第24話 ミルクの救助活動

「ラスター、アマンダさん……がんばって……!」


 二人が炎龍と戦っている気配を魔力の動きで感じながら、私はひたすら町を走っていた。


 目的は、逃げ遅れた人を助けること。

 ほとんどの人は町の衛兵さんや騎士さんが連れていってくれたから、その流れに乗れなかった人を助けようと思う。


 私なら、こういうのに向いてる。

 強烈な恐怖に怯える魔力は、炎龍の魔力で満たされたこの町の中でもよく見えるから。


「ここかな」


 崩れかけた家の中に人の魔力を見つけ、早速中に入っていく。


 するとそこには、テーブルの下で小さくなって震えている、私と同い年くらいの女の子がいた。


「大丈夫?」


「うぅ……あなた、誰……?」


「傭兵、だよ」


「傭兵……?」


 そんな風に見えないとばかりに、女の子は眉を潜める。

 ほぼ同時に、建物全体が大きく揺れて、天井が崩れてきた。


「きゃあぁ!!」


「プルン、《変化メタモルフォーゼ》……!!」


 咄嗟に腕を突き出し、ブレスレットになったプルンに指示を出す。


 プルンが持つ魔力属性を変質させると同時に、魔力を通じて“形”のイメージを流し込む。


 それを受けたプルンは、土属性のロックスライムに変化し、何本もの柱に分裂して落ちてくる瓦礫を押し退け、私達を守ってくれた。


「えっ……えっ……?」


「もう、大丈夫」


 突然現れた岩の柱に驚く女の子の手を取り、立ち上がらせる。


「町の人達はみんな、私達が……“紅蓮の鮮血”が守るから。安心して」





 女の子を連れて外に出ると、お母さんらしき女の人が走ってくるのが見えた。


 今は危ないのに、この子のために戻ってきたんだ……。


「いいなぁ……」


 女の子がお母さんに気付いて走り出し、親子で抱き締め合う光景を見ながら、ぼんやりとそんなことを呟く。


 ほとんど無意識に出た言葉だったけど、その想いが魔力に乗って伝わったのか、プルンがその体を伸ばして私の頬にすり寄って来た。


「えへへ、ありがと、プルン」


 慰めてくれたのか、私の無意識の言葉を命令と解釈したのかはわからないけど、心配してくれたみたいで嬉しいのは確かだ。


 その体をそっと撫で、元のブレスレットに戻した私は、親子のところに向かった。


「あ、この子が、私を助けてくれて……」


「ありがとうございます! なんとお礼を言ったらいいか……!!」


「ここはまだ危ないから、お礼は後で。でも、私はこのまま他の人を助けなきゃ、だから……これ、あげます。この子が、二人を守ってくれるから」


 何度も頭を下げるお母さんにそう伝えて、私はプルンの分裂体を一つ二人に預ける。


 簡単な命令を伝えておいたから、危ない時はその場で岩の壁を作って、瓦礫から守ってくれるはず。


 ……プルンの分裂体とはいえ、生きたスライムであることに変わりないから、あんまり長くは属性変化も持たないし、お腹が空いたらプルンのところに戻ってくるけど。

 それでも、安全なところに避難する分には十分だ。


「それじゃあ、気を付けて」


「あ、あの……!」


 他の逃げ遅れた人を探すべく踵を返す私に、女の子が声をかけてきた。


 顔だけ振り向くと、母親の腕に抱かれながら、一言だけ。


「ありがとう、傭兵さん……!!」


 そう言って、町の外へ向かって走っていった。


 そんな女の子に小さく手を振りながら、私は胸に手を当ててぎゅっと拳を握り込む。


 ……こうやって、誰かに感謝されるのも……嬉しい、かも。


「がんばろう」


 小さくそう呟いて、私は瓦礫だらけの町を走り出した。






 炎龍が現れて、結構な時間が経った。

 未だに空は真っ赤だけど、戦闘の音は随分遠くなったし……多分、ラスターとアマンダさんが、がんばって遠くまで連れていってくれてるんだと思う。


「ふぅ……こんなところ、かな……?」


 そんな中で、私は町中を何度も見て回って、逃げ遅れた人がもういないことを確認していた。


 少なくとも、苦痛や恐怖の魔力は視えない。

 もしかしたら、単に意識がないだけかもしれないから、出来るだけ慎重に、人の魔力が漂ってないか見渡すんだけど……多分、もう大丈夫、だと思う。


「これで、“鮮血”のみんなのこと、もっと好きになって貰えるといいな……」


 ラスター達は、色んな人から怖がられてる。

 この町に来てすぐの頃も、ラスターを見るとびっくりしたり、ちょっと距離を置く人が何人もいた。


 だけど……ラスター達が龍と戦ってくれたお陰で、町の人達は守れたし、少しは印象も良くなるはず。


 町は壊れちゃったけど、それだけならきっとやり直せる。


「後は、ラスターとアマンダさんが帰ってきてくれるのを待つだけ。……大丈夫、だよね?」


 私が考えていたよりも、ずっと長い間戦い続けてる二人に、どうしても不安が頭を過る。


 アマンダさんの怪我、本当に治ってたのかな? とか、私がラスターにお願いしたせいで、変に無茶しちゃったりしてないかな? とか、そんなことばかり考えちゃう。


 そうした悪い考えを、私は頭を振って追い出した。


「二人なら、絶対大丈夫。だから、戻ってくるまでは、私が町のみんなを守るんだ」


 ふんす、と鼻を鳴らし、気合いを入れる。


 急に町から避難することになったわけだし、外には危ない魔物だっているかもしれない。

 騎士や衛兵さん達が守ってくれてるとは思うけど、私の力もまだ役に立てるはず。


 そう思って、私は町の外へと走り出して──その瞬間、視界の端に僅かに視えた悪意の魔力に、背筋をゾッと凍らせた。


「プルンっ……!!」


 ほとんど反射的に、ブレスレットになってるプルンの体を変化させ、私の体を覆い隠す岩の壁になって貰う。


 直後、真っ黒な闇の魔法が飛んできて、プルンの体に弾かれた。


「……殺さないように手加減したとはいえ、今のを防がれるとはなぁ。とても、ついこの前まで素人同然だったガキとは思えねえ」


 プルンの体の隙間から、攻撃が飛んできた方向に目を向ける。


 そこにいたのは、全身真っ黒な服に身を包んだ、見覚えのある男の人だった。


「まあいい、それならそれで、こっちも本気でやらせて貰うぜ。……とはいえ、俺にはガキを虐めて悦に浸る趣味なんざねえからな、一度だけ言うぞ。大人しく、俺についてこい。痛い目に遭いたくなければな」


「やだ。知らない人についてっちゃダメって、ラスターに教わったから」


 べー、と舌を出して拒否する私に、その男……暗殺者は、ただでさえ冷たい悪意の魔力を更に鋭く、凍てつく吹雪のように研ぎ澄ませ、ただ真っ直ぐ私に向けた。


「そうかよ……なら仕方ねえ。手足の一本くらいは覚悟しろよ!!」


 暗殺者の男が、両手に闇色の魔法を準備しながら、突っ込んでくる。


 こうして私は、ラスターもアマンダさんも、他に誰一人として頼れる人のいない状況で、初めての一人戦闘に突入するのだった。

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