真偽を見抜くのも得意ではないからだ。
しかし……この場には、ミルクがいる。
「ラスター」
「…………」
傍に控えていたミルクが、ラスターに耳打ちする。
その“眼”の力で相手の魔力を読み取れるミルクには、よほど完璧に自身の魔力を制御出来る魔法使いでなければ、考えていることがほぼ筒抜けになるという。
こういった尋問の場面では、恐ろしい力だ。
「ならば言い方を変えよう、グルージオを狙う奴らは何人いる? 二十人よりは少ないか?」
「だから、いねえって!!」
「お前達は二人一組で行動していたが、他の連中もそうなのか?」
「知るかよ!! 俺たちだけだ!!」
「これはサーシエの地図なんだが、どの辺りに潜んでいるかは分かるか? ここは?」
「知らないって言ってるだろ!!」
「そうか、ならここは?」
「だから……」
「次はここ」
「俺は……」
「ここは?」
「…………」
暗殺者の口から出てくる言葉は、どれも否定の言葉ばかり。
最終的には、もはや言葉を発することすら無駄だと思い始めたのか、完全なだんまりを決め込んでいたというのに……ミルクはそんなことなど関係ないとばかりにその観測結果をラスターへ報告し、尋問を進めていった。
「よし、大体分かったな。敵の規模はおよそ五十人規模、十八ヶ所に別れて潜んでいる。俺とグルージオで順番に潰していこう」
「……ああ」
どうやら、必要な情報は集まったらしい。
俺がラスターへ頷いていると、暗殺者は納得がいかないとばかりに叫んだ。
「待てぇ!! おかしいだろ!? 最後の方はイエスノーすらまともに答えてねえのに、どうしてそこまで完璧に読み取ってやがる!? 読心や催眠魔法への耐性訓練は積んであるし、そういう魔法を使われた形跡もねえぞ!? ふざけんな、このバケモノが!!」
尋問は終わったとばかりに立ち上がったラスターを、暗殺者の人は化け物でも見るみたいな目で見上げている。
すると、そんな言い分は納得出来ないと、ミルクが憤慨した。
「ラスターじゃない! 私がやったの! 化け物なんて言わないで!」
「はぁ!? お前みたいなチビにそんな力があるかよ!! すっこんでろ!!」
「あうぅ……」
勢いよく胸を張って主張するが、暗殺者の怒気に当てられてしょんぼりと耳を伏せてしまう。
……ミルクの悲しそうな顔を見ていると、なぜか……どうしようもなく、胸が痛い。
それはラスターも同じなのか、普段なら滅多に見せない怒りの感情を覗かせながら、暗殺者に詰め寄った。
「お前……うちのミルクを怖がらせるとは、どうやら死にたいらしいな?」
「ひいっ!?」
「ラスター! この人達はもうコーリオのお手伝いさんだから、殺しちゃダメ!」
「分かってはいるが、手足の一本くらいなら失くなっても問題ないんじゃないか?」
「ダメ~!」
ぷっくりと頬を膨らませ、腕で大きくバツを作ってラスターを押し止めるミルクの姿は……本人としては大真面目なのだろうが、あまりにも子供らしくて笑ってしまいそうだ。
実際に守られた暗殺者達にとっては、その輝きもより一層強く見えたのだろう。まるで女神の降臨を目の当たりにしたかのように滂沱の涙を流している。
『どうやら、話は纏まったようですね』
そこへ来て、コーリオが会話に加わってきた。
よほど恐ろしいのか、縄が解かれたというのに震えている。
「ラスター、グルージオ、私はしばらくここにいるね」
「ミルク? だが……」
「大丈夫、私も戦えるし、コーリオもいるから。ね、お願い」
渋い表情のラスターに、ミルクがおねだりしている。
一瞬、俺の方をちらりと見てから、ラスターに何かを耳打ちしていたが……何だろうか。
「……分かった。だが、何かあればすぐに知らせろ、一瞬で駆け付けてやるからな」
「うん。行ってらっしゃい、ラスター。グルージオも」
「……ああ……」
こうして、俺とラスターの二人で、集めた情報を元にした暗殺者狩りが始まった。
人数が多いので時間はかかるし、こちらの動きに気付かれれば、潜伏場所を変えるなり撤退するなりで大部分は取り逃すはずだ。
それでも、やらないよりはいい。
「くっ、そ……化け物が……」
「…………」
三人一組で動いていた連中を、仲間への報告の暇も与えないよう素早く制圧する。
こういった“速度”が求められる場面では、俺よりもラスターの方が向いていることもあり、俺はオマケのようなものだったが……それでもこの反応だ。
その通りだと、心の中で答えながらトドメを刺そうとして……僅かに、躊躇してしまった。
一瞬の隙を突き、暗殺者が発動した煙幕の魔法。
全てが晴れた時には、当然のように誰もいなくなっていた。
「どうした? お前が取り逃がすなんて珍しいな。それに、戦闘中もずっと冷静なまま、暴走状態には入らなかったように見える」
「……そう、だな……」
追い払えれば十分だと考えているためか、ラスターは俺を責めたりはしない。ただ純粋に、俺の不手際を不思議がっている様子だ。
そんな彼に、俺はボソリと本音を溢す。
ミルクの前では決して口に出来ない、本音を。
「……さっき、コーリオとの戦いで、ミルクが真っ赤になったこと、覚えているか……?」
「ああ、お前を落ち着かせるための、血の魔法だという話だったな。それがどうかしたか?」
「あれ以来……何度も、頭に浮かぶんだ……あの子が、血塗れで倒れている光景が」
ただの妄想だ。悪い夢のようなものだと分かっている。
だが、どうしても脳裏にこびりついて取ることが出来ない。
「もう一度暴走したら、あれが現実になるような気がしてな……いつものように……戦えん」
「ふう……本当に、難儀なやつだな、お前は」
「…………」
言われるまでもなく、分かっている。
死にたいと思っていても、いざ死にかければ体がそれを恐れて暴走するし、ミルクのことを遠ざけるべきだと分かっているのに、既に心の奥深くまであの子の顔が根付いているのを否定出来ない。
どうすればいいと、何度目かも分からない溜め息を溢す。
「信じろ、ミルクは強い子だ」
そんな俺に、ラスターは手を差し出した。
一体何かと疑問符を浮かべる俺の前に掲げられたのは、赤い水晶のネックレス……以前、ミルクが俺にくれようとしていた物だ。
「あの子はお前を怖がったりしないし、お前を見捨てたりもしないし、死ぬこともない。俺が保証する」
「……どうして、そこまで言える……?」
「当たり前だろう? 仲間なんだからな」
「……その割には、随分と過保護に見えたが……」
「それとこれとは別だ」
何の躊躇もなく言い切ったラスターに、俺は呆れの眼差しを向ける。
だが、ラスターはそんな俺の内心を察しているだろうに、敢えて無視してもう一度ネックレスを差し出してきた。
「この依頼が終わる頃には、お前もそれを信じられるようになるだろうさ。まだまだ、長くなるだろうからな、今回の依頼は」
「……そうだな」
差し出されたネックレスを受け取りながら、俺は同意する。
アンデッドの王と、それが敬愛する姫君。それに、無数の暗殺者まで。
きっと、この依頼は一筋縄ではいかない……そんな予感がする。
「俺も……そう願っている……」
年齢的にはとっくに大人であるはずの俺が、ミルクに自分を変えてくれることを期待するなど、情けなくて仕方がない。
それでも、やはり心のどこかで、そうなることを願いながら……俺は、手の内にあるネックレスを見つめ続けるのだった。
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