第54話 死の国の王
グルージオが暴れ、ミルクが精霊眼の力で《疑似浄化魔法》とでも呼べる技術を身に付けたことで、サーシエの浄化は想定よりもずっと早く進んでいた。
それを快く思わないのが、裏社会から派遣されてきた戦闘員達。
特に、グルージオによって西部地区が壊滅したせいで、裏社会における立場が大きく弱くなってしまった暗殺者達にとって、それは非常に困る。
「このままでは、我々が仕掛ける前に奴らが依頼を終えてしまうぞ!」
「猛獣のヤツがある程度消耗したところを仕掛ける算段だったというのに……おのれ……!!」
単独行動を好むグルージオが、一人ではなく三人で来た。それ自体は、さして問題はなかった。
グルージオの戦闘は敵味方問わずの大暴走が基本である以上、仲間は離れて戦闘するしかないのだから、分断して叩くのはさほど難しくない……はずだったのだ。
しかし、ミルクの存在がそうした前提を全て破壊してしまっている。
何せ、グルージオが理性を飛ばして暴れ過ぎれば、その都度ミルクが魔法で落ち着かせてしまうのだ。
これによって、グルージオとラスターはある程度近い距離で共同戦線を張ることが出来、負担が少ない。
余裕を持った戦闘の中で倒されたアンデッド達はミルクの魔法で次々と浄化され、本来なら時間経過と共に復活するはずが、その気配すらなかった。
しかも、夜になった途端放たれた、極大の疑似浄化魔法。その一撃で、サーシエを覆う瘴気の数パーセントが浄化されてしまった。
たった数パーセントと思うかもしれないが、国一つを滅ぼされた数十万の死者が放った絶大な恨みと憎しみが形となり、十年に渡ってこの地を覆い続けていた瘴気の塊だ。
それを、たった一人の小娘の、たった一発の魔法で数パーセントも除去するなど、十分過ぎるほどに常識外れである。
アンデッドの群れが何の負担にもならず順調に浄化され、グルージオは大して消耗する様子もないまま理性を保っている。
これでは、完全な作戦失敗だ。撤退も視野に入れるべきだろう。
しかし、彼らにはそうも行かない事情があった。
「ここでまた作戦を失敗したら、我らはもう終わりだ。……やるしかない」
彼らは、王国西部地区で活動していた暗殺者の生き残りだった。
信用と評判が命の裏社会で、仲間が一人裏切ったことでクライアントが敗北し、地に落ちぶれ、更には自分達すらも壊滅の憂き目に遭ったというのは、たとえ彼らに落ち度がないとしても致命的過ぎる。
ここで西部ギルド壊滅の元凶の一人、グルージオを仕留めて汚名を灌がなければ、二度と仕事など回ってこないだろう。
既に裏社会にどっぷりと浸かった彼らにとって、それは死んだも同然だ。
「やるしかないのは確かだが、どうする?」
文字通りの命懸け。だが、無駄死にしたいわけではない以上、何か代わりとなる作戦がいる。
問い掛けられた男は、決死の覚悟でサーシエの中心部を指差した。
「……あそこが、このサーシエに蔓延る負の魔力……瘴気の中心地だ」
「あ、ああ……俺でも分かる、あそこはヤバいってな」
ミルクが“紫”と称したこの瘴気は、彼女の観測した通り、同類の魔力を飲み込み大きくなる性質がある。
しかし、本来の瘴気には、ここまで大きく纏まったまま長期間留まり続けることなど出来はしない。
サーシエが十年にも渡ってアンデッドに支配され続けているのは、瘴気を束ね、この地に縛り付けるだけの力を持った“何か”がいるからだ、というのが、周辺諸国の共通見解である。
実際にこの地に足を踏み入れた暗殺者達は、その凄まじい力の波動を本能として感じ取っていた。
あそこには、何かがいると。
「あそこにいる、アンデッドの親玉を釣り上げて、猛獣達にぶつける。それしかないだろう」
「正気か!? これほどの瘴気の中心にいるようなヤツだ、龍にも負けないような化け物がいるに決まってる!! 釣り上げる前に、俺達が殺されるぞ!!」
「だが、龍に並ぶほどの力がなければ、どちらにせよ奴らを殺すことは出来ない……違うか?」
「…………」
その言い分を否定することは、男には出来なかった。
多対一に、アンデッドの群れによる消耗まで見込んでようやく勝ち筋があるかもしれないと希望を見ていた相手が、今や三人。
アンデッド達も徐々に減らされていく中、もはや僅かな可能性に賭けるしかなかった。
「分かった、行こう」
暗殺者二人は、他の待機している仲間達に作戦を伝えると、瘴気の中心地──旧サーシエ王国の王宮へとやって来た。
アルバート王国やカテドラル帝国の中心に建てられた城と比べれば小さな造りで、それも所々が朽ちて崩れ落ちている。
たった十年とは思えないほどの年月を感じさせるのは、ここに漂う膨大な瘴気が原因か。
二人の暗殺者は無言のまま、王宮の奥へと向かう。
その手に握り締めているのは、対アンデッド用の聖水が入った瓶。
これ一つで倒せるアンデッドなどたかが知れているが、目的はアンデッドの駆除ではなく誘引だ、怒らせるくらいの効果はあるだろうという見込みである。
「「…………」」
進む間、二人の間に会話はない。
徐々に強まっていく瘴気と、魂から震え上がるような不気味な冷気に当てられて、ただの一言すら発することが出来なかった。
『おや……客人ですね』
やがて、二人が辿り着いたのは玉座の間。王が座すべきその場所に、“ソイツ”はいた。
『ふむふむ……人としてはなかなか悪くない実力者……ですが、邪悪な意思を感じますね。一体、何のためにこの地へ?』
見た目は、ごく普通のスケルトン。
古ぼけた赤いローブを羽織り、頭に王冠を載せていることからして、かつてサーシエの王だった死体から生じた個体だろうか?
だが、そんなスケルトンが、当然のように人の言葉を話し、語りかけてくる。
あまりにも異常な光景に。そして何より……スケルトンが発する絶大な“死”の魔力を前にして、暗殺者達は何も答えることが出来なかった。
『先ほど、我が国の領土で放たれた奇妙な魔法……アレは、あなた方の仲間ですか?』
「う、うわぁぁぁ!?」
恐怖のあまり、訓練を積んできたはずの暗殺者が発狂、握り締めた聖水を投げ付ける。
それは狙い違わず、スケルトンに直撃したかに見えたが……ジュッ、と。
スケルトンが纏う強すぎる死の魔力に侵された聖水は、その一滴たりとも骨の体に届くことなく蒸発してしまう。
『そう怖がらないでください。私はあなた方を傷付けたりはしませんとも』
王のスケルトン──スケルトンキングが手をあげると、玉座の間を構成する床や壁から、次から次へとスケルトンが、グールが生え、霊魂と魔力だけで動く
恐るべき力と再生力を秘めたアンデッド軍団に囲まれた暗殺者達は、もはや逃げることも叶わずその場で腰を抜かしてしまう。
『ここに、生きた人間がやって来るのは、本当に久しぶりです。どうか──』
パクパクと、陸に打ち上げられた魚のように口を開閉させることしか出来ない暗殺者達に、スケルトンキングが顔を寄せる。
何もない眼窩に紫炎の魔力を発光させ、歓喜の声をあげた。
『その生き生きとした肉体……我が“娘”のため、ここで役立てて頂きたい……』
「「あぁ、あ、あっ……あぁぁぁぁぁぁ!!?!?」」
二人の悲鳴が、命なき暗闇の玉座に響き渡り──
この日を最後に、二度とこの男達が表舞台に姿を現すことはなかった。
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