第25話 炎の激闘
「アマンダ、この町から炎龍を引き剥がしてくれ」
「任せときな!」
ミルクが救助活動を始めた頃、二人も炎龍との本格的な戦闘が始まっていた。
互いに声を掛け合い、アマンダは空へ。そしてラスターは、地上で体勢を整えつつある炎龍へ向かって、真っ直ぐに突っ込んでいく。
「《
剣を振り抜き、魔力の斬撃を放つ。
先ほどは不意を打てたが、さすがに二度も同じ手が通用するほど龍は甘い相手ではない。体を捻り、直撃を避けることで鱗への負担を減らし、ラスターの斬撃を弾いてみせた。
しかし、ラスターはその一瞬の隙を突き、懐に飛び込む。
「《
鱗を切り裂き、炎龍に出血を強いた一撃は、確かにその巨体を捉え──ガキンッ、と。
正面から鱗に阻まれ、止められてしまう。
(魔力集中による身体強化……それを応用して鱗の強度を引き上げたのか……!!)
「ギャオォォォ!!」
「おっと……!!」
ラスターの足が止まるその瞬間を狙い済ましたかのように、炎龍の前足から伸びる鋭い鉤爪が振るわれる。
炎龍の巨体からすれば、比較的小さな前足。
魔法による強化もなく、勢いよく振り抜かれただけのその一撃が大地を砕き、やや離れた位置にあった町の外壁さえも、攻撃の“余波”だけで紙のように引き裂いた。
恐るべきその威力に、ギリギリのところで回避したラスターは冷や汗を流す。
(最初に放った牽制の一撃を回避して見せたのは、フェイントか。わざと隙を作って誘い込み、次の攻撃を確実に叩き込むために)
だとするなら、恐るべき知能の高さだとラスターは舌を巻く。
(長く生きた龍は、人にも負けない知能を持つというが……なるほど、アマンダが一度仕留め損なったのも納得だ。一人だったら、俺も厳しかったろう……だが)
恐怖は僅か。
剣を強く握り締め、鋭い呼気によって覇気へと変えて全身を巡らせる。
(今は、俺も一人ではない)
「《
炎龍がラスターへ追撃しようと体を起こした瞬間、その腹部めがけて横殴りの暴風が叩き込まれる。
大したダメージはない。しかし、衝撃で僅かに後退を強いられたその巨体へ、次から次へと同じ魔法が襲い掛かった。
「《
「グォ……!?」
一撃一撃は軽かろうと、それを雨霰と叩き込まれれば無視も出来ない。
無数の爆風が炎龍の巨体を殴りつけ、バランスを崩す。
そこへ、更なる追撃とばかりにアマンダは両の拳を重ね、虚空へと突き出した。
「《
「グオォォォ!?」
炎龍の腹部で大気が爆発し、その巨体が大きく後方へと吹き飛ばされる。
魔法の余波だけで大地が捲れ、町の一部が瓦礫すら残らぬ更地へと変貌してしまっていたが……それでも、炎龍にほとんどダメージはないらしく、あっさりと体勢を立て直し、上空へと高度を上げた。
だが、アマンダの顔に悲壮感はない。
なぜなら、彼女がたった今放った一連の魔法の目的はあくまで、炎龍を町から引き剥がすことだったのだから。
「ラスター、やりな!!」
「ああ!!」
炎龍が町から離れた今、
これほどの距離を加速に費やせば、強度を上げた龍の鱗とて切り裂ける──と考えるラスターだったが、その狙いは炎龍にも見抜かれていた。
「グオォォォ!!」
ラスターの進路を塞ぐように、次々と放たれる炎の砲弾。
これを突っ切って剣の間合いに入るのは、いくらなんでも不可能だ。
それでも構わず、ラスターは地面を蹴った。
「《
ラスターの体を、アマンダの発動した魔の風が包み込む。
変幻自在が取り柄の風魔法では、破壊に特化した炎の魔法を完全に防ぐことは難しい。相手が炎龍であれば猶更であり、そんなことはラスターもアマンダも分かっている。
だが──この風の守りがあれば、辿り着くまでに死ぬことはない。
二人にとっては、それで十分だった。
「はあぁぁぁぁ!!」
剣を腰だめに構えたラスターは、再び魔力で足場を築きながら空を駆け、アマンダの魔法を信じて炎の中へと身を投げる。
肌が焼け、激痛に襲われながらも、構うことなく速度を上げ続け──炎の海を越える頃には、“神速”の域まで高まったそれを剣先に乗せて、炎龍へと叩き込む。
「《
パッと、空を鮮血が染め上げる。
鋼鉄すら越える頑強な鱗もろとと龍の体が切り裂かれ、噴水の如き勢いで血が噴き出していた。
手応えはあった──が、その一撃で終わるほど、炎龍という存在は甘くない。
「ギャオォォォォ!!!!」
切り裂かれ、大きなダメージを負った炎龍が、血を撒き散らしながらも体勢を整える。
のみならず、これまでの炎弾の比ではないほど膨大な魔力が、炎龍の口内へと収束していった。
「おいおいおい、冗談じゃない……!!」
「この威力……!! ダメだ、こんなものを撃たせたら町どころか、避難先ごと吹っ飛ぶぞ!!」
自分の身を守るだけなら、二人はいくらでもやりようがある。何なら、この攻撃の隙を突いて致命の一撃を叩き込むというのも手だ。
だが、二人の目的は炎龍の撃破ではなく、今も男爵領で人々のために頑張っているミルクと、その願いを守ること。
この攻撃を通したら、たとえ炎龍を仕留められたとしても何の意味もない。
「ガアァァァァ!!!!」
「守るのは得意じゃないんだけどねぇ、くそったれ……!!」
ラスターに代わり、アマンダが炎龍の前に立ちはだかる。
放たれた熱線に向けて指を突き出し、高速で魔法を編み上げた。
「風よ、時空を裂け!! 《
得意の
アマンダの本気。風魔法を超越した空間支配の嵐によって、迫る熱線を捉え──無数の炎弾に分解することで威力を減衰、爆散させた。
砕け散った炎弾が無人の地上を舐め、空へと消え、いくつかは避難を終えたはずの町へと降り注いで建物を破壊していく。
アマンダの魔法で力を分散された炎がもたらした被害は、本来生じるはずだったものとは比べるまでもなく小さかった。
「だあぁ!?」
しかし、それを成したアマンダの目の前は、町すら一撃で消し飛ばす絶大な魔力の中心地。爆散の衝撃だけで吹き飛ばされ、数十メートルの高さから地上へ叩き落とされる。
落下の衝撃でクレーターが穿たれ、もうもうと土埃が上がるが……すぐに、その中心でむくりとアマンダは起き上がった。
「っつ~~~……やってくれたね、あの野郎!!」
常人なら肉体の原形すら留められないほどの高さと勢いだったが、アマンダはピンピンしていた。
いや、頭からだらだらと血を流し、全身土と砂埃で汚れ切ったそれはとても無事とは言えない姿だが、戦闘にはなんの支障もない。
むしろ、ラスターの剣をまともに受けた炎龍の方がずっとダメージは大きく、次を受ければ命はないだろう。
だからこそというべきか、炎龍は今度こそまともなダメージを通すべく魔力を高めていくのだが……途中で、急に戦闘態勢を解いた。
「……? どうしたんだ?」
今の今まで、絶大な怒りを持って暴れていた炎龍が急に戦意を失い、じっと町の方を見つめている。
どういうことかと戸惑うラスターとアマンダの前で、炎龍はゆっくりと口を開き……“声”を発した。
『……まさか、精霊の力を継いだ者が、こんな人の町にいようとはな』
「なっ……炎龍が……喋った……!?」
長く生きた龍は、人に並ぶ高い知能を持つ。
つまりは理論上、龍が人の言葉を話すとしてもおかしくはないのだが……だからといって、実際に人の言葉を扱う龍など、滅多に存在するものではない。
何せ、龍と人とでは根本的に生物としての格が違う。
いくら知能が高かろうと、龍が人の言葉をわざわざ覚えようなどとは普通は考えないのだ。
そのような奇特な存在はそれこそ、千年に一度遭遇出来るかどうか──
「精霊の力……もしかして、ミルクのことか? 白い髪の、獣人の子だ」
言葉が通じるならばと、いち早く衝撃から立ち直ったラスターが問いかける。
それを聞いて、炎龍は鷹揚に頷いた。
『そうだ。随分と懐かしい気配を感じたが……なるほど、ミルクと言うのだな。覚えておこう』
「懐かしい気配? 炎龍が、ミルクとどう繋がりがあるというんだ?」
『どう、というと、そうだな……その娘、ミルクの祖先とは縁がある。忘れられない恩がな』
「恩ねえ。どんな恩か知らないが、アンタ今、そのミルクごと町を吹っ飛ばそうとした自覚はあんのかい?」
あぁん? と、アマンダが殺意と敵意を全開にしたままガンを飛ばし、何なら今すぐブチ殺してやろうと魔法を準備する。
炎龍はあくまで、龍笛で挑発されてやって来ただけ。そんなことはアマンダとて知っているが、それはそれ。
ミルクをあと一歩で殺すところだった相手に容赦をするつもりはなく、今はラスターが喋っているからギリギリ堪えているだけだった。
それに対して、炎龍はどこか困ったような声色で答える。
『それに関しては……すまなかった。だが、百年前に殺された我が子の無念の声を、未だに利用し続ける害虫どもだ、潰したくなるのも当然だろう? お前達とて、ミルクがそれほど大切なら、気持ちは分かるはずだ』
人と龍とで事情は異なるが、もし仮にミルクが誰かに殺されて、その力だけを利用し続ける輩がいたとすれば──
((絶対に地の果てまでも追い掛けて、関係者全員肉片も残さずブチ殺す))
ラスターとアマンダは、口に出さずとも全く同じ結論を頭に思い浮かべた。
そして。
「ならやっぱり、アンタは殺されても文句はないってことだね」
アマンダは、大義名分を得たとばかりに炎龍を殺そうとした。
『待て、早まるな』
「誰が待つか、今すぐ……あだっ!?」
「少し大人しくしていろ、戦闘狂め」
しかし、ラスターはアマンダほど血の気が多くはないので、対話だけで退けられるならそうするつもりだった。
そもそもミルクは死んでいないし、何よりその願いはあくまで、町の人々を守ること。
辺り構わず破壊しまくる戦闘スタイルのアマンダが炎龍と決着をつけるより、素直に帰って貰う方がいいに決まっているのだ。
「このまま素直に帰るなら、俺達に文句はない。だが、次はないぞ」
『感謝する、人間』
ラスターの言葉を受けて、炎龍が徐々に高度を上げていく。
その途中、炎龍の体から何かが剥がれ落ち、ラスターの手に収まった。
『それは我が力の籠った鱗だ。ミルクがその力を解放すれば、我がすぐに助けに来よう。詫びの印と思って、ミルクに渡してやってくれ』
「分かった、そうさせて貰おう」
本当に信用出来るのか、ラスターとしても懐疑的ではあるのだが、龍笛の時もあれほど早く襲来したのだ。
この鱗でも同じなのであれば、ミルクにとって心強い切り札となるはず。そう考えた。
『また会おう、強き者達よ。今度は、ミルクと一緒にな』
そう告げるなり、炎龍は町に背を向けて去っていく。
こうして、炎龍とラスター達との戦いは、思わぬ形で幕を降ろすのだった。
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