第23話 空中の激突

「ハハハッ、どうしたトカゲ野郎ッ、アタイはこっちだよ!!」


 炎龍の出現に合わせていち早く戦場に飛び出したアマンダは、数多の魔法を空へとバラ撒きつつ、どうにか町の外へ誘導しようとしていた。


 が、上手く行かない。


「ちっ、完全に怒り狂ってるね……本当に厄介な代物だよ、“龍笛”は!!」


 龍笛という魔道具の仕組みは、至ってシンプルだ。


 。ただそれだけである。


 永き時を孤独に生きる龍だからこそ余計に、百年に一度とも言われる子供を非常に大切に育てる。


 そんな子供の断末魔を聞かされた龍は、たとえそれが何百年前に死んだ子供のものであったとしても怒り狂い、その声がした付近にいる生命を根絶やしにするまで止まることはない。


 そのあまりの危険度から、当然ながら龍笛は禁忌のアイテムとして指定され、所持していただけで処刑されるほどの代物だ。


 前回の戦闘では、村人達が逃げる時間を稼いだ末に、魔法で上手く自身の死を偽装してやり過ごしたアマンダだが……流石に同じ手は通用しないだろう。


 どうしたものか、と悩みつつ、放たれる龍の炎球を魔法で防いでいると──どこからともなく飛来した魔法の斬撃が、炎龍の体を斬り裂いた。


「ギャオォォォ!?」


 ダメージそれ自体は少ないが、新たな敵の登場に炎龍の攻撃が一旦止む。


 待ち望んでいた展開に、アマンダは炎龍への警戒を残したまま声だけで応対した。


「ラスター、随分と遅かったじゃないか!!」


「俺はお前と違って、空の上で器用に戦うのは得意じゃないんだ、無茶を言うな」


 生粋の魔法使いであるアマンダは、飛行系の風魔法で空を飛んでいる。が、ラスターはあくまで騎士なので、空中に魔力の足場を作り、それに乗ることで何とか空中に留まっているような状態だ。


 それでも、生半可な魔法使いよりよほど頼もしい援軍に、アマンダの口も軽くなる。


「ミルクと一緒に、そのまま尻尾巻いて逃げたかと思ったんだが、杞憂だったようで何よりだよ」


「俺としては、出来ればそうしたかったんだがな。ミルクが、この町の人を守りたいと言い出したんだ」


「へえ、優しいね……アタイらとは大違いだ」


 真っ先に飛び出したアマンダだが、何も町を守りたいなどと正義の心を胸に抱いていたわけではない。

 侯爵に見捨てられたのだと確信した男爵から、助けて欲しいとその場で高額の依頼を受けただけである。


 男爵の癖に思った以上に蓄えていたな、というのが率直な感想だったが、十分な金払いがあるのなら命を懸けるには十分だ。


 十分だと言えてしまうのが、自分達傭兵の狂った性分なのだとアマンダは自認している。


 ところが、そんなアマンダの言葉を聞いて、ラスターは噴き出した。


「いや……恐らくそれだけじゃない。ミルクは、お前を守って欲しかったんだろう」


「アタイを?」


「まだ本調子じゃないんだろう? ミルクも、何となく気付いていたんだと思うぞ」


「……参ったね、精霊眼は上手く誤魔化せたはずなんだけど」


 体の怪我は概ね治ったアマンダだが、一度枯渇寸前まで陥った魔力は回復に時間がかかり、見えない部分に未だダメージが残っている。


 ミルクの前でカッコつけるためだけに誤魔化したのだが、なんと見抜かれていたらしい。


 その上で、町の人を守るという名目で自分の身の安全よりも優先してくれたというのなら、やはり嬉しかった。


「今はアタイより、自分の心配をしろと言ってやりたいところだけどね。……あまり時間はかけたくない、速攻で決めるよ」


「ああ。俺が前に出る、援護を頼むぞ、アマンダ」


「あいよ。町で頑張ってるミルクに見せてやりな、“死霊”の底力を」


「言われるまでもない」


「ギャオォォォ!!」


 咆哮と共に、炎龍が炎を吐く。

 たった一撃で町の一角を廃墟に変えるほどの威力を持つそれを、ラスターは剣のひと振りでかき消した。


 これはさしもの龍にとっても予想外だったのか、怒りに燃えるその瞳に、僅かな理性の光が戻る。


 だが……戦いを止めるつもりはないのか、より一層の闘志を燃やして突っ込んできた。


「《拘束風とまれ》!!」


 アマンダが一言そう命じると、周囲の大気がそれに呼応して炎龍に纏わり付き、炎龍の動きを阻害する。


 限界まで魔法を探求するアマンダだからこそ可能な、一言呪文キーワードスペル。その発動スピードと発揮される効果の強さは、王国どころか大陸中を見渡してもトップクラスと称される。


 だが、そんな彼女の魔法であっても、炎龍を完全に止めるには至らない。


 その強靭な肉体で強引に魔法を振り解き、巨体で以て押し潰そうと体当たりを仕掛けて来るが……その勢いは、炎龍本来のスペックからは程遠いものとなっている。


 ラスターからすれば、欠伸が出そうな程に。


「《魔砕剣まさいけん》」


 迫り来る炎龍の突進を軽やかに回避したラスターが、炎龍の背に剣を振るう。


 剣に魔力を纏わせ、飛ばすのではなく斬撃そのものの破壊力を増したシンプルな一撃は、今度こそ炎龍の鱗を砕き、その下にある肉を斬り裂いた。


「グアァァ!?」


 まさかここまでのダメージを受けると思っていなかったのか、炎龍が空中でバランスを崩す。


 そこへすかさず、アマンダが追撃の魔法を放った。


「《殴打風おちろ》!!」


「ギャオォォォ!?」


 アマンダが虚空に向けて拳を振り下ろすのに合わせ、風の大槌が振るわれる。


 空中で動きを止めていた炎龍にそれを躱すことなど出来るはずもなく、勢いよく落下した巨体が町の大通りに叩き付けられ、建物が倒壊していくのが見えた。


「ありゃ、やらかしたかね?」


「あの辺りは避難も終わっているようだ、大丈夫だろう」


 地面に降り立ったラスターを、瓦礫の山から這い出した炎龍が睨み付ける。


 対するラスターもまた、気負うことなく剣を構え、炎龍から放たれる絶大な威圧感に真っ向から立ち向かった。


「お前に恨みはないんだが……これも巡り合わせだ。覚悟しろ」

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