第56話 水晶の姫君

「そういえば、スケルトンさん、名前は? 私、ミルク」


『いずれ朽ち果てる私の名など、覚えていただかなくて結構ですが……名乗られておきながら名乗り返さないというのも、貴人の恥ですね。生前は、コーリオと名乗っておりました』


 王様スケルトン……コーリオの案内で、私達はサーシエの朽ちた王宮の中を進んでいた。


 そんな私達を出迎えるのは、たくさんのアンデッド達。

 昼間は私達を見るだけですぐに襲い掛かってきた魔物が、今はまるで普通の人みたいに手を振ってくれたりしてるのが、なんだかすごく奇妙だ。


 ラスターやグルージオも同じ気持ちなのか、魔力が困惑の色に揺らいでいる。


「ミルク、あまり油断はするなよ。相手は魔物なんだからな」


「う、うん」


 小声で注意を促すラスターに頷きながら……けれど私は、コーリオさんに積極的に話しかける。


 この変わり者のスケルトンの目的が、やっぱり気になるから。


「ねえコーリオ、さっき言ってた、お姫様が元凶って、どういうこと?」


『そのままの意味です。ご存知かもしれませんが、サーシエの地は十年前、アルバート王国とカテドラル帝国の戦争に巻き込まれる形で蹂躙され、滅びを迎えました』


「…………」


 知識としては聞いてたけど、当事者から聞かされた言葉には独特の重みがある。


 黙り込んでしまう私に、コーリオは気にせず話し続けた。


『サーシエの民は散り散りとなり、王宮に残っていた者は次々と殺されていきました。私を含めてね。当然、リリアも死ぬ運命にあったのですが……私は、せめてあの子だけでも生きて欲しいと、そう思ったのです』


 到着したのは、広々とした玉座の間。

 その中央にある王様のために用意された大きな椅子に触れると……魔力が走り、部屋が小さく揺れた。


『だからこそ、私はあの子の持つ魔法に目を付けた。生死の境を曖昧にし、瘴気を操る……それどころか、自らの魔力を瘴気と化す呪われた娘。当時まだ十歳だったリリアの力を暴走させることで、その体を仮死状態にして封印しよう……そう考えたのです』


 椅子がひとりでに動き出し、地下へと続く道が現れる。


 それをゆっくりと降りていった先に、それはあった。


『私の行った賭けは、半分成功、半分失敗といったところでしょうか。リリアを仮死状態で封印し、この場所に隠すことは出来ましたが、その身から溢れ続ける瘴気がサーシエの地を覆い尽くし、多数のアンデッドが蠢く死の国へと変えてしまいました』


 瘴気がそのまま結晶化したみたいな、半透明の巨大水晶。

 その中に生まれたままの姿で囚われているのは、紫色の髪を持つ、私と同い年くらいの女の子。


 生きているのか死んでいるのか、普通に見ただけじゃ分からないけど……私の眼には、ハッキリと視えていた。


 その子の体から、今も大量の瘴気が溢れ、外に漏れ出していることが。


『この子の封印を解き、十年間暴走を続けている魔力を抑え……あなた方の手で、安全な場所へ保護して頂きたい。それだけが私の……我々の望みです』


 水晶を慈しむようにそっと撫でながら、コーリオは言った。


 ラスターでもグルージオでもなく、私に向かって。


『それさえ達成されれば、我々はすぐにでも成仏し、サーシエの地を空け渡します。何でしたら、王家の隠し財産もお譲りしますよ』


「えっと……どうして、私に……?」


『あなたが、瘴気を操る力を持っていたからです。少なくとも、同系統の力がなければどうしようもないですからね』


 どうやらコーリオは、私が倒されたアンデッドから出て来た瘴気を霧散させたり、サーシエを覆ってる瘴気の塊を浄化させてみたりって色々やってたのを、どういう方法でか感知していたみたい。


 そんな私なら、この子……リリアの封印を解いて、暴走状態を収めることも出来るんじゃないかって。


「なるほどな……ミルク、出来そうなのか?」


「うーん……」


 ラスターに聞かれた私は、水晶の近くまで歩いていって、直接触れてみる。


 精霊眼でじっと観察して、少しだけ魔力を通してみて……。


「すぐには無理だけど、封印は解けると思う」


「そうか。なら……」


「……待て……」


 ラスターが何か言うよりも早く、それまでずっと黙っていたグルージオが口を開く。


 どうしたんだろうと目を向けると、グルージオは少し思い悩むように目を逸らし、何度か口を開けたり閉じたりを繰り返して……やがて、かのように呟いた。


「……封印を解いて、どんな影響があるか分からない。やるなら……アマンダを呼んで、調べて貰いながらにするべきだ……」


「……それもそうだな」


 ラスターも、グルージオが何かを言いたいことを隠していることには気付いてると思う。


 だけど、それを深く追求するようなことはせずに、一つ頷いた。


「何せ、国一つをこんな状態にするほどの力だ、慎重に事を運んで損ということもないだろう。コーリオだったな、構わないか?」


『構いませんよ。リリアの時間はこの水晶の中で止まっておりますし、リリアが生きている限り我々もまた不滅。時間はたくさんあります』


 コーリオもそれに納得し、ひとまずこの場の話は纏まった。


 後はアマンダさんに連絡して、ここまで出張して貰うのを待つだけ……なんだけど。


「ところで、コーリオ……さっきから気になってたこと、聞いてもいい?」


『なんでしょう?』


「そこに隠れてる人達、誰?」


 私がここに来てから、ずっと気になっていた魔力。


 アンデッドじゃない、生きた人間のそれを指差すと、ラスターとグルージオはすぐに警戒心を露わにし、隠れてる誰かの魔力がビクリと緊張に震える。


『ああ、彼らですか。リリアの眠るこの部屋を清掃するのに、大雑把な仕事しか出来ないアンデッド達では不十分かと思いまして、協力をお願いしたのです。そこの二人、出て来なさい』


「「は、はい!!」」


 巨大水晶の裏から、大慌てで飛び出して来たのは二人の男。


 コーリオ相手に、これ以上ないほど怯えてガタガタと震える情けない姿だけど……。


 ええと……この人達、暗殺者なんじゃ……? なんでこんなところに……?


『なかなか勤勉なので、助かっておりますよ。やはり、きちんと肉の体を持つ生きた人間は良いものですな、ははは』


「あはは……」


 コーリオはすごく能天気に笑ってるけど、私としては気が気じゃない。


 ラスター達もそれは同じなのか、胡乱げな眼差しで二人を見ていた。


「後で、少し尋問してみるか……面倒事の気配がする」


「……俺も、同意だ……」


 ラスター達の会話を聞いた暗殺者達の震えが、より一層大きくなった気がするけど……ええと、がんばって……?

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