第55話 王様スケルトン
「ミルク、起きろ」
「んぅ……どうしたの? ラスター」
気持ちよく眠っていたら、ラスターに揺すり起こされた。
久しぶりに一緒に寝られるから、もっとゆっくりしたいなって気持ちが湧いてくるけど……ラスターの魔力にどこか危機感のようなものが視えたから、慌てて目を擦る。
「何があったの?」
「分からん。が、どうもアンデッド達の動きがおかしい、ミルクなら何か分かるかと思ってな」
「ん、視てみる」
ラスターと一緒に、テントの外に出る。
まだ深夜なのか、夜明けすら遠い真っ暗闇。
辛うじて空から届く月明かりで、何とか周囲が見渡せるような状況で……けれど私の眼には、昼間よりも明るく煌々と輝く空間が広がっていた。
「なに……これ……?」
今日一日、私やラスター、グルージオでアンデッド達と戦って、少しは浄化が進んだと思っていた。
でも、これを視たらそんなのまやかしだったんだって気付かされる。私達が浄化したのなんて、ほんの一欠片にも満たなかった。
それくらい大量の瘴気が、サーシエ中を満たしていて……活性化したアンデッド達が、ぴったりと同じ動きで列を組んで、私達の方にやって来る。
その中心に……この大量の瘴気の発生源になってる、とんでもなく強いアンデッドがいた。
『おお、ようやく見つけましたよ。あなた方ですね? 我が国の領地で暴れていた者達は』
アンデッド達が左右に別れ、そのアンデッドが私達の方に歩いてくる。
見た目は、普通のスケルトン。
王様みたいなローブを羽織り、王冠を頭に付けている以外は、他のスケルトンと同じただの骨の体。
なのに……その体から放たれている圧力は、この前目にした炎龍にも並ぶくらい、強い。
「まさか、スケルトンが喋るとはな。……暴れていたのは確かに俺達だが、何の用……というのは、聞くまでもないか?」
私を庇うように、ラスターが剣を構えて前に出る。
鋭い殺気を受けて、そのスケルトンは全く動じることなく、カタカタと骨を鳴らして笑い始めた。
『ははは、ご心配には及びません、私はあなた方と争うためにここに来たわけではない。少々、頼み事があって来たのですよ』
「頼み事だと……?」
死んだ人間の後悔や憎しみを糧に動いているはずのスケルトンが、人と変わらない知性を保って会話出来るだけでも驚きなのに、戦うつもりもないっていう。
困惑するラスターに、スケルトンは更に言葉を重ねて──
『ええ、実は……おや?』
「ウオォォォォ!!」
どこからともなく飛んできたグルージオの放つ拳に叩き潰され、ぺしゃんこになった。
地面が砕けてクレーターになり、近くにいた他のアンデッド達が吹き飛んでバラバラになる。
当然、その衝撃の余波が私のところにまで来て、危うく飛ばされそうになったけど……ラスターが支えてくれたお陰で、何とか倒れずに済んだ。
「……ミルク、ラスター……無事か……?」
「だ、大丈夫だけど……でも、あの……」
なんて説明しよう、と迷ってしまい、あわあわと慌てることしか出来ない。
ラスターも言葉を選んでいるのか何も言わず、ただ気まずい沈黙が辺りを満たす。
その不可思議な状況に、グルージオが戸惑って……そして。
『やれやれ、急に潰されるものですから、びっくりしましたぞ』
地面を突き破って、全く同じスケルトンが生えてきたことに、私達全員がぎょっと目を剥いた。
そして、何事もなかったかのようにスケルトンは会話を再開しようとする。
『あー、それでですね、私があなた方に頼みたいことというのは……』
「ガアァァァ!!」
でもやっぱり、グルージオはスケルトンが人の言葉を喋ってることなんて関係ないと思っているのか、即座に殴り飛ばしてバラバラにした。
宙を舞う骨の破片。けれど、それはすぐに寄り集まり、またスケルトンの形を成す。
『ふう、これではどちらが魔物か分かりませんよ。仕方がない、少しばかり手合わせといきましょうか』
「ウオォォォォ!!」
雄叫びをあげ、一気に暴走状態へ突入したグルージオへと、スケルトンが指先を振るう。
それだけで、無数のアンデッドが宙に浮かび、次から次へとその体に纏わり付いた。
「グルージオ!」
「ガアァァァ!!」
思わず叫んだけど、グルージオは無事だった。
纏わり付くアンデッド達をそのままに、ただ真っ直ぐ王様スケルトンへ向かって突き進み、何度でも殴り壊すと言わんばかりに拳を振り上げる。
けれど、いくらなんでも全身をアンデッドに纏わり付かれたまま素早く動くなんて無理みたいで、あっさりと王様スケルトンに回避されていた。
『霊魂よ、鎮まりたまえ。《
瘴気が波打ったかと思えば、それらすべてが魔法になって周囲へと撒き散らされる。
それを見て、私は慌てて精霊眼の力を使った。
「止まって!!」
瘴気の波を止め、私とラスターへの影響を防ぐ。
けど、離れた場所にいるグルージオまでは守ってあげられなくて、その動きが少しずつ鈍っていく。
『こんなところでしょうか』
睡眠系の魔法……なのかな?
あんなに強いグルージオが、こんなにあっさり無力化されるなんて……と。
そう思った私はまだ、グルージオの力をよく分かっていなかった。
「ウゥ……ウオォォォォ!!!!」
『なんと!?』
間違いなく魔法を受けて意識を失ったはずのグルージオが、再度動き出した。
ついさっきまで少しは残っていたはずの理性すら失い、目標も何もなく周囲のアンデッドを破壊していく。
『ふむぅ、やむを得ませんね、あまり手荒な真似はしたくないのですが……これ以上は、私の目的にも支障が出ます』
そんなグルージオに向かって、王様スケルトンがまた指先を向ける。
今度は、さっきみたいに制圧するためだけの魔法じゃない。明確に敵意を持った攻撃魔法だ。
そう直感した私は、ラスターに向かって叫んだ。
「ラスター!! 私を、二人の間に!!」
「ミルク……!! くっ、分かった!!」
ラスターの瞳に迷いが浮かぶけど、足を止めたのは一瞬だった。
すぐに私を抱えて、ラスターが王様スケルトンとグルージオの間に飛び込んだ。
『む……!?』
王様スケルトンの指先から、瘴気を固めただけのシンプルな魔法が放たれる。
それを精霊眼で捉えた私は、瘴気を素早く変質──グルージオを落ち着けるための、“血”の魔力に作り替えた。
「わぶっ」
真っ赤に可視化された魔力が、私やラスターにかかる。
ただ赤く光ってる以外は普通の魔力だから、こんなリアクションは変なんだけど……つい口に出ちゃう。
すると、狙い通り血まみれ(?)になった私達を見て、グルージオがピタリと足を止めた。
『なんと……私の魔法を無力化した上に、それをそのまま利用して、そちらの方を落ち着ける魔法に変えるとは。やはり、私の見立ては間違っていなかったようだ』
うんうんと、何度も頷く王様スケルトン。
何か一人で納得してるけど、どういう意味だろう?
「はあっ……はあっ……」
一方で、グルージオは暴走状態が収まったまではいいけど、すごくたくさんの汗を流して苦しそうだった。
私やラスターの体についた魔力を無属性に戻して霧散させると、すぐにグルージオのところへ向かう。
「グルージオ、大丈夫?」
「…………」
顔を覗き込むと、しばらく呆然と私を見つめ……ゆっくり、割れ物に触れるみたいに、私を抱き締めた。
「……良かった……無事で……」
「????」
王様スケルトンに襲われてると思って助けに来てくれたみたいだし、そのことを言ってるのかな……?
何にせよ、みんな大した怪我もなく戦いを終わらせられて、良かった。
『さて、落ち着いたところで、改めて私の目的を説明させて頂きますね』
「あ、そうだった」
グルージオが暴れだしたことですっかり忘れかけてたけど、元々はこの王様スケルトンが何か頼み事があるって言ってたんだ。
グルージオの手から離れた私は、改めてそれを聞くために王様スケルトンと向き合った。
『私の目的は、あなたがたに我々の“姫”を救い出して頂くこと、それだけです』
「姫……?」
『ええ』
私が首を傾げると、王様スケルトンはサーシエの真ん中、朽ちかけた王宮がある場所を指差して、言った。
『リリア・フィア・サーシエ……サーシエ王国最後の生き残りにして、第一王女。十年間この地を瘴気で満たし続けた、本当の原因です』
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