第53話 死にたがりの猛獣
「むむ……むむむ……」
グルージオやラスターと一緒に、アンデッドと戦い続けて数時間。そろそろ休憩しようということで、私はグルージオの暴走状態を宥めて、一度サーシエの外まで来た。
少し高い丘の上で、テントを張って夜を明かす。そして昼になったら、もう一回作業を再開するの。
アンデッド達はなぜか昼より夜の方が活発になるから、数を減らすまではこの方針で行くってラスターが決めてくれたんだけど……私は、夜の間にも出来ることはないかなと思って、プルンと一緒に集中力を高めていた。
「もっと……もっと大きく……!!」
プルンは、スライム。食べたら食べただけ、それを魔力に変えて体の中に溜め込んでいく。
そして私は、身体能力と引き換えに魔力がほとんどない獣人だけど……“精霊眼”のお陰で、他人の魔力を操って魔法が使える。
だから……プルンが溜め込んだたくさんの魔力を使って、すごく強い魔法が使える。
アマンダさんに、そう教わった。
「っ……!! どーん!!」
プルンの体から取り出した魔力を押し固め、砲弾にして空へと放つ。
狙った先は、サーシエの空を覆ってる紫の魔力。ラスターに聞いたら、“瘴気”って呼ばれてるらしいそれ。
今の私に制御出来る、限界ギリギリの魔力を込めたその魔法は、瘴気の中で弾け飛んで……瘴気をごっそりと削り取り、無害な透明の魔力に変えて霧散させた。
思い通りの結果。だけど、多すぎる瘴気がすぐに晴れた空を埋め尽くして、元通りにしてしまう。
その過程を見届けた私は、大きく息を吐いて……その場にへたり込む。
「大丈夫か、ミルク?」
「うん、大丈夫だよ、ラスター。ちょっと疲れただけ」
昼間の戦いで、私はアンデッドの魔力を霧散させるコツを掴んだ。
だから、いっそアンデッドを発生させてる原因……瘴気の方を纏めて霧散させられないかなって、全力でやってみたけど……瘴気が多すぎて、一度や二度の魔法じゃ全然足りない。
私、まだまだだなって、ちょっと肩を落とす。
「ミルク、アンデッドや瘴気を直接浄化出来る人間なんてほとんどいない。お前のそれは浄化とは少し違うのかもしれないが、やっていることは一緒なんだ。十分凄いことなんだから、胸を張れ」
「ん……わかった。ありがと、ラスター」
汗でぐっしょりと濡れた額を拭おうとしたら、それより早くラスターがタオルで拭いてくれた。
そのまま、疲れただろうと抱き上げてくれたので、その優しさに甘えるがままにテントに戻る。
テントの傍には、グルージオが木にもたれかかるようにじっとしていた。
体が大きすぎて、テントの中じゃゆっくり寝られないから、いつも外にいるんだって。
「……戻ったか……魔法、見ていたが……凄いな、ミルクは。驚いた……」
「えへへ、ありがと、グルージオ。でも、グルージオもすごかったよ、あんなにたくさんのアンデッドと戦って」
「……俺には……こんなことしか、出来ないからな……」
誇ることもなく、むしろ自分を卑下するみたいに、グルージオは呟く。
……さっき、私に胸を張れって言ってくれたラスターも、こんな気持ちだったのかな。
「グルージオ、一つ聞きたいんだけど……」
「……なんだ……?」
「グルージオは……死にたいの?」
迷った末、私はグルージオにそう問い掛けた。
正直、私の気のせいであって欲しい。
でも、昼間のグルージオの戦いを見ていると、私にはどうしてもそう思えてしまう。グルージオは……死ぬために戦ってるんじゃないかって。
そんな私の問い掛けに、グルージオは少しだけ目を見開いて……すぐに、顔を逸らした。
「お前には……関係のないことだ……」
「関係ないことなんてないよ! だって、私も同じ傭兵団の仲間で……」
「うるさいッ!!」
目の前で、魔力が爆発したかと思った。
激しい怒りに染まった魔力が視界を真っ赤に染め上げて、激しい眩暈に襲われる。
そんな私をラスターが後ろから支えてくれて、異変に気付いたグルージオも慌てて魔力を引っ込めた。
けれど、その顔に浮かぶ苦々しい表情までは変わらない。
「……俺は、他の連中とは違う……正真正銘の極悪人で、殺人鬼なんだ……俺は……本当なら……とっくに、死んでいなければならない人間なんだ……!」
「グルージオ……」
今にも自分の感情に呑まれて溺れてしまいそうなくらい、グルージオの魔力は苦しみでいっぱいだった。
そのあまりにも辛く複雑な感情に、何も言えなくなって黙り込んだ私へ、グルージオは疲れきった声で呟く。
「……元々、お前に……俺の呪いを解く手伝いを、頼んだのも……死ぬためだった」
「えっ……」
「だが……もう、いい。何度も言っているが……俺には、あまり関わるな……」
背を向けて去っていくグルージオに、私はしばらく、何を言うことも出来ずに立ち尽くす。
けれど、完全にその姿が見えなくなる前に、私は急いで追い掛けた。
「グルージオ!!」
「…………」
「その……これ、あげる」
「……?」
黙り込んだまま振り向きもしないグルージオの手に、私はプルンの体を押し付けた。
半分に別れて、片方がそのままブレスレットになってくっついたそれを見て、グルージオは不思議そうに目を向ける。
「それ、プルンの分裂体……地面に落としたら、小さな家の形になってくれるように、お願いしてあるの。テントは無理だけど、これならグルージオの体も窮屈じゃないはずだから。だから……」
言いたいことは、たくさんある。話したいことも、たくさん。
でも、今ここで私が何を言っても、グルージオには届かないと思うから……だから。
「おやすみ、グルージオ。また明日」
それだけ、伝えることにした。
「……ああ……また、な……」
私の気持ちが、どれくらい伝わったかは分からない。
けど……また明日って、約束してくれたから。今はそれでいい。
そう思って、私はラスターの待つ自分のテントに戻っていくのだった。
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