第50話 遠征の車内

 私が“紅蓮の鮮血”に引き取られて、もう三ヶ月。

 今日、私は初めて国外へ足を踏み出した。


「ラスター! グルージオ! 見て、おっきい鳥さんが飛んでる! あれなんだろう?」


 “鮮血”のメンバーが遠出する時のために用意された馬車の上で、私は空を指差した。


 窓から身を乗り出す私を、幌の中で窮屈そうに屈んでいたグルージオが慌てて咎める。


「お、おい……危ないから……あまり、乗り出すな……!」


「はーい」


 素直に頷いて、席に戻る。

 すると、そんな私の話を御者台で聞いていたラスターが、私の疑問に答えてくれた。


「あれはアークコンドル、西の大山脈に生息する巨大鳥だ。龍とも互角に縄張り争いする化け物だが、性格は穏和で大人しい。こちらから何かしない限りは安全な相手だな」


「へぇ~! ラスターとグルージオは、戦ったことあるの?」


 龍といえば、ラスターとアマンダさんが二人で戦っても倒しきれなかったっていう、すごく強い魔物だ。


 倒しきれなかったというより、途中でお友達になったって感じだっけ? ラスターから、お守りだって真っ赤な鱗を貰って、今もポケットに入ってるし。


 まあどっちにしても、すごく強いことに違いはないし、そんな龍と比べられるんなら、きっとそのアークコンドルもすっごく強いんだろうなぁ。


「俺はないが、グルージオはあるんだったか?」


「依頼の途中……暴れていたら、アークコンドルを刺激してしまって……危うい、ところだった……」


「へぇ~!」


 二人の話を聞きながら、私は何度も瞳を輝かせる。


 私達がこれから向かうのは、もう誰も住んでいない滅びた国の跡地……サーシエ。


 戦争で失われたたくさんの命が怨念となって大地にこびりつき、たくさんのアンデッドが今も蠢く死の大地。


 そんな場所のアンデッド達を討伐して、もう一度人が住める土地にするのが、今回グルージオが受けた依頼なんだって。


「……俺一人でも、良かったんだぞ……?」


「ダメ。グルージオ一人じゃ、暴走したら止められないんでしょ? 私なら止められるから、一緒にいる!」


 グルージオは最初、この依頼を一人でやるつもりだったみたい。もう人がいない場所なら、どれだけ暴れても大丈夫だからって。


 でも、それを止めたのがネイルさんだった。


「国内ならまだしも、国外じゃあ誰も助けに来れない。特に、サーシエは今、王国と帝国の緩衝地帯になってるんだ、いくら人がいないからって、際限なく暴れ過ぎれば帝国のいらん干渉が生じる可能性もある。サポート役は必要だろう?」


「うんうん」


 ラスターの説明していることがどういう意味か、正直よくわからないけど……せっかくだから、思い切り頷いて同意しておく。これでグルージオが納得してくれるといいな。


 そんな願いが通じたのか、グルージオは諦めたかのように溜め息を溢した。


「分かった……だが、ミルク……俺にはあまり近付くな……ラスターの傍にいろ……」


「うん、大丈夫」


 本当は、グルージオの傍にずっといるって言ってあげたい。

 けど、今のグルージオは、私をいつ傷付けちゃうかわからなくて怖がってるし、あまり無理にくっ付いてても良くない気がする。


 ちょっとずつ、大丈夫だって教えてあげなきゃ。


「なら……いい……」


 心を落ち着けるためなのか、グルージオは馬車の中で足を組み、目を閉じたままじっと銅像みたいに動かなくなる。


 グルージオの体は筋肉でカチコチだから、余計にそう思う。


「じー……」


 確か、グルージオの体って魔力と結びついたことで変異して、ラスターが使う身体強化魔法とは違う形で強くなってるんだよね。


 そう言われてみれば、確かにグルージオの体は、私達よりもむしろプルンに近いように視える。


 体のほとんどが魔力で出来ていて、それが人の形をしてるみたい。


 でも、プルンと全く同じかといえば、そんなことはない。

 プルンは魔力がずっと蠢いていて、私が少し触れただけで粘土みたいに形を変えるけど……グルージオは、何が起きても絶対に動かないカチコチの魔力が中心にあって、そこからあふれ出した"余り"がいっぱい纏わりついてるような……。


「……あまり、近付くなと……言っただろう……」


「あ……ごめんなさい」


 グルージオの体を視るのに夢中になって、思った以上にすぐ傍まで近付いていた。

 とはいえ、やっぱりこうやって拒絶されるのは悲しくて、しょんぼりと耳が垂れてしまう。


「……ほら……これ、いるか……?」


「ふえ?」


 とぼとぼと馬車の隅っこに戻ろうと思ったら、グルージオが手を差し出してきた。


 目を向けると、大きな手のひらには似合わない小さくて綺麗な飴玉が一つ、そこに乗せられている。


「……くれるの?」


「子供は……甘いものが、好きだと聞いた……そうでないのなら、無理には……」


「ううん、ありがとう!」


 グルージオの手から飴玉を受け取り、早速口に放り込む。


 コロコロと口の中で転がせば、イチゴの甘い味がじんわりと広がっていった。


「おいしい! えへへ」


「……そうか……」


 私が笑顔を浮かべると、グルージオも少しだけ表情が和らぐ。


 けれど、すぐにハッとなって私から距離を置く。


「それを舐めて……大人しく、していろ……もうすぐ……サーシエに、着く……」


「うん、わかった。……あ、そうだ、グルージオ。お返しに、私のおやつもあげるね」


 そう言って、私は出発前にカリアさんから貰ったクッキーを一つ、グルージオの手に置いた。


 戸惑うグルージオに一つ微笑みかけると、そのまま私は馬車の隅っこで小さくなり、言われた通りに飴を楽しみながらじっとして過ごす。


「…………」


 その間、グルージオは私のクッキーを食べるでもなく、ただじっと見つめ続けていた。

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