第51話 死の国
「着いたぞ二人とも。ここがサーシエ……死の国だ」
「…………」
ラスターやグルージオと一緒に馬車に揺られること数日。
ついに到着したその場所を見て、私は何も言えなかった。
見渡す限り草木一本生えていない、枯れ果てた大地。
ところどころに散乱するたくさんの石塊や崩れた建物の残骸が、確かにここに人が暮らしていたことを物語っている。
ううん……そんな残骸よりももっと強く、確かに人がいたと証明するものがたくさんいた。
朽ち果てた骨だけの体で動き続ける、スケルトン。
腐りかけの肉を引きずって呻く、グール。
それに……魔力が視える私の眼には、それ以上にもっと大きな、恐ろしい怨念みたいなものがこの土地全体を覆っているのが、ハッキリ視えてしまっていた。
これが……サーシエ。戦争で滅んだ、国の跡地……。
「怖いか? ミルク」
「ラスター……うん、ちょっと怖い」
気付かない内に体が震えていた私を、ラスターが撫でてくれた。
その温かい腕に導かれるまま腰に抱き着くと、震えが収まって少し勇気が湧いてくる。
「でも、ラスターがいるから、大丈夫。がんばる」
「そうか、偉いぞ、ミルク」
精一杯元気なことをアピールして、私はラスターから離れる。
出来るだけ力強くサーシエの方をキッと睨み付けていると、そんな私達を余所に、グルージオが一人で歩いていった。
「あ……待って、グルージオ! 一人でどこに行くの?」
「もちろん、仕事だ……アンデッドに、汚染された土地は……アンデッドを、完全に駆逐すれば、浄化される……」
その辺りの話は、私も出発前にアマンダさんに教えて貰った。
人みたいに強い魔力を持った生き物が死ぬ時、強い感情……恨みや憎しみ、怒りや後悔を抱いていると、死んでもその人の魔力が霧散しないままそこに残ることがある。
その残った魔力が死体や物に宿って変異させ、動き出したものを纏めて、アンデッドと呼ぶ。
アンデッドは、普通ならそんなにたくさん発生しないんだけど……戦争や災害によって、たくさんの命が同じ原因で一気に失われると、同じ無念を抱いた魔力同士が混ざり合って大きくなり、本来ならアンデッドにならないような小さな魔力でさえ、アンデッドにしてしまう。
それが、今のサーシエなんだって。
この状況を何とかするには……特殊な浄化魔法で、サーシエ全体に漂い続ける負の魔力を消し飛ばすか……アンデッドそのものを倒しまくることで、魔力の結び付きをちょっとずつ解いていってあげる必要があるって、アマンダさんは言っていた。
グルージオは浄化魔法じゃなくて、物理的にアンデッドを倒してどうにかするつもりみたい。
「ラスター……ミルクを、しっかり見ていてやってくれ……」
「分かっている。だが、お前もあまり無茶はするな、グルージオ。ミルクが悲しむ」
ラスターにそう言われ、グルージオは少しだけ目を見開き、私の顔をちらりと見て……目を逸らすように、背中を向けた。
「……この程度、無茶でもなんでもない。見ていろ」
そう言って、グルージオは大きく咆哮をあげた。
ビリビリと震える大気。
グルージオの中で抑え込まれていた暴力的な魔力が表に現れ、完全に理性を喪失する。
「ウオォォォォ!!」
まるで魔物みたいに真っ直ぐに、アンデッドの群れに突っ込んでいくグルージオ。
すぐに反応したアンデッド達が、グルージオを仲間に引き入れようとするみたいに手を伸ばすけど……その動きは、私の目から見てもあまりにも遅かった。
ましてや、グルージオにとっては止まっているのとほぼ変わらないんだろう。全く意に関することなく、大雑把な張り手の一撃でアンデッド達が吹き飛んでいく。
右腕を振るい、左腕を振るい、もう一度右腕を振るいながら、ただ真っ直ぐアンデッドの多い方向へ進み続ける。
その間、アンデッド達もただやられるばっかりじゃなくて、全方位から飛び掛かったり、手足に噛み付いたり、石を投げたり、色んな方法でグルージオを傷付けていく。
でも、グルージオは止まらない。どんな攻撃を受けても気にすることなく、ただ攻撃のためだけに暴れ続けていた。
「怖いか? ミルク」
そんな私へ、ラスターがもう一回さっきと同じ質問をしてきた。
でも、さっきの質問と違って、今度はグルージオについて聞かれているってことくらい、私にも察せられる。
「怖くないよ、ラスター。ただ……やっぱり、グルージオはこのままじゃダメだって思うの」
自分の体を大事にしない戦いというなら、ガバデ兄弟と似てる。
でも、ガバデ兄弟はあくまで、自分は絶対にこんなことじゃ死なないって確信を持って、生きるために戦ってるの。
でも、グルージオは違う。
グルージオの戦いは、まるで……死にたいがために、わざと守りを捨てて暴れてるみたいに見えたから。
「グルージオは一人で大丈夫って言ってたけど、やっぱり手伝ってあげたい。ラスター、協力してくれる?」
グルージオも、私達の仲間だから。
私の力で、出来るかぎり助けてあげるんだ。
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