第22話 炎龍襲来

「あーむっ……んん、美味しい」


「良かったな、ミルク」


「うん。男爵、いい人」


「ははは……ミルク、絶対に他の誰かがいない時に、知らない人からお菓子を貰うんじゃないぞ」


「? うん」


 男爵様から貰ったお菓子……クッキーを齧りながら、私はラスターに頷く。


 男爵様、最初は悪い人かと思ってたけど、会いに行く度にお菓子をくれるし……魔力に籠ってる感情が、嫌な感じからただただ疲れたネイルさんみたいな感じに変わってきたから、悪い人じゃないと思う。多分。


 ただ、ラスターにそれを言ったら、「苦労人が全員良いヤツなわけじゃないからな?」と返されてしまった。よく分からない。


「しかし、この後はどうする? アマンダはまだここに滞在するようだが、いい加減観光出来るところもなくなってきただろう」


「んー」


 ここ数日、アマンダさんがまだ完治してないからっていう理由で、私達は男爵領の滞在を引き伸ばしている。


 その間に、私はラスターと一緒に色んな所を見て回った。


 大きな湖とか、収穫前でたくさん実が成ってる畑とか、あとは食べ物通りとか。


 毎日通い詰めてるから、店長のおばさんやおじさん達とも仲良くなれた。

 ラスターは怖くないって、いつも私に優しくしてくれてることをたくさんお話してあげたら、みんなラスターにも気軽に話してくれるようにもなった。ラスターは恥ずかしがってたけど。


 だから、ここでやれることはほとんどやり尽くして、大体満足した。あと、他にやりたいことと言うと……。


「あの丘の上で、お昼寝したい。ラスターと一緒に」


 店長のおばさんに教えて貰った、気分転換に行くと気持ち良いっていう場所。


 日向ぼっこしながらお昼寝すると最高だって言ってたから、せっかくだしラスターと行きたい。


「分かった、行くか」


「うんっ、えへへ」


 ラスターと手を繋いで、丘の上に向かう。

 背の低い草がずーっと生えた草原になってるその丘で、私は思いきりごろんと寝転ぶ。


「ふわーっ」


「こらミルク、そんな地面の上にそのまま寝ると汚れるぞ。この布の上に寝ろ」


「えー、おばさんはこうするって言ってたし……それに、ガル達もよく地面の上でそのまま寝てるって言ってたよ?」


「あいつら……ミルクに何を教え込んでるんだ……」


 帰ったら折檻してやる、と頭を抱えながら、ラスターが地面に布を敷き、その上に座る。


 ポンポン、と隣を叩いて誘導されたので、私はラスターに向かって飛び掛かった。


「おっと、俺の上じゃなくて隣に来いと言ったんだがな」


「えへへ、ラスターにぎゅってしながら寝るのが一番いいの」


「仕方のないやつだ」


 ラスターに撫でられながら、二人でゆっくりとお昼寝する。


 そよそよと吹く風が涼しくて、土と草の匂いがなんだか落ち着く。

 それに何より、ラスターに包まれてると温かくて、安心する。


 そのまま、ウトウトと意識が遠ざかっていくのを感じながら……突然、ラスターが体を起こしたことにびっくりして、私も飛び起きる。


「ラスター、どうしたの?」


「嫌な気配を感じた。まさか……」


「ギャオォォォ!!」


 遥か空の向こうから、恐ろしい咆哮が響き渡る。


 顔を上げたら、そこにあったのはもはや私の知る“空”じゃなかった。


 一面に広がる、怒りの魔力。

 真っ赤に燃える炎のように染め上げられた大空が、そこに広がっていた。


 その中心にいた、赤い鱗と大きな翼を持った生き物を見て、ラスターが叫ぶ。


「あれは……炎龍か!! アマンダが遭遇した時点で予想はついていたが、まさかこんな町中にまで……っ、ミルク、大丈夫か!?」


「うぐっ、うぅ……!!」


 こんなに強い怒りの魔力、今まで見たことがない。


 あの真っ赤な空を見上げてるだけで、眼も頭も全部潰されちゃいそうなくらい痛い。


 そんな私を、ラスターが抱き上げる。


「急いでここを離れるぞ、安全な場所まで……」


「っ、だめ、ラスター……!!」


 町から離れようとするラスターを、私は慌てて止める。


 驚くラスターに、私は精一杯のお願いを口にした。


「ラスターは、アマンダさんのところに、行ってあげて……二人なら、あの龍にも、負けないよね……?」


「ミルク、だが……」


「お願い。私も、ずっと足手まといは嫌なの……!」


 私だって、もう“紅蓮の鮮血”の一員だ。守られてばっかりじゃいられない。

 ラスターも、アマンダさんのことだって大事だから。


 それに、ここ数日で町の人達とも仲良くなれて、みんなラスターのことを受け入れてくれていた。


 あの人達を、見捨てたくない。


 アマンダさんが、一人でも戦えた相手なら、ラスターがいれば負けないはず。その間に、私が町のみんなを守る……!!


「……傭兵は、依頼があって初めて動くものだ。個人的な感情で命を懸けるべきじゃない。だが……」


 ラスターが、私を地面に降ろす。

 真っ直ぐに私の目を見て、真剣に問いかけてきた。


「己の意思で、己の自由がために牙を剥くのもまた、傭兵というものだ。ミルクは、戦いたいんだな?」


「うん」


 その意思と力を示すように、私は眼の周りに魔法で膜を張る。これで、私はこの空を見ても少し眼が痛いくらいで済む。


 そんな私を見て、ラスターはふっと表情を緩めた。


「……そうか。なら、何も言わない。だが気を付けろ、恐らく、敵は龍だけじゃないぞ」


「わかった」


 もう一度頷くと、ラスターも頷き返してくれる。


 そうしている間に、町の真上にまでやってきた龍は、口から炎の塊を吐いて……男爵様のお屋敷から飛び出した魔法の壁に防がれ、空中で凄まじい魔力が弾け飛んだ。


「アマンダも出たか。恐らく、男爵辺りから正式に町の防衛依頼を取り付けたんだろう。こうなれば、もう遠慮はいらない、キッチリ守り通して、拠点で待っている連中に、良い報告を持ち帰ってやろう」


「うん!」


 こうして、私はついに……傭兵として、初めて“戦場”に立つことになった。

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